第123話 丹後
天正十七年、三月。
俺は、丹後にいた。六年ぶりだった。玉が嫁いでから、初めてだ。
宮津の城で、細川藤孝が迎えた。五十六になっていた。
「日向守どの。よくぞお越しくださった。――六年、でござるな」
「申し訳ございませぬ」
「謝られることではござらぬ。日向守どのは、天下を回っておられた。――だが」
扇を閉じた。
「玉どのは、待っておられ申した」
俺は、動けなかった。
「兵部大輔様。玉は」
「変わっており申さぬ。理屈を、こねられまする」
俺は、思わず笑った。
「そして、細川の家を、変えられ申した。奥の女子が、皆、字を書き申す。そして、帳面をつけており申す。――人の帳面にござる。誰の子が生まれた。誰の親が死んだ。誰が足を痛めた。誰が困っておる。それを、書いておられる」
(煕子の帳面だ)
煕子から、玉へ。そして、細川の家へ。
「日向守どの。一つ、申し上げてよろしいか。それがしは、最初、嫌でござった。女子が、字を書くことにござる。細川は、古い家にござる。そして、古い家には、古いやり方がござる」
「今は、いかがでございますか」
「――助かっており申す。去年、家中で流行り病がござった。そのとき、玉どのが書付を出され申した。『長く病む者の看方』とやらにござる。桶の水を替え、部屋を分け、看る者を定め申した。そして、死んだ者は、三人で済み申した」
「病んだ者は、幾人でございましたか」
「四十二人にござる。以前なら、半分は死んでおり申した」
俺は、深く平伏した。
「日向守どの。かたじけのうござる」
藤孝は、扇を膝に置き、深く頭を下げた。
「兵部大輔様。おやめくださいませ」
「いや。これは、申し上げねばならぬ。六年前、それがしは、日向守どのの書付を『歌に詠みにくい』と申し申した。それがしは、あれを、縁起の悪いものと思うており申した。――だが、違い申した。あれは、人を生かす書付にござった」
◇
その日の夕、玉に会った。二十五になっていた。
(煕子に、似た)
背筋の伸び方が、同じだ。
「父上」
「玉。久しいな」
「六年でございます。――父上。謝られませぬよう。文は、頂いておりました。月に一度、必ず」
「返事は、来なんだな」
「書いておりました。出しませなんだ」
「なぜだ」
「父上の書付に、こうございました。『婚家の悪しきことを、実家に告げぬこと』と」
(玉が書いた条だ)
「玉。あれは、おぬしが書いた」
「さようでございます。そして、守りました」
「辛いことも、あったか」
「ございました」
「話してくれるか」
「もう、済んだことでございます」
「玉。済んだことでも、聞きたい」
玉は、しばらく黙っていた。
「父上。一つだけ、申し上げます。夫は、癇の強い方でございます。そして、二年目に、一度、刀を抜かれました。侍女にございます。膳の運び方が、悪かったと」
「斬られたか」
「斬られませなんだ。わたくしが、間に入りましたゆえ。そして、こう申しました。『半刻、庭にお出になってくださいませ』と」
俺は、動けなかった。
(俺が、言ったことだ)
六年前、忠興に言った。怒られたら、部屋を出てくださいませ。半刻でよろしゅうございます、と。あの言葉が、玉の口を通って、刀と侍女のあいだに立った。
「与一郎どのは、出られたか」
「出られました。そして、戻られて、こう申されました。『日向守どのに、教わったか』と。わたくしは、『父上に、教わりました』と」
俺は、しばらく座っていた。
「玉。すまなかった。あの男を、選んだことだ」
「父上。それは、違います。夫は、変わられました。今は、腹が立つと、ご自分で庭に出られます。そして、戻られて、こう仰せられます。『済まぬ』と。――父上。人は、変わります。ただ、変わるには、道が要ります。『庭に出る』という道を、父上が教えてくださいました」
「玉。それは、俺の手柄ではない。与一郎どのが、庭に出られたゆえだ」
玉は、少し笑った。
「父上。それも、違います。わたくしが、間に入りましたゆえでございます」
俺は、少し笑った。
「玉。おぬしは、変わらぬな」
「父上も、変わられませぬ」
◇
その夜、孫に会った。二人いた。上が五つ。下が三つ。
上の子は、俺を見て、言った。
「おじいさま」
俺は、動けなかった。
(おじいさま)
そう呼ばれたことがない。前世でも、この世でも。三つの世を生きて、初めてだった。
「おじいさまは、どこから来られました」
「近江だ」
「近江は、遠いですか」
「遠い」
「では、なぜ来られました」
俺は、しばらく答えられなかった。
「――約束したゆえだ。おぬしの母とだ」
子は、玉を見た。
「母上。まことですか」
玉は、懐から紙を出した。半分に裂かれた、白紙だった。いや、白紙ではない。俺の字で、こうある。
――一、年に一度、必ず会いに行く。
「ここに、書いてございます」
子は、覗き込んだ。
「読めませぬ」
「ゆえに、字を習うのです」
俺は、その光景を、しばらく見ていた。
(六年、守らなかった)
「年に一度」と書いて、六年守らなかった。だが、この紙は、残っていた。約束を破った証拠が、約束を思い出させる道になった。
「玉。四条目を、覚えておるか」
「覚えております。『明智と細川が敵となりし場合、おぬしは父を捨ててもよい。誰も、それを咎めぬ。父も、咎めぬ』」
「玉。それを、一つ、直したい。『敵となりし場合』を、『父が、謀反人と呼ばれし場合』としたい」
「父上。それは、何が違うのですか」
「敵になるのは、両家のことだ。だが、謀反人と呼ばれるのは、俺一人のことだ。そして、俺は、後者を恐れておる」
「父上。何かございましたか」
「何もない。だが、形が、揃うことがある。そして、形が揃えば、人は疑う」
玉は、しばらく黙っていた。
「父上。直しませぬ。『捨ててもよい』は、既に書いてございます。何があろうと、わたくしは、捨ててもよいのです。ゆえに、直す要はございませぬ」
「玉。おぬしは、捨てるか」
「捨てませぬ」
「なぜだ」
「『捨ててもよい』と書いてくださった父上を、捨てられませぬゆえ」




