第150話 敵は、本能寺にあらず
天正四年、夏。
時を、戻す。二十年前。俺が、坂本の床で目を覚ました、あの日だ。
あのとき、俺は、こう思った。本能寺を、防ぐ。そして、六年しかない。
だが、俺は、間違っていた。二つ、間違っていた。
一つ目。六年ではなかった。二十年、あった。そして、二十年かけて、ようやく足りた。
二つ目。これが、大きい。俺は、こう思っていた。本能寺を防ぐとは、俺が謀反を起こさぬことだ。
だが、違った。
◇
天正十年、五月。俺は、亀山城にいた。
いや。これは、起きなかったことだ。だが、俺は、幾度も、それを想像した。もし、俺が転生しなかったら。もし、明智光秀が、あのまま生きていたら。
その男は、亀山城にいる。一万三千の兵を持っている。命は、こうだ。中国へ、羽柴の加勢に向かえ。
その男は、書付を見ている。だが、書付には、何も書いていない。なぜ、中国へ行くのか。行った後、どうなるのか。丹波は、どうなるのか。何も、書いていない。そして、聞く相手も、いない。
その男は、丹波の国衆をまとめている。だが、その国衆に、説明できることが、何もない。
その男は、疲れている。だが、それを言える場所が、ない。
その男は、四国の取次をしていた。だが、方針が変わった。そして、それを、家中から聞いた。
その男は、家中で信を失っている。だが、それを取り戻す手立てが、ない。
その男は、こう思う。俺は、要らぬのか。そして、次は、俺か。
佐久間が、追われた。林が、追われた。安藤が、追われた。そして、記録は、どこにもない。なぜ追われたのかも、次は誰かも、分からない。
その男は、京から十里の場所にいる。一万三千の兵を持っている。主君は、京の寺に、百五十人でいる。嫡男も、同じ京にいる。諸将は、遠い。北陸に、中国に、四国に、東国に。誰も、間に合わない。
――形が、揃っている。
その男が、何を考えたかは、誰も知らない。恨みだったのかもしれない。野心だったのかもしれない。あるいは、何も考えていなかったのかもしれない。ただ、その形の中に立っていただけかもしれない。
俺は、知っている。天正十五年六月二日の朝、使者が来なかった半刻、俺は、その形の中に立っていた。動機はなかった。それでも、兵を京へ入れることを、考えた。形は、人を、そういうふうに動かす。
だから、俺は、こう書いた。
――敵は、本能寺にあらず。
俺が討つべきは、上様ではなかった。俺が防ぐべきは、俺の謀反心でもなかった。
――この形だ。
説明されぬまま、動かされる。疲れを、言えない。約束が、記録されていない。方針の変更を、当人が最後に知る。誰が何を決めてよいか、書いていない。主君と後継者が、同じ場所で無防備になる。そして、諸将が、互いを知らない。
この形が揃ったとき、謀反は、合理的な選択肢になる。誰にとってもだ。
だから、俺は、二十年かけて、それを崩した。
「なぜ」を、渡すようにした。「疲れた」を、「忙しい」と言い換えて、言えるようにした。約束を、紙にした。方針が変わるとき、取次に先に伝えるようにした。誰が何を決めてよいかを、書いた。主君と後継者を、別の宿所に置いた。そして、諸将に、互いの数を知らせた。
その全部が揃ったとき、謀反は、誰にとっても、割に合わなくなる。
これが、俺のやったことだ。
◇
だが、一つ、言っておかねばならない。
俺一人では、何もできなかった。俺は、書いた。だが、読んだのは、他の者だ。俺は、聞いた。だが、答えたのは、他の者だ。俺は、渡した。だが、受け取ったのは、他の者だ。
上様が、聞いてくださった。中将様が、育たれた。利三が、止めてくれた。煕子が、見ていてくれた。玉が、直してくれた。柴田様が、雪を数えられた。滝川様が、道を測られた。丹羽様が、町人に聞かれた。佐久間様が、退き方を教えられた。村井様が、誤りを消さずに残された。半兵衛様が、目を渡された。官兵衛どのが、噂を運んでくださった。宗易どのが、約束の帳面を見せてくださった。宮内少輔どのが、兵を止められた。筑前殿が、八十七人を数えられた。そして、およしが、桶が重いと言うた。
この全部が、なければ、本能寺は、燃えていた。
◇
最後に、一つ。
俺は、前の世で死んだ。誰にも読まれない資料を作りながら、死んだ。そして、こう思っていた。俺の十七年は、無駄だった、と。
だが、違った。あの十七年がなければ、俺は、この二十年を作れなかった。
三十七ページの資料が、通らなかったこと。「遅い」と言われ続けたこと。部下の「ちょっといいですか」を、聞き流したこと。「いずれ報いる」と言って、報いなかったこと。そして、倒れる前に、誰にも「限界です」と言えなかったこと。
その全部が、この二十年の材料だった。俺は、自分が受けた「形」を、一つずつ、裏返した。聞き流した「ちょっといいですか」は、四半刻の決まりになった。報いなかった「いずれ」は、功の書になった。言えなかった「限界です」は、「忙しかったか」と問う寄合になった。
だから、こう書いておく。
――人は、己の傷からしか、学べぬ。だが、学んだことは、他人を助ける。
――傷は、書いておけば、他人の教科書になる。書かねば、ただの傷である。
◇
文禄五年、十月十五日。坂本城。
俺は、障子の開いた部屋にいた。湖が、見えた。利三が、隣にいた。光慶が、そばにいた。
目を閉じた。
(間に合ったか)
分からない。だが、こうは言える。
俺が死んだ日、天下は動かなかった。荷は、遅れなかった。村の裁きは、止まらなかった。誰も、兵を動かさなかった。
そして、翌日。坂本城では、寄合が開かれた。二十一の若者が、言った。
「皆。この一日、何があったか」
誰かが、答えた。
「殿が、亡くなられ申した」
若者は、書き留めた。そして、言った。
「――他には」
◇
その夜、本能寺は、燃えなかった。
十四年前も、燃えなかった。そして、これからも、燃えない。
だが、それは、俺が防いだからではない。燃やす理由が、誰にもなくなったからだ。
――その夜、本能寺は燃えなかった。
――だが織田家は初めて、信長なき朝を迎える準備を終えていた。




