第117話 官兵衛の文
天正十五年、八月。
黒田官兵衛からの書状は、短かった。
――日向守様へ。一つ、お伝えしたきことがござる。文にては、書けませぬ。お会いしたく候。
(文には書けない)
「利三。これを、どう読む」
「殿。これは――危ない話にござる。お会いになりまするか」
俺は、しばらく考えた。備中の官兵衛が、丹波の俺に会いに来る。それだけで、目立つ。そして、疑われる。だが、文に書けぬ話とは。
「利三。返事を書く」
――お会いいたしましょう。ただし、二つ、お願いがございます。一つ。お会いする場を、それがしが選ばせてくださいませ。二つ。会うたことを、隠さぬこと。お会いする前に、中将様と上様に、お知らせいたします。『黒田官兵衛と会う』と。
(隠さない)
隠せば、密談になる。隠さねば、ただの面会だ。信忠に教わった通りにした。
返事は、六日で来た。
――承知いたし候。むしろ、そうしていただきたく候。
(同じことを考えている)
◇
会ったのは、九月だった。場所は、京の村井貞勝の役所を借りた。村井貞勝も、同席させた。
「官兵衛殿。村井様に同席いただきます。そして、話したことは、全部、書き記します」
「結構にござる」
黒田官兵衛は、四十二になっていた。足は、まだ引きずっている。有岡の牢の代価だ。だが、目は、あの頃と同じだった。
「早速でござるが。中国の戦のことにござる。毛利が、和を求めており申す。上様が来られると聞き、慌てており申す。ゆえに、条件を出して参りました。五国を割譲すると。そして、残る国を安堵していただきたいと」
(悪くない)
五国を得て、戦が終わる。十分な成果だ。
「官兵衛殿。それを、上様はご存じでございますか」
「まだ、でござる。筑前殿が、報せておられ申さぬ」
俺は、身を固くした。
「なにゆえ、でございましょうか」
「上様に、来ていただきたいゆえにござる」
(そうか)
和が成れば、上様は来ない。来なければ、秀吉の手柄は「毛利と和した」だけだ。だが、上様が来て、その前で和が成れば。
「それは、手柄を大きくするためでございますか」
「半分は、さようにござる」
「残り半分は」
官兵衛は、しばらく黙っていた。
「上様に、見ていただきたいゆえにござる。筑前殿は、この十年、中国におられ申す。そして、上様は、一度も来られ申さぬ。筑前殿は、こう申されており申す。『上様は、わしの働きを、ご覧になったことがない』と」
俺は、腹の底で受けた。
(それか)
褒められる仕事だけをしてきた男が、褒める者の目を、一度も受けていない。
「官兵衛殿。それは、報せねばなりませぬ」
「さようにござる」
「なにゆえ、それがしに」
「それがしが申しても、筑前殿は聞かれ申さぬ。『そなたは、頭が良すぎる』と申されまする」
俺は、笑いそうになった。変わらないな。
「それがしが申せば、聞かれましょうか」
「聞かれ申す。筑前殿は、日向守様を、認めておられ申す。『功の書』のことにござる。『治めたる功』の筆頭に置かれた折、筑前殿は、三日、何も申されませなんだ。そして、四日目に、こう申されました。『わしは、二十年、間違うておったかもしれぬ』と。『褒められることばかりを、してきた』と」
俺は、動けなかった。
「官兵衛殿。よく話してくださいました」
「日向守様。ここからが、本題にござる。筑前殿は、変わられ申した。そして、それは、良いことにござる。――ですが、危のうござる。迷うておられるゆえにござる。これまで、筑前殿は迷われ申さなんだ。城を落とす。それだけにござった。だが今、迷うておられる。『城を落とすべきか、治めるべきか』と」
「それは、良いことではございませぬか」
「良いことにござる。だが、迷う者は、遅れ申す。そして、遅れた者は、焦り申す。日向守様。焦った者は、何をすると思われる」
俺は、答えられなかった。
「――極端に、走り申す」
(そうだ)
前世でも見た。迷った経営者ほど、突然、極端な決断をする。そして、それが、たいてい間違っている。分ける者は、その分岐を全部読む。この男が、それだ。
「官兵衛殿。それがしは、何をすればよろしゅうございましょうか」
「迷いを、減らしていただきたい。『どちらでもよい』と、言うていただきたい。筑前殿は、今、こう思うておられる。『城を落とすのは、間違いであった』と。ですが、それは違い申す。城を落としたゆえ、治めることができたのでござる」
俺は、深く頷いた。
「分かりました。文を、書きまする」
◇
その日のうちに、書いた。
――筑前殿へ。先の『功の書』にて、筑前殿は『治めたる功』の筆頭に置かれました。そのことで、迷うておられると伺いました。申し上げます。城を落とすことは、間違いではございませぬ。落とさねば、治めることもできませぬ。治めることは、落とすことの後にございます。
――筑前殿。それがしは、丹波を落としました。そして、そのために、多くの者が死にました。波多野右衛門大夫は、それがしが説明せなんだゆえに離れ、そして死にました。八上の城で、飢えた者もおります。それがしは、それを悔いております。ですが、間違いであったとは思うておりませぬ。あのとき、あれしかできませなんだ。そして、その後、それがしは変わりました。
――変わることは、これまでを否むことではございませぬ。これまでの上に、積むことにございます。
出した。そして、官兵衛に聞いた。
「官兵衛殿。なにゆえ、あなた様は、それがしにこれを話されました」
官兵衛は、しばらく黙っていた。
「日向守様。それがしは、六年前、牢におり申した。そして、日向守様が、出してくださった。あのとき、日向守様は、それがしに紙をくださった。『もう、忘れてよろしゅうございます』と申された。それがしは、あのとき、初めて泣き申した」
俺は、答えられなかった。半兵衛様の紙だ。
「日向守様。それがしは、恩を返すつもりはござらぬ。恩で動く者は、いずれ恩が尽きまする。ゆえに、それがしは、利で動き申す。織田家が割れれば、それがしは困り申す。それがしは、播磨に領地を頂いており申す。家が割れれば、それも失い申す」
俺は、深く頷いた。
(正直だ)
「官兵衛殿。それは、いちばん信じられる理由にございます」
官兵衛は、少し笑った。
「さようにござろう。恩は、消え申す。だが、利は、消え申さぬ」
◇
その日の記録を、村井貞勝が書いた。正確だった。
「村井様。かたじけのうございます」
「日向守どの。一つ、申し上げてよろしいか。今日の話は、危のうござる。ゆえに、この記録は、三通作り申す。一通は、日向守どのに。一通は、黒田どのに」
「残る一通は」
「それがしが、持ち申す。そして、開けませぬ」
「なにゆえ、でございましょうか」
村井貞勝は、無表情のまま、言った。
「――いつか、誰かが疑うたとき。そのとき、開け申す」




