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天才創業者・織田信長の下で潰れる前に、本能寺が起きない組織を作ります~MBAホルダー明智光秀の事業承継計画  作者: 東雲 諒杏
第十四章 残すもの

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第132話 次の代


 文禄元年、七月。

 岐阜にいた。信忠が始めた「預かり」を見るためだ。三年目になる。

 部屋に入って、驚いた。二十人ほどが座っていた。そして、その半分が、女子だった。

「日向守。これだ。今日は、講義がある。――佐久間だ」

 佐久間信盛は、六十四になっていた。俺と、同い年だ。だが、背筋は、伸びていた。

「おお。日向守どの。痩せられたな」

「そちらは、お元気そうにございます」

「教えておると、老けぬ。若い者が、うるさいゆえ」


    ◇


「今日は、退き口の話だ。だが、戦の話ではない。――やめる話だ。物事を、いつやめるかという話だ」

 (広がった)

「皆に、聞く。やめるのは、なぜ難しい」

 一人の若者が、手を挙げた。

「これまでが、無駄になるゆえにございます」

「そうだ。五年やってきたことを、やめる。すると、その五年が、無駄になったように思える。ゆえに、やめられぬ。――わしは、本願寺を五年、囲んだ」

 部屋が、静かになった。

「そして、落とせなんだ。なぜ、やめなんだと思う。五年、無駄にしたくなかったゆえだ。一年でやめれば、一年の無駄で済む。だが、五年やってしまえば、五年の無駄になる。ゆえに、六年目も続ける」

 (前世でも、同じことがあった。損切りができない)

「ゆえに、先に決めておく。『三年で落ちねば、やめる』と。そして、三年経ったら、やめる。そのとき、迷うてはならぬ」

 一人の女子が、手を挙げた。

「あと一年で落ちる、と分かった場合は、いかがいたしますか」

 (良い問いだ)

 佐久間は、しばらく黙っていた。

「難しい。そして、たいてい、その『あと一年』は、来ぬ。わしも、毎年、『あと一年』と思うておった。そして、五年経った」

「ならば、いかがすればよろしゅうございますか」

「延ばすなら、理由を書け。『なにゆえ、あと一年で落ちると思うか』を、書く。そして、一年後、その書付を読み返す。当たっておれば、続けてよい。外れておれば、やめる」

 (良い)

 延長を禁じるのではない。延長に、条件をつける。十九か条を受け取った人が、十九か条を受け取らずに済む方法を、教えている。


    ◇


 講義の後、佐久間と話した。

「佐久間様。お見事にございました」

「日向守どの。やめられよ。褒められると、こそばゆい」

「佐久間様。今、幸せにございますか」

 佐久間は、しばらく黙っていた。

「幸せにござる。だが、それは、十年前には思わなんだ。十九か条を頂いた折にござる。あのとき、わしは死のうと思うた。三十年仕えて、十九か条にござる。そして、高野へ行けと。――だが、日向守どのが、預かられた。そして、『退き口の話を、伺いたい』と申された。あのとき、わしは思うた。『まだ、要るものがあるのか』と。――日向守どの。人は、要らぬと言われて死ぬ。そして、要ると言われて、生きる」

「佐久間様。それは、書き留めさせていただきとうございます」

「日向守どの。相変わらずでござるな」


    ◇


 その日の夕、信忠と話した。

「日向守。今日は、どうだった」

「驚きました。佐久間様の講義が、戦の話から、やめる話に広がっておりました」

「あれは、佐久間が自分でやった。わしは、何も言うておらぬ」

「もう一つ、驚いたことがございます。女子が、問うておりました」

「最初は、誰も問わなんだ。一年目の終わりに、一人が問うた。そして、皆が問うようになった」

「最初に問うたのは、誰でございますか」

 信忠は、少し笑った。

「――そなたの娘だ。細川に嫁いだ娘ではない。もう一人の娘だ」

 俺は、しばらく黙っていた。

 (もう一人)

 俺には、娘が何人かいる。そして、俺は、その顔を知らない。

 戦国時代の武家では娘の数が多く、側室の子も含めると家族構成がかなり複雑であった。

 また、娘は幼い頃から親族・有力家臣・他家へ養女や奉公として出されることが珍しくなかった。

「中将様。恥ずかしながら、それがしは、その娘を存じませぬ」

「日向守。会うてゆけ」


    ◇


 その夜、その娘に会った。十七になるという。名を、りんといった。

 (煕子に、似ている)

「父上」

「りん。すまぬ。顔を、知らなんだ」

「存じております。父上は、お忙しゅうございましたゆえ」

「言い訳にならぬ」

 娘は、少し笑った。

「母上が、同じことを申しておりました。『あの人は、言い訳をせぬ』と。そして、『父上は、遠くを見ておられる。そして、近くも、見ようとしておられる』と」

 俺は、動けなかった。

「りん。おぬしは、なぜ問うた。講義でだ」

 りんは、少し赤くなった。

「分からなんだゆえにございます。皆、分からなんだでしょう。ですが、皆、問いませなんだ。――母上が、こう申しておりましたゆえ。『分からぬと言えるのは、良いことだ』と」

 (煕子が)

 俺が家中に言ってきたことを、煕子が、娘に伝えていた。玉のときも、光慶のときも、そうだった。この人は、俺の言葉を、俺の知らない場所に運んでいた。

「りん。一つ、渡したいものがある」

 嫁ぐ者の覚。玉が書いたものだ。

「これは、姉が書いたものだ」

 りんは、長いこと読んでいた。

「父上。一つ、足したいことがございます」

 俺は、少し笑った。やはり、姉妹だ。

「言え」

「『嫁ぐ前に、婚家の者を知っておくこと』にございます。わたくしは、ここで、諸家の者を知りました。柴田の子も、丹羽の子も、滝川の子も。ゆえに、どこへ嫁いでも、知らぬ家ではございませぬ」

 (これだ)

 俺が信忠様にお願いしたことが、実になっている。

「りん。書け。そして、姉に送れ。姉が書いたものを、おぬしが直す。そして、姉が、また直す。そうして、書付は、良くなってゆく」


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