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天才創業者・織田信長の下で潰れる前に、本能寺が起きない組織を作ります~MBAホルダー明智光秀の事業承継計画  作者: 東雲 諒杏
第十三章 鷹の帳面

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122/151

第122話 中将様の天下


 天正十七年、正月。

 信忠が、天下の仕置きを始めて、一年が過ぎた。

 安土の年賀に出た。そして、変化に気づいた。

 諸将の目が、信忠を見ている。

 (去年とは、違う)

 去年までは、諸将は上様を見ていた。信忠が何か言っても、上様の顔を確かめた。今は、違う。

 その日の評定を、注意して見ていた。議題は、北陸の兵の割り振りだった。八年前と、同じ議題だ。

 柴田勝家が、願い出た。

「中将様。越前より、兵を増やしとうござる」

 (中将様に、願い出た)

 八年前、この人は上様に願い出た。今は、信忠に願い出ている。

 信忠は、書付を読んだ。

「修理。三つ、聞く」

 俺は、笑いそうになった。八年前と、同じだ。

「一つ。兵は、どこから出す」

「越前と、加賀からにござる」

「二つ。近江からは、出さぬのだな」

「出し申さぬ。近江から出せば、丹波と播磨への荷が細り申す」

 俺は、動けなかった。

 (覚えている)

 八年前、信忠がこの人に問うたことだ。そして、この人は答えられなかった。今は、先に言っている。

「三つ。この兵で、加賀は落ちるか」

 勝家は、しばらく黙っていた。

「――落ちませぬ」

 広間が、ざわついた。

 (正直に言った)

「ならば、なぜ増やす」

「落とすためではござらぬ。守るためにござる。――冬にござる。中将様。北陸の冬は、四月にござる。その四月、こちらは動けませぬ。そして、動けぬ間に、加賀の者が動き申す。こちらの城の周りに、砦を築き申す。そして、春になると、こちらは砦を崩すことから始め申す。毎年、それにござる」

 (なるほど)

 攻めるためではなく、冬の間の防御のため。そして、それは、翌年の攻めを早める。雪を数えた人の、言葉だ。

「修理。認める。ただし、一つ、条件がある。春に、砦がいくつあったかを、数えて報せよ。そして、来年の春も、数えよ。兵を増やして、砦が減ったなら、それは効いたということだ。減らなければ、別の手を考えねばならぬ」

 俺は、深く平伏した。

 (育った)

 これは、俺が教えたことではない。この人が、自分で作った。


    ◇


 評定の後、信忠に呼ばれた。

「日向守。今日は、どうだった」

「お見事にございました」

「そなたは、そればかりだな」

「他に、申し上げることがございませぬゆえ」

「日向守。一つ、聞きたい。――わしは、父上のようになれるか」

 (八年前と、同じ問いだ)

「なれませぬ」

「八年前と、同じことを言うな」

「同じにございます。ですが、一つ、変わったことがございます。八年前、中将様は『追いつけるか』とお尋ねになりました。今は、『なれるか』とお尋ねになりました。追いつくのと、なるのは、違いまする。追いつくのは、同じ道を走ることにございます。なるのは、同じ場所に立つことにございます。――道は、違うてもよろしゅうございます」

「日向守。そなた、うまく言うな」

「上様にも、同じことを申されました」

 信忠は、少し笑った。

「父上と、同じことを言うか」

「さようにございます」

「日向守。もう一つ、聞きたい。――そなたは、あと何年、働ける」

 (来た)

「分かりませぬ」

「六十一だな。父上は、五十六だ。そして、わしは、三十二だ。日向守。わしは、そなたより三十年、長く生きる。ゆえに、そなたがおらぬ三十年を、考えねばならぬ。――そなたの跡を継ぐ者を、育ててくれ」

「育てております。斎藤利三。明智秀満。三沢。そして、それがしの子にございます」

「子は、幾つになった」

「十四にございます」

「日向守。その子を、わしに預けよ。わしのもとで、育てる」

 俺は、しばらく黙っていた。

 (どういう意味だ)

 二つの読み方がある。人質。明智の家を縛るための。育成。次の世代を作るための。

「中将様。それは、人質にございますか」

「そう思うか」

「思いませぬ。ですが、外から見れば、そう見えまする」

「日向守。そなた、また『外から見れば』か。――だが、正しい。ゆえに、こうする。日向守の子だけではない。柴田の子も、羽柴の甥も、丹羽の子も、滝川の子も。全部、預かる」

 (全部)

 全員なら、人質ではない。前世の言葉なら、学校だ。

「中将様。それは、何をなさるおつもりでございますか」

「教える。そして、互いを知らせる」

 (そうか)

 次の世代を、若いうちに繋いでおく。そうすれば、次の代では、諸将が互いを知っている。俺が「諸将直繋ぎの覚」でやったことを、この人は、二十年早く始める。

「中将様。それは、それがしの考えつかぬことにございました」

「日向守。そなたは、繋ぎを渡すことばかり考えておった。だが、渡すより、初めから繋いでおくほうが、易い」

「中将様。一つ、お願いがございます。――女子も、お預かりくださいませ。諸将の娘を、共に学ばせていただきとうございます。娘は、いずれ他家へ嫁ぎまする。そのとき、既に他家の者を知っておれば、嫁ぎ先が、初めての場所ではなくなりまする」

「日向守。それは、そなたの娘のことか」

「さようにございます。玉は、十九で嫁ぎました。そして、細川の家を、何も知りませなんだ。――それがしも、知りませなんだ」

「日向守。娘御は、今、いかがしておる」

「子を、二人産みました」

「会うておるか」

「――会うておりませぬ。丹後は、遠うございますゆえ」

 信忠は、しばらく黙っていた。

「日向守。行け。丹後へ行け。一月、休みをやる。――命令だ。そなたが断れぬよう、命令にする」

「ありがたく存じます」

「日向守。そなたは、六年前、娘御に約束の書付を作ったそうだな。『年に一度、必ず会いに行く』と」

 (知っている)

「どちらで、お聞きになりました」

「斎藤利三だ」

 額を押さえた。またか。

「良い家臣だ。――日向守。そなたは、その約束を、守っておらぬな」

「守っておりませぬ」

「ならば、守れ。そなたは、諸将に『約束を守れ』と言うてきた。そなたが守らねば、誰も守らぬ」


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