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天才創業者・織田信長の下で潰れる前に、本能寺が起きない組織を作ります~MBAホルダー明智光秀の事業承継計画  作者: 東雲 諒杏
第十二章 本能寺

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第117話 官兵衛の文


 天正十五年、八月。

 黒田官兵衛からの書状は、短かった。

 ――日向守様へ。一つ、お伝えしたきことがござる。文にては、書けませぬ。お会いしたく候。

 (文には書けない)

「利三。これを、どう読む」

「殿。これは――危ない話にござる。お会いになりまするか」

 俺は、しばらく考えた。備中の官兵衛が、丹波の俺に会いに来る。それだけで、目立つ。そして、疑われる。だが、文に書けぬ話とは。

「利三。返事を書く」

 ――お会いいたしましょう。ただし、二つ、お願いがございます。一つ。お会いする場を、それがしが選ばせてくださいませ。二つ。会うたことを、隠さぬこと。お会いする前に、中将様と上様に、お知らせいたします。『黒田官兵衛と会う』と。

 (隠さない)

 隠せば、密談になる。隠さねば、ただの面会だ。信忠に教わった通りにした。

 返事は、六日で来た。

 ――承知いたし候。むしろ、そうしていただきたく候。

 (同じことを考えている)


    ◇


 会ったのは、九月だった。場所は、京の村井貞勝の役所を借りた。村井貞勝も、同席させた。

「官兵衛殿。村井様に同席いただきます。そして、話したことは、全部、書き記します」

「結構にござる」

 黒田官兵衛は、四十二になっていた。足は、まだ引きずっている。有岡の牢の代価だ。だが、目は、あの頃と同じだった。

「早速でござるが。中国の戦のことにござる。毛利が、和を求めており申す。上様が来られると聞き、慌てており申す。ゆえに、条件を出して参りました。五国を割譲すると。そして、残る国を安堵していただきたいと」

 (悪くない)

 五国を得て、戦が終わる。十分な成果だ。

「官兵衛殿。それを、上様はご存じでございますか」

「まだ、でござる。筑前殿が、報せておられ申さぬ」

 俺は、身を固くした。

「なにゆえ、でございましょうか」

「上様に、来ていただきたいゆえにござる」

 (そうか)

 和が成れば、上様は来ない。来なければ、秀吉の手柄は「毛利と和した」だけだ。だが、上様が来て、その前で和が成れば。

「それは、手柄を大きくするためでございますか」

「半分は、さようにござる」

「残り半分は」

 官兵衛は、しばらく黙っていた。

「上様に、見ていただきたいゆえにござる。筑前殿は、この十年、中国におられ申す。そして、上様は、一度も来られ申さぬ。筑前殿は、こう申されており申す。『上様は、わしの働きを、ご覧になったことがない』と」

 俺は、腹の底で受けた。

 (それか)

 褒められる仕事だけをしてきた男が、褒める者の目を、一度も受けていない。

「官兵衛殿。それは、報せねばなりませぬ」

「さようにござる」

「なにゆえ、それがしに」

「それがしが申しても、筑前殿は聞かれ申さぬ。『そなたは、頭が良すぎる』と申されまする」

 俺は、笑いそうになった。変わらないな。

「それがしが申せば、聞かれましょうか」

「聞かれ申す。筑前殿は、日向守様を、認めておられ申す。『功の書』のことにござる。『治めたる功』の筆頭に置かれた折、筑前殿は、三日、何も申されませなんだ。そして、四日目に、こう申されました。『わしは、二十年、間違うておったかもしれぬ』と。『褒められることばかりを、してきた』と」

 俺は、動けなかった。

「官兵衛殿。よく話してくださいました」

「日向守様。ここからが、本題にござる。筑前殿は、変わられ申した。そして、それは、良いことにござる。――ですが、危のうござる。迷うておられるゆえにござる。これまで、筑前殿は迷われ申さなんだ。城を落とす。それだけにござった。だが今、迷うておられる。『城を落とすべきか、治めるべきか』と」

「それは、良いことではございませぬか」

「良いことにござる。だが、迷う者は、遅れ申す。そして、遅れた者は、焦り申す。日向守様。焦った者は、何をすると思われる」

 俺は、答えられなかった。

「――極端に、走り申す」

 (そうだ)

 前世でも見た。迷った経営者ほど、突然、極端な決断をする。そして、それが、たいてい間違っている。分ける者は、その分岐を全部読む。この男が、それだ。

「官兵衛殿。それがしは、何をすればよろしゅうございましょうか」

「迷いを、減らしていただきたい。『どちらでもよい』と、言うていただきたい。筑前殿は、今、こう思うておられる。『城を落とすのは、間違いであった』と。ですが、それは違い申す。城を落としたゆえ、治めることができたのでござる」

 俺は、深く頷いた。

「分かりました。文を、書きまする」


    ◇


 その日のうちに、書いた。

 ――筑前殿へ。先の『功の書』にて、筑前殿は『治めたる功』の筆頭に置かれました。そのことで、迷うておられると伺いました。申し上げます。城を落とすことは、間違いではございませぬ。落とさねば、治めることもできませぬ。治めることは、落とすことの後にございます。

 ――筑前殿。それがしは、丹波を落としました。そして、そのために、多くの者が死にました。波多野右衛門大夫は、それがしが説明せなんだゆえに離れ、そして死にました。八上の城で、飢えた者もおります。それがしは、それを悔いております。ですが、間違いであったとは思うておりませぬ。あのとき、あれしかできませなんだ。そして、その後、それがしは変わりました。

 ――変わることは、これまでを否むことではございませぬ。これまでの上に、積むことにございます。

 出した。そして、官兵衛に聞いた。

「官兵衛殿。なにゆえ、あなた様は、それがしにこれを話されました」

 官兵衛は、しばらく黙っていた。

「日向守様。それがしは、六年前、牢におり申した。そして、日向守様が、出してくださった。あのとき、日向守様は、それがしに紙をくださった。『もう、忘れてよろしゅうございます』と申された。それがしは、あのとき、初めて泣き申した」

 俺は、答えられなかった。半兵衛様の紙だ。

「日向守様。それがしは、恩を返すつもりはござらぬ。恩で動く者は、いずれ恩が尽きまする。ゆえに、それがしは、利で動き申す。織田家が割れれば、それがしは困り申す。それがしは、播磨に領地を頂いており申す。家が割れれば、それも失い申す」

 俺は、深く頷いた。

 (正直だ)

「官兵衛殿。それは、いちばん信じられる理由にございます」

 官兵衛は、少し笑った。

「さようにござろう。恩は、消え申す。だが、利は、消え申さぬ」


    ◇


 その日の記録を、村井貞勝が書いた。正確だった。

「村井様。かたじけのうございます」

「日向守どの。一つ、申し上げてよろしいか。今日の話は、危のうござる。ゆえに、この記録は、三通作り申す。一通は、日向守どのに。一通は、黒田どのに」

「残る一通は」

「それがしが、持ち申す。そして、開けませぬ」

「なにゆえ、でございましょうか」

 村井貞勝は、無表情のまま、言った。

「――いつか、誰かが疑うたとき。そのとき、開け申す」


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