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天才創業者・織田信長の下で潰れる前に、本能寺が起きない組織を作ります~MBAホルダー明智光秀の事業承継計画  作者: 東雲 諒杏
第十三章 鷹の帳面

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第129話 やり残したこと


 天正十九年、十一月。

 書院にいた。立てるようになるまで、一月かかった。

 白紙を広げ、書いた。

 ――やり残したこと。

 十五年を振り返った。織田家は、制度を持った。信忠様は、天下を治めている。諸将は、互いを知っている。上様は、九州から戻られた。本能寺は、起きなかった。

 だが。

 ――一、上様が、いつか死なれる。

 (これは、変えられぬ)

 ――二、そのとき、家が割れるかどうかは、分からぬ。

 備えは、ある。御不慮の折の覚。六人が、同時に報せを受ける。二十日、動かない。だが。

 ――三、この備えは、一度も試されておらぬ。

 (試したい。だが、試せない。上様に、死んでもらうわけにはいかぬ)

 しばらく考えた。そして、気づいた。

 (試せる)

 ――試しに、報せを出す。

 偽の報せを出す。「上様が、御不慮」という報せを。そして、諸将がどう動くかを見る。

 身震いした。

 (危ない)

 偽の報せを流せば、諸将は本気で動く。混乱する。最悪、戦になる。俺が半刻で兵を動かしかけたのと、同じことが、五か所で起きる。

 ――偽の報せは、出せぬ。だが、「試し」と分かる形なら、出せる。

 (訓練だ)

 ――御不慮の折の覚、試しの儀。一、年に一度、試しを行う。二、試しの日は、あらかじめ知らせぬ。三、ただし、報せの書状には、『試し』と朱書きする。

 「試し」と書けば、本気でやらぬ。だが、書かねば、本当の騒ぎになる。

 ――四、試しにおいて、行うべきは、次の二つのみとす。一つ、報せを受けたることを、他の五名に知らせること。二つ、右にかかりし日数を、書き記すこと。

 (兵は、動かさない)

 試すのは、報せが回る速さだけだ。それなら、危なくない。

 信忠に送った。返事は、六日で来た。

 ――書付、読んだ。やる。ただし、一つ、変えたい。報せを出すのは、わしではない。なぜならば、わしが出せば、それは『試し』と分かるゆえだ。ゆえに、村井貞勝に出させる。

 (そうだ)

 本当の御不慮なら、報せを出すのは、その場にいる者だ。

 ――そして、もう一つ。試しの後、集まる。六名が、一堂に会する。そして、何がうまくいかなんだかを、話す。

 (振り返りだ)

 試して、終わりではない。試して、直す。

 ――お考え、まことにありがたく存じます。一つだけ、お願いがございます。集まる折、上様にもご同席いただきとうございます。『上様が亡くなられた後のこと』を、上様の前で話しまする。それは、不敬にございます。ですが、上様がおられねば、意味がございませぬ。

 返事は、四日で来た。

 ――父上に、申し上げた。そして、こう申された。『わしがおらぬ話を、わしの前でするのか』と。――そして、『面白い』と。

 俺は、少し笑った。


    ◇


 天正二十年、二月。最初の試しが、行われた。

 亀山にいた。報せは、朝に来た。

 ――上様、御不慮。右、試しなり。

「利三ッ。五通、書け」

 半刻で、五通が出た。

 ――報せを受けてから、五通を出すまで。半刻。


    ◇


 三月。集まりが、行われた。安土だった。六人が、揃った。柴田勝家。羽柴秀吉。丹羽長秀。滝川一益。織田信忠。そして、俺。

 上段に、信長が座っていた。

 (妙な光景だ)

 「この人が死んだ後」の話を、この人の前でする。

「始める。まず、日数を出せ」

「明智。半刻にございます」

「丹羽。一刻にござる」

「滝川。二刻にござる」

「柴田。半日だ」

 (半日)

「羽柴。四半刻にござる」

 (四半刻。俺の半分だ)

「修理。半日は、遅い」

「遅うござる。だが、理由がござる。報せが来たとき、わしは陣におらなんだ。加賀の境を、見回っており申した」

「ならば、誰が受けた」

「留守の者にござる。そして、その者は、わしを待った。決められぬゆえにござる」

 (これだ)

「中将様。これは、修理亮様の落ち度ではございませぬ。書付の落ち度にございます。『御不慮の折の覚』には、六名の名しか書いてございませぬ。その者が留守の場合、誰が代わるかが、書いてございませぬ」

 弥助が安土へ使いに出た朝と、同じ穴だ。俺は、同じ穴に二度落ちた。

「日向守。直せ」

 その場で書いた。

 ――六名それぞれにつき、代わりの者を二名、定めておくこと。そして、その名を、他の五名に知らせておくこと。

「皆様。代わりの者を、お決めくださいませ」

「柴田は、佐久間玄蕃と、前田又左衛門にござる」

「羽柴は、石田三成と、堀久太郎(ほりきゅうたろう)にござる」

 俺は、その名を書き取りながら、一つ足りぬことに気づいた。

 (――小一郎様が、おられぬ)

 去年までなら、この男は真っ先に弟の名を出した。今は、出せない。

 秀吉は、俺の顔を見て、少し笑った。

「――日向守様。数が足りており申す。それで、よろしかろう」

「丹羽は、倅と、家老にござる」

「滝川は――」

 止まった。

「――おり申さぬ。それがしの家臣は、少のうござる。そして、行く先々で人を借りており申す」

 (便利な男の、代償だ)

「左近将監。ならば、わしが貸す。わしの側近を、二名、そなたに付ける。斎藤新五と、猪子兵助だ。そして、その二人は、そなたのもとで学ぶ。そなたの、東国の繋ぎをだ」

 (上手い)

 一益に代わりを与えると同時に、一益の知識を、次に渡している。

 話は三刻に及んだ。直すべきことが、十四出た。

「皆。今日、分かったことがある。我らは、備えておったつもりであった。だが、備えは、穴だらけであった。そして、それは、試さねば分からなんだ。ゆえに、来年も、試す」


    ◇


 その日の夕。

「日向守。残れ」

 諸将が退がり、俺と信長だけが残った。

「日向守。今日は、妙な日であった。わしが、おらぬ話であった。そして、皆、真剣であった。日向守。わしは、それを見て、思うた。――わしは、もう、要らぬのだな」

「上様。それは」

「責めておらぬ。むしろ、安堵した。日向守。わしは、十五年前、おぬしにこう言われた。『上様が三日床に伏せられたら、この家は三日止まる』と。今日、それが変わったと分かった。わしが死んでも、この家は、止まらぬ」

「上様。半日は、止まりまする。修理亮様が、半日かかられました」

 信長は、少し笑った。

「ならば、来年は、四半刻にせよ」

「承知いたしました」

「日向守。おぬし、あと幾年生きる」

「――二、三年にございます」

「そうか。ならば、急がねばならぬな」

「何を、でございましょうか」

「――地図だ」


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