↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天才創業者・織田信長の下で潰れる前に、本能寺が起きない組織を作ります~MBAホルダー明智光秀の事業承継計画  作者: 東雲 諒杏
第十五章 敵は本能寺にあらず

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
149/151

第149話 百年後


 慶長八年。

 織田信忠は、四十六になっていた。天下は、静かだった。

 この年、信忠は、一つの書付を作った。

 ――織田家、覚の目録。

 上様御不慮の折の覚。上様御不例の折の覚。御動座之覚。取次の筋目、改定之覚。役目の量、定めの覚。諸将、直に繋ぐ儀の覚。留守の裁きの覚。婚姻の儀、覚書。嫁ぐ者の覚。丹波、御仕置きの覚。荷の覚。陣中、見様の覚。退き口の覚。長く病む者の看方。人の帳面のつけ方。

 十五。

 (多い。だが、日向守は、二千枚を百八十七枚にした)

 ならば、これも、減らさねばならない。だが、考え直した。減らすのは、次の者だ。

 ――右の十五は、多すぎる。ゆえに、いずれ、減らさねばならぬ。だが、我には、どれを減らすべきかが分からぬ。ゆえに、後の者に託す。

 ――減らす折は、次のごとくすべし。一、三月、使わずに置く。二、困らざれば、廃す。三、困りたれば、戻す。右は、明智日向守が、二十年前に行いたる法なり。

 信忠は、筆を置いて、しばらく目録を見ていた。十五のうち、九つは、日向守が書いた。三つは、父が直した。二つは、自分が作った。一つは、台所の女が書いた。書いた者の名は、全部、残っている。父の鷹の帳面に、名はなかった。日向守が、名を書けと言い続けた。それが、この目録になった。

 慶長十五年。織田信忠は、五十三で死んだ。跡は、嫡男が継いだ。争いは、起きなかった。書付があったからだ。報せは、六人に同時に発せられ、二十日、誰も動かなかった。


    ◇


 元和五年。明智の家は、まだあった。光慶は、四十四になっていた。

 この年、一人の若者が、坂本に来た。名を、細川という。玉の孫だった。十七だった。

「明智様。お願いがございます。日向守様の書付を、拝見しとうございます。祖母が、こう申しておりましたゆえ。『困ったら、日向守の書付を読め』と」

「何に、困っておる」

「家中が、まとまりませぬ」

「目録を、出そう。ここから、探せ」

 若者は、四十の項目を読んでいた。

「『家中が疲れる』とございます。たぶん、それにございます」

 役目の量、定めの覚。若者は、読んだ。

「明智様。冒頭に、こうございます。『明智家中、三十人のうち、十一人が眠れず。薬を買うため、扶持の米を売る者あり。右、日向守の落ち度なり』。――日向守様は、なにゆえ、これを書かれました」

「父は、こう言うておった。『数字がなければ、誰も動かぬ』と」

「ですが、これは、日向守様の恥にございましょう」

「そうだ。だが、父は、こうも言うておった。『恥を晒す者は、強い』と」

「明智様。写させていただけませぬか」

「写せ。そして、一つ、頼みがある。使うてみて、合わぬところがあれば、直せ。そして、直した理由を、書き足せ。そして、直したものを、こちらにも送ってくれ。こちらも、直すゆえだ。そうして、書付は、良くなってゆく」

「明智様。それは、祖母も申しておりました。『姉が書いたものを、妹が直す。そして、姉が、また直す』と」

 光慶は、少し笑った。

「父が、そう言うておった」


    ◇


 寛永十二年。一人の学者が、坂本に来た。織田家の記録を編纂している。

「明智日向守光秀について、伺いたい」

 応対したのは、明智の家の者だった。光慶の孫の代だ。

「日向守様のことは、書付に残っております。『日向守言行録』にございます。斎藤利三が、記したものにございます」

 学者は、しばらく読んでいた。

「妙でござるな。手柄が、書いてござらぬ。代わりに、しくじりばかりが書いてござる」

「さようでございます。日向守様が、そう申されたゆえと聞いております。『成功だけを書けば、真似た者が同じ失敗をする』と。『失敗を書いておけば、真似た者はそこを避けられる』と」

「なるほど。だが、それでは、名が残り申さぬ」

「さようでございます。日向守様は、こうも申されたと聞いております。『これは、俺の手柄のために書いているのではない』と」

「お預かりして、よろしいか」

「写しをお持ちくださいませ。そして、一つ、お願いがございます。書かれる折、日向守様のしくじりも、お書きくださいませ。――そうせねば、嘘になりますゆえ」


    ◇


 寛永十五年。その学者が、編纂を終えた。

 ――織田家中、覚書由来記。

 その中の、一章。明智日向守光秀の条。

 ――明智日向守光秀は、織田家の家臣なり。丹波を治め、坂本を預かる。だが、この者の名が残りたるは、戦の功にあらず。書付を作りたるゆえなり。

 ――この者は、二十年、書き続けた。そして、その多くは、己のしくじりの記録なり。なにゆえ、しくじりを書きたるか。この者は、こう言いたるという。『二度起きることは、人の咎ではない。仕組みの咎である』と。

 その章の、最後は、こうある。

 ――この者について、一つ、奇妙なる伝えあり。一部の書に、こうあり。『明智日向守は、主君を討つはずであった』と。だが、討たなかった。なにゆえかは、分からぬ。ただ、この者の書付に、こうある。『敵は、本能寺にあらず』と。

 ――本能寺とは、京の寺なり。そこで、何が起きたかは、伝わっておらぬ。なにも、起きなかったゆえである。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。