↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天才創業者・織田信長の下で潰れる前に、本能寺が起きない組織を作ります~MBAホルダー明智光秀の事業承継計画  作者: 東雲 諒杏
第十四章 残すもの

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
139/151

第139話 利三


 文禄四年、六月。

 床から出られなくなった。だが、頭は、まだ動いた。毎日、利三を呼び、話した。利三は、書き留めた。

 六月の初め。

「利三。一つ、頼みがある。俺が死んだ後、書付を守ってくれ」

「守り申す。蔵に、入れ申す」

「それでは、守れぬ。蔵に入れれば、読まれぬ。そして、読まれぬものは、失われる。――使え。毎日、使え。そして、直せ」

「殿。直してよろしいので」

「直せ。直さねば、古びる。そして、古びたものは、誰も使わぬ」

「殿。ですが、直せば、殿の書付ではなくなり申す」

「利三。それでよい。俺の書付である必要は、ない。使えるものであれば、よい」

「殿。それは、寂しゅうござらぬか」

 俺は、少し笑った。皆、同じことを聞く。

「寂しい。だが、それでよい」


    ◇


 六月の半ば。

「利三。一つ、聞きたい。おぬしは、俺に仕えて、良かったか」

 利三は、しばらく黙っていた。

「良かったとは、思うており申さぬ」

 俺は、少し笑った。正直だ。

「なぜだ」

「苦労いたし申した。書付、書付で、十九年にござる。そして、槍を取ったのは、数えるほどにござる」

「すまぬ」

「謝られますな。良かったとは思わぬが――悔いてもおり申さぬ。名が、残り申した。『功の書』に。あれを、母に見せ申した。そして、母は、泣き申した。『よう勤めた』と申され申した。七十五になる母が、にござる」

「母上は、今も」

「一昨年、亡くなり申した」

「知らなんだ」

「申しませなんだゆえ。殿が、お忙しかったゆえ」

 (同じだ)

 煕子も、そう言った。およしも。

「利三。すまぬ」

「謝られますな。それがしが、申さなんだゆえにござる」

「違う。俺が、聞かなかったゆえだ」

「殿。それは、同じことにござる」

「違う。言わぬ者を責めるのは、易い。だが、聞かぬ者が、悪い」

「殿。それは、書き留めてよろしゅうござるか」

 俺は、少し笑った。

「書け」


    ◇


 六月の終わり。

「利三。もう一つ、頼みがある。光慶を、頼む。だが、甘やかすな。そして、止めろ。あの子が、無理をしたら、止めろ。俺を止めたように」

「殿。それがしは、殿を止められ申さなんだ」

「止めた。二度、止めた」

「ですが、三度目は、止められ申さなんだ」

 (三度目。去年の、諸将巡りだ)

「利三。あれは、俺が決めた。そして、悔いておらぬ。行ってよかった。修理亮様に、会えた。そして、筑前殿にも。利三。人は、いつか死ぬ。そして、死ぬ前に、会っておくべき者がおる」

「殿。それも、書き留めまする」


    ◇


 七月。

「利三。最後の頼みだ」

「『最後』は、おやめくださいませ」

「ならば、次の頼みだ。俺が死んだら、書き留めてくれ。俺が、何をしたかだ。そして、何をしなかったかだ。噂が、立つゆえだ。そして、噂は、事実より速い」

「殿。どのような噂が立つと、お思いで」

「分からぬ。だが、たぶん、こうだ。『明智日向守は、上様を恨んでおった』と」

「殿ッ。そのような」

「立つ。なぜなら、面白いゆえだ。『よく仕えた家臣』より、『恨みを抱えた家臣』のほうが、面白い」

 俺の知っている「歴史」が、四百年、そうだった。動機を、誰も知らない。だから、誰かが作った。

「殿。ならば、書き留め申す。そして、皆に配り申す」

「配っても、読まれぬ。だが、それでよい。百年後、一人でも読めば、それでよい。そのころには、噂のほうが、大きくなっておる。そして、誰も、事実を知らぬ。だが、紙が、残っておる」

「殿。一つ、伺ってよろしいか。殿は、なにゆえ、そこまで先を見られる」

「利三。俺は、先を見ておるのではない。後ろを、見ておる。俺は、一度、死んだ。そして、誰も、俺を覚えておらなんだ。前の世でだ。俺は、十七年、働いた。そして、何も残さずに、死んだ。紙は、全部、捨てられた。ゆえに、今度は、残す。それだけだ」

 三十七ページの資料は、たぶん、机の引き出しごと処分された。読んだ者はいない。それだけのことが、二十年、俺を動かしている。

「殿。残り申す。それがしが、残し申す」

「利三。おぬしも、いずれ死ぬ」

「知っており申す。ゆえに、それがしも、次に渡し申す」

 利三は、書付を閉じた。二十年分の、俺の言葉を書き取ってきた男だ。この男の字で、俺の考えは、全部残っている。俺の字は、震えて読めない。それでいい。書く者と、残す者は、別でよい。

 俺は、しばらく黙っていた。

「利三。――ありがとう」

 利三は、しばらく黙っていた。

「殿。それは、初めて、伺い申した」

「そうか。遅かったな」

 利三は、しばらく黙っていた。そして――

「――で、いつやりますので」

 俺は、しばらく黙って、それから笑った。久しぶりに、声を出して笑った。そして、咳き込んだ。

「殿ッ」

 手を上げた。

「利三。今、やっておる」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。