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天才創業者・織田信長の下で潰れる前に、本能寺が起きない組織を作ります~MBAホルダー明智光秀の事業承継計画  作者: 東雲 諒杏
第十二章 本能寺

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第118話 和は、成る


 天正十五年、十月。

 毛利との和議が、成った。

 俺の文が、効いたのかは分からない。だが、秀吉は、上様に報せた。「毛利が、五国を割譲すると申しております」と。そして、上様は、答えた。「呑め」。

「利三。和が成った」

「めでたきことにござる」

 (早い)

 上様が備中に着かれる前に、和が成った。つまり。

「利三。上様は、どうされる」

「安土へ、お戻りとのこと」

 俺は、深く息を吐いた。

 (今年は、終わった)


    ◇


 十一月。信長は、安土へ戻った。俺は呼ばれた。

 いつもの小座敷だった。備中へ発ったときより、この人は、少し痩せていた。往復で二月、馬の上にいた。五十四の体だ。板は、浮かばなかった。浮かばなくても、分かる。

「日向守。毛利と、和した。五国だ」

「お見事にございます」

「日向守。おぬし、猿に文を出したそうだな」

 (知っている)

「出しました。『城を落とすことは、間違いではない』と。筑前殿が、迷うておられると伺いましたゆえ。『功の書』にて、治めたる功を褒められ、『これまでの二十年は、間違いであったか』と思われたとのこと」

 信長は、しばらく黙っていた。

「日向守。それは、おぬしの落ち度だな」

「さようにございます。褒め方を、誤りました。『治めたる功』だけを褒めました。『城を落としたる功』も、共に褒めるべきでございました。片方だけを褒めれば、もう片方を否まれたと感じまする」

「日向守。それは、大事なことだ。書いておけ」

 その場で、書いた。

 ――褒むるは、易し。されど、片方のみを褒むれば、もう片方を否みたることになる。ゆえに、褒むるときは、これまでを否まぬよう、心せよ。

「日向守。もう一つ、足せ。『褒めるときは、当人に直に言え』だ」

 (そうか)

 『功の書』は、紙だ。諸家に回る。だが、当人に直接は、言っていない。

 ――紙にて褒むるは、他人に知らせるためなり。当人を動かすには、直に言わねばならぬ。ゆえに、両方が要る。

「日向守。猿に、直に言う。安土に呼ぶ」

「上様。何と仰せられますか」

「――分からぬ。日向守。わしは、人を褒めたことがない。『よい』とは言う。だが、褒めたことは、ない」

「なにゆえ、でございましょうか」

「褒めれば、そこで止まるゆえだ」

 (そうか)

 褒めれば、人は満足する。満足すれば、止まる。そして、この人は、止まる者を許さない。

「上様。それは、正しゅうございます。ですが、半分にございます。褒めねば、なにゆえ走っておるかが、分からなくなりまする。人は、走り続けられませぬ。時々、立ち止まって、これでよいのかと問いまする。そのとき、褒められた覚えがなければ、何のために走っておるかが、分からなくなりまする」

「日向守。おぬしは、褒められたことがあるか」

 俺は、しばらく答えられなかった。

 (ある。だが、いつだ)

「ございます。――村井様に。いえ、違いまする。それがしが、村井様を褒めました」

 信長は、面食らった顔をした。

「十年前、村井様の帳面を拝見いたしました。九年分、誤りに印を押して残しておられました。そのとき、村井様がこう申されました。『誰も、褒めぬ』と。ゆえに、それがしは、『褒めます』と申しました。そのとき、村井様は、『前例がござらぬな。褒められるのは』と」

「日向守。それで、おぬしは褒められたのか」

「褒められておりませぬ。ですが、あの後、村井様は、それがしを助けてくださるようになりました。――それが、褒められたことにございます」

「日向守。分からぬな。――だが、覚えておく」


    ◇


 十二月。羽柴秀吉が、安土に来た。俺は、その場にいなかった。呼ばれなかった。だが、後日、秀吉から文が来た。

 ――安土にて、上様にお目にかかり申した。そして、驚き申した。上様は、こう申されました。『猿。おぬし、播磨をよう治めた』と。それがし、二十年、上様に仕えており申す。そして、初めてにござった。『よい』と申されたことは、幾度もござる。だが、『よう治めた』と申されたのは、初めてにござる。

 ――日向守様。それがし、その場で、涙が出申した。五十を過ぎて、みっともなきことにござる。

 俺は、少し笑った。

 (泣いたか)

 ――そして、上様は、こうも申されました。『城も、よう落とした』と。『二十年、よう落とした。ゆえに、治められた』と。

 (そのまま言われた)

 俺が文に書いたことを、上様が、そのまま秀吉に言った。使われた。構わぬ。

 ――日向守様。一つ、伺いたきことがござる。これは、日向守様が上様に申されたことにござるか。

 返事を書いた。

 ――それがしが申したことにございます。ですが、上様が仰せられたのは、上様のお心にございます。それがしが申したのは、『褒めるときは、これまでを否まぬように』ということだけにございます。何を褒めるかは、上様がお決めになりました。そして、上様は、『城もよう落とした』と仰せられました。それは、それがしが申したことではございませぬ。――上様は、二十年、見ておられました。

 返事は、来なかった。


    ◇


 年が明けて、天正十六年、正月。

 安土の年賀に出た。大広間。諸将が並んでいる。俺は、四番目の席にいた。柴田。羽柴。丹羽。そして、俺。

 信長が、上段に座った。その隣に、信忠が座った。

 (変わっていない)

 だが、その日の評定で、信長は言った。

「皆、聞け。――今年より、天下の仕置きを、勘九郎に任せる」

 俺は、動きを止めた。

 (今年)

 五年後ではない。今年だ。


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― 新着の感想 ―
上様におかれましては、此度の旅にて思いのほか難儀をなされたのでしょうか。 代替わりが加速しますね。 織田家の弟たちは大丈夫か、気になります。
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