第129話 やり残したこと
天正十九年、十一月。
書院にいた。立てるようになるまで、一月かかった。
白紙を広げ、書いた。
――やり残したこと。
十五年を振り返った。織田家は、制度を持った。信忠様は、天下を治めている。諸将は、互いを知っている。上様は、九州から戻られた。本能寺は、起きなかった。
だが。
――一、上様が、いつか死なれる。
(これは、変えられぬ)
――二、そのとき、家が割れるかどうかは、分からぬ。
備えは、ある。御不慮の折の覚。六人が、同時に報せを受ける。二十日、動かない。だが。
――三、この備えは、一度も試されておらぬ。
(試したい。だが、試せない。上様に、死んでもらうわけにはいかぬ)
しばらく考えた。そして、気づいた。
(試せる)
――試しに、報せを出す。
偽の報せを出す。「上様が、御不慮」という報せを。そして、諸将がどう動くかを見る。
身震いした。
(危ない)
偽の報せを流せば、諸将は本気で動く。混乱する。最悪、戦になる。俺が半刻で兵を動かしかけたのと、同じことが、五か所で起きる。
――偽の報せは、出せぬ。だが、「試し」と分かる形なら、出せる。
(訓練だ)
――御不慮の折の覚、試しの儀。一、年に一度、試しを行う。二、試しの日は、あらかじめ知らせぬ。三、ただし、報せの書状には、『試し』と朱書きする。
「試し」と書けば、本気でやらぬ。だが、書かねば、本当の騒ぎになる。
――四、試しにおいて、行うべきは、次の二つのみとす。一つ、報せを受けたることを、他の五名に知らせること。二つ、右にかかりし日数を、書き記すこと。
(兵は、動かさない)
試すのは、報せが回る速さだけだ。それなら、危なくない。
信忠に送った。返事は、六日で来た。
――書付、読んだ。やる。ただし、一つ、変えたい。報せを出すのは、わしではない。なぜならば、わしが出せば、それは『試し』と分かるゆえだ。ゆえに、村井貞勝に出させる。
(そうだ)
本当の御不慮なら、報せを出すのは、その場にいる者だ。
――そして、もう一つ。試しの後、集まる。六名が、一堂に会する。そして、何がうまくいかなんだかを、話す。
(振り返りだ)
試して、終わりではない。試して、直す。
――お考え、まことにありがたく存じます。一つだけ、お願いがございます。集まる折、上様にもご同席いただきとうございます。『上様が亡くなられた後のこと』を、上様の前で話しまする。それは、不敬にございます。ですが、上様がおられねば、意味がございませぬ。
返事は、四日で来た。
――父上に、申し上げた。そして、こう申された。『わしがおらぬ話を、わしの前でするのか』と。――そして、『面白い』と。
俺は、少し笑った。
◇
天正二十年、二月。最初の試しが、行われた。
亀山にいた。報せは、朝に来た。
――上様、御不慮。右、試しなり。
「利三ッ。五通、書け」
半刻で、五通が出た。
――報せを受けてから、五通を出すまで。半刻。
◇
三月。集まりが、行われた。安土だった。六人が、揃った。柴田勝家。羽柴秀吉。丹羽長秀。滝川一益。織田信忠。そして、俺。
上段に、信長が座っていた。
(妙な光景だ)
「この人が死んだ後」の話を、この人の前でする。
「始める。まず、日数を出せ」
「明智。半刻にございます」
「丹羽。一刻にござる」
「滝川。二刻にござる」
「柴田。半日だ」
(半日)
「羽柴。四半刻にござる」
(四半刻。俺の半分だ)
「修理。半日は、遅い」
「遅うござる。だが、理由がござる。報せが来たとき、わしは陣におらなんだ。加賀の境を、見回っており申した」
「ならば、誰が受けた」
「留守の者にござる。そして、その者は、わしを待った。決められぬゆえにござる」
(これだ)
「中将様。これは、修理亮様の落ち度ではございませぬ。書付の落ち度にございます。『御不慮の折の覚』には、六名の名しか書いてございませぬ。その者が留守の場合、誰が代わるかが、書いてございませぬ」
弥助が安土へ使いに出た朝と、同じ穴だ。俺は、同じ穴に二度落ちた。
「日向守。直せ」
その場で書いた。
――六名それぞれにつき、代わりの者を二名、定めておくこと。そして、その名を、他の五名に知らせておくこと。
「皆様。代わりの者を、お決めくださいませ」
「柴田は、佐久間玄蕃と、前田又左衛門にござる」
「羽柴は、石田三成と、堀久太郎にござる」
俺は、その名を書き取りながら、一つ足りぬことに気づいた。
(――小一郎様が、おられぬ)
去年までなら、この男は真っ先に弟の名を出した。今は、出せない。
秀吉は、俺の顔を見て、少し笑った。
「――日向守様。数が足りており申す。それで、よろしかろう」
「丹羽は、倅と、家老にござる」
「滝川は――」
止まった。
「――おり申さぬ。それがしの家臣は、少のうござる。そして、行く先々で人を借りており申す」
(便利な男の、代償だ)
「左近将監。ならば、わしが貸す。わしの側近を、二名、そなたに付ける。斎藤新五と、猪子兵助だ。そして、その二人は、そなたのもとで学ぶ。そなたの、東国の繋ぎをだ」
(上手い)
一益に代わりを与えると同時に、一益の知識を、次に渡している。
話は三刻に及んだ。直すべきことが、十四出た。
「皆。今日、分かったことがある。我らは、備えておったつもりであった。だが、備えは、穴だらけであった。そして、それは、試さねば分からなんだ。ゆえに、来年も、試す」
◇
その日の夕。
「日向守。残れ」
諸将が退がり、俺と信長だけが残った。
「日向守。今日は、妙な日であった。わしが、おらぬ話であった。そして、皆、真剣であった。日向守。わしは、それを見て、思うた。――わしは、もう、要らぬのだな」
「上様。それは」
「責めておらぬ。むしろ、安堵した。日向守。わしは、十五年前、おぬしにこう言われた。『上様が三日床に伏せられたら、この家は三日止まる』と。今日、それが変わったと分かった。わしが死んでも、この家は、止まらぬ」
「上様。半日は、止まりまする。修理亮様が、半日かかられました」
信長は、少し笑った。
「ならば、来年は、四半刻にせよ」
「承知いたしました」
「日向守。おぬし、あと幾年生きる」
「――二、三年にございます」
「そうか。ならば、急がねばならぬな」
「何を、でございましょうか」
「――地図だ」




