↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天才創業者・織田信長の下で潰れる前に、本能寺が起きない組織を作ります~MBAホルダー明智光秀の事業承継計画  作者: 東雲 諒杏
第十三章 鷹の帳面

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
127/151

第127話 長い道


 天正十九年、三月。

 信長と共に、西へ向かっていた。

 行軍は、遅かった。兵が、多い。三万を超えている。そして、荷駄が、その倍だ。

 (これが、天下だ)

 十四年前、織田家は畿内の家だった。今は、この行列が、西へ行く。

 道中、毎日、信長と話した。最初の話は、鷹の量り方だった。

「日向守。鷹は、朝に量る。食う前だからだ。食えば、重くなる」

「他には」

「同じ秤を使う。秤を替えれば、数が変わる」

 (枡と、同じだ)

「他には」

「量る者を、替えぬ。人が替われば、持ち方が変わる。そして、持ち方が変われば、数が変わる」

 ――量るときは、同じ刻、同じ秤、同じ者にて。

「上様。これは、大きゅうございます。比べるための決まりにございます。同じ刻、同じ秤、同じ者。これが揃わねば、違いが見えませぬ」

「日向守。当たり前のことだ」

「上様には、当たり前にございます。ですが、家中の者には、当たり前ではございませぬ。ゆえに、書きまする」

 利三と書付を並べたとき、三つ目に出てきた「数えた日が違う」を、この人は三十一年前から知っていた。


    ◇


 四月。播磨に入った。姫路で、羽柴秀吉が迎えた。五十五になっていた。そして、太っていた。

「上様ッ! ようこそ!」

 声は、変わっていない。

「日向守様。お痩せになられた。奥方様のこと、伺い申した。お悔やみ申し上げる」

 その夜、秀吉と話した。二人だけだった。

「日向守様。上様は、九州で終いと申されたそうにござるな。そして、その後は、中将様と」

「さようにございます」

「日向守様。それがしは、どうなり申す」

 (正直に答えるか)

「筑前殿。それがしにも、分かりませぬ。ですが、一つだけ、申せることがございます。筑前殿が、いちばん力をお持ちにございます。そして、それは、変わりませぬ。中将様が家督を継がれても、筑前殿が、いちばん力をお持ちにございます」

「ゆえに、危ういと」

「さようにございます」

「日向守様は、はっきり申されるな」

「ですが、筑前殿。一つ、お考えいただきたいことがございます。力を持つことと、力を使うことは、別にございます。筑前殿は、力をお持ちにございます。ですが、使わぬこともできまする」

「なにゆえ、使わぬのでござる」

「使えば、失うゆえにございます。筑前殿が、二十年かけて作られたものにございます。播磨。但馬。因幡。備前。これらは、筑前殿が治められました。力を使えば、戦になりまする。そして、戦になれば、治めたものが、崩れまする」

「日向守様。それは、それがしを縛る言葉にござるな」

「さようにございます。ですが、筑前殿。縛られておるのは、それがしも同じにございます。それがしは、十四年、書付を書いてまいりました。そして、それが、それがしの縄にございます。それがしは、突然、別のことができませぬ」

「日向守様。それは、窮屈にござろう」

「窮屈にございます。ですが、楽にもございます。迷わずに済みますゆえ」

「日向守様。それは、羨ましゅうござる。それがしは、毎日、迷うており申す。そして、迷うのは、疲れ申す」

「筑前殿。ならば、縄をお作りくださいませ。『これだけは、せぬ』というものを、決めてくださいませ」

「日向守様は、何を決めておられる」

「三つ、ございます。一つ。隠さぬこと。二つ。己一人で、兵を動かさぬこと。三つ。――上様と、中将様が、同じ場所におられぬようにすること。二つ、同時に失うことを、防ぐためにございます」

「日向守様。それは、十四年、考えておられるのでござるな。ならば、それがしも、決め申そう。一つだけ、決め申す。――『上様と中将様が、共におられる限り、それがしは動かぬ』と」

 俺は、しばらく黙っていた。

 (「共におられる限り」。逆に言えば、どちらかがいなくなれば、動く)

「筑前殿。それは」

「お分かりでござろう。それがしは、嘘は申さぬ」

「――かたじけのうございます」

「日向守様。それがしは、日向守様が好きにござる。ですが、味方とは限り申さぬ」

「存じております」

 この男は、縄を作った。だが、その縄は、二人が同じ場所にいるときにだけ効く。俺の三つ目の縄と、逆向きに結んである。それを、隠さずに言った。心覚えの書に、写す。


    ◇


 六月。九州に入った。戦が始まった。だが、戦と呼べるものではなかった。島津は、戦わずに降った。三万の軍を見て。

 (終わった)

 十四年。そして、天下が、静まった。

 七月。九州の陣で、信長と話していた。

「日向守。終わったな。――日向守。わしは、これから何をする」

 (来た)

 「次」がなくなった。この人が、いちばん恐れていたことだ。

「上様。治めることにございます」

「勘九郎がやる」

「さようにございます。ゆえに、上様は、別のことをなさいませ。――鷹を、量ってくださいませ。そして、その量り方を、教えてくださいませ。若い者に」

「日向守。それは、退屈だ」

「退屈にございます。ですが、三十一年、続けてこられました。上様は、退屈なことを、三十一年続けられるお方にございます」

「日向守。おぬしは、うまいことを言う。だが、退屈は、退屈だ。――日向守。わしは、海を見たい。九州の先には、海がある。そして、その先には、国がある」

 (行かれるのか)

「上様。渡られますか」

「渡らぬ。だが、見る。見て、描く。――地図をだ。この国の地図を、描く」

 (地図)

 この時代、正確な日本地図はない。誰も、全体を見たことがない。

「上様。それは、大きな仕事にございます」

「そうだ。そして、退屈だ」

 俺は、少し笑った。

「日向守。おぬしも、やれ」

「喜んで」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。