↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天才創業者・織田信長の下で潰れる前に、本能寺が起きない組織を作ります~MBAホルダー明智光秀の事業承継計画  作者: 東雲 諒杏
第十二章 本能寺

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
120/151

第120話 二度目の六月


 天正十六年、六月。

 俺は、また京の西にいた。去年と、同じ寺だ。兵は、二千。去年と、同じ。

 だが、一つだけ違うことがあった。信忠が、京にいる。

 ――第二条。上様と中将様は、同じ国に同時に入る場合、別の宿所に泊まること。

 上様は、本能寺。信忠様は、妙覚寺。地図を広げた。十町ほど、離れている。

「利三。これで、よいか」

「離れており申す。ですが、殿。十町は、近うござる」

 (そうだ)

 十町。一里に満たない。兵なら、四半刻で行ける。史実の六月二日、二条御新御所と本能寺は、この程度の距離だった。同じ朝に、両方が燃えた。

「利三。だが、これ以上は、離せぬ。京は、狭い」

「ならば、片方を京の外に」

「それは、書付に反する」

 第二条は、「別の宿所」としか書いていない。距離を、書いていない。

 (甘い)

 ――第二条、補い。『別の宿所』とは、一里以上離れたる場所を申す。

 (今年は、間に合わぬ)

 既に、二人は京にいる。来年から、だ。

 信忠に送った。返事は、その日のうちに来た。京にいるから、速い。

 ――書付、読んだ。そして、動く。妙覚寺は、近すぎる。ゆえに、二条の御所へ移る。

 (動く)

 地図を確かめた。二条。少し遠い。だが、一里には届かない。十五町ほどだ。

 ――二条の御所は、まだ近うございます。京の外へ、お移りいただきとうございます。

 ――京の外へは、出られぬ。父上が、京におられるゆえだ。そなたの言うことは、正しい。だが、わしが京の外に出れば、家中はこう思う。『中将様は、父上を避けておられる』と。

 (そうだ)

 制度と、人の目は、違う。制度上は、正しい。だが、そう見られない。

 ――ゆえに、二条とする。そして、もう一つ、決めた。二条の御所には、兵を置く。五百だ。なぜならば、二条の御所は、守れる作りだからだ。塀があり、堀もある。

 (そうだ)

 二条の御所は、元は将軍の御所だ。城に近い作りをしている。本能寺とは、違う。

 (待て)

 守れる場所に、信忠様がいる。守れない場所に、上様がいる。逆ではないか。

 ――中将様へ。一つ、お願いがございます。上様に、二条へお移りいただけませぬか。二条は、守れる作りにございます。本能寺は、寺にございます。

 返事は、二日で来た。

 ――申し上げた。だが、断られた。父上は、こう申された。『わしが守りに入れば、天下が守りに入る』と。そして、こうも申された。『日向守が守っておる』と。

 俺は、拳を握った。

 (信じられている)

 そして、それが、重い。


    ◇


 六月十日。京の西で、日々の書付を書いていた。弥助が、日に三度、来る。

 朝。「お変わりございませぬ」。昼。「お変わりございませぬ」。夕。「お変わりございませぬ」。

 十一日。異変なし。十二日。異変なし。十三日。異変なし。

 同じ四文字を、繰り返し書いた。何もない日を、何もないと書く。それが、鷹の帳面になっていくことを、このときの俺は、まだ知らない。


    ◇


 六月十四日。朝、弥助が来なかった。

 (また、か)

 書付を確かめた。四半刻に及びしとき。まず、武具を着けざる者一人を遣わし、様子を見ること。

 四半刻を数えた。

「利三。人を出せ」

 俺は、待った。今度は、落ち着いていた。去年、学んだ。まず、確かめる。兵は、動かさない。

 半刻。戻ってきた。

「申し上げますッ。弥助様は、おられませぬ。安土へ、使いに出られたとのこと」

 (安土)

「誰が、代わりに来る」

「分かり申さぬ」

 拳を握った。

 (決めていない)

 代わりの者を、決めていない。俺の書付に、それがない。去年、「来られぬときは来られぬと報せよ」と書いた。「来られぬときは誰が来るか」は、書いていない。

 その日のうちに、本能寺へ使者を出した。代わりの者を、決めていただきたい、と。

 返事は、夕に来た。使者は、若い小姓だった。二十三、四か。美しい顔立ちをしている。

「明智日向守様にございますか。森乱丸にございます」

 記憶が動いた。

 (ああ)

 本能寺で、上様と共に死んだ小姓。

「日向守様。上様よりのお言葉にございます。『弥助の代わりは、乱丸とする』と」

「承知いたした。――乱丸どの。一つ、お願いがある。あなたが来られぬときは、誰が来るかを、決めておいていただきたい。病むこともある。用ができることもある」

「日向守様。それは、上様にお伺いいたします」

「いや。あなたが、決めてくだされ。これは、小さなことだ。小さなことまで上様に伺えば、上様のお手が塞がる」

「日向守様。それがしは、上様の小姓にございます。己で決めることは、ございませぬ」

 俺は、しばらく黙っていた。

 (そうか)

 この男は、決めたことがない。上様の言葉を、運ぶだけだ。

「乱丸どの。一つ、伺ってよろしいか。上様に上げる報せの順は、誰が決めておられる」

「それは、それがしが」

「決めておられるな」

「――それは、決めておるのではございませぬ。急ぐものから、上げておるだけにございます」

「何が急ぐかは、誰が決める」

 乱丸は、しばらく黙っていた。そして――

 (気づいた)

 その顔を見て、そう思った。

「――それがしが、決めております」

「さようだ。乱丸どの。あなたは、既に決めておられる。そして、そのことに、気づいておられなかった」

「日向守様。それは、恐ろしいことにございます」

「さようだ。だが、あなたが決めねば、誰も決められぬ。ゆえに、決めてくだされ。そして、決めたことを、書き留めてくだされ」

「それがし、何を書き留めればよろしゅうございましょうか」

「上様に上げた報せと、上げなかった報せを」

 乱丸は、動けなかった。

「上げなかった報せも、でございますか」

「さようだ。――そちらのほうが、大事だ」

 乱丸は、平伏した。そして、立ち上がるとき、一度だけ、俺を見た。決めることを命じられた者の、最初の顔だった。俺は、その顔を、八年前の信忠に見たことがある。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
鷹の帳面とはどのようなものでしょうか?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。