↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天才創業者・織田信長の下で潰れる前に、本能寺が起きない組織を作ります~MBAホルダー明智光秀の事業承継計画  作者: 東雲 諒杏
第十二章 本能寺

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
115/151

第115話 茶を、一服


 六月三日。

 朝、弥助が来た。足を引きずってはいたが、昨日より軽い。

「日向守様。お変わりございませぬ。――そして、上様よりお言葉がございます。『来い』と」

 俺は、しばらく動けなかった。

 (呼ばれた)

 ――五、上様の宿所には、上様のお召しなくば、近づかざること。

 お召しがあった。

「利三。本能寺へ行く」

「殿ッ。それは」

「お召しだ。兵は、連れぬ。警固の者、五人だけだ」

「殿。それは、少なすぎ申す」

「多ければ、疑われる。そして、これは、警固ではない。――客だ」


    ◇


 京の西の寺から、本能寺まで、歩いた。五人の警固は、十間後ろに置いた。四条の通りには、去年の二月と同じ数の子供が走っていた。誰も、俺を見なかった。二千の兵を桂川の向こうに置いた男が、供五人で歩いているのを、京の町は、当たり前の光景として通り過ぎた。それでいい。当たり前に見えることが、疑われないということだ。

 本能寺は、思ったより小さかった。

 (寺だ)

 城ではない。堀もない。石垣もない。塀と、門だけだ。八年間、頭の中でこの寺を燃やしてきた。燃えるはずだ、と思った。燃えやすい。

 (守れぬ)

 通されたのは、奥の一室だった。信長は、脇息にもたれ、書状を読んでいた。いつも通りだ。

「日向守にございます」

「来たか。座れ。――弥助が、階から落ちた。おぬしが、案じたそうだな。半刻でか」

「半刻でございます」

 信長は、少し笑ったようだった。

「気が短いな。――だが、それでよい。半日待っておれば、遅い」

「上様も、そうお思いでございますか」

「思う。おぬしの書付を読んだ。『半日に及びしとき』とあった」

「直しました。四半刻にございます」

「良い。――日向守。茶を点てる。付いてこい」


    ◇


 通されたのは、小さな部屋だった。四畳半。道具が置いてある。

 (狭い)

 宗易の二畳台目ほどではない。だが、この人が、この狭さに座るのは、初めて見た。

 信長は、茶を点て始めた。

 (速い)

 宗易の所作とは、まるで違う。音がする。動きに、迷いがない。そして、美しい。

「飲め」

 濃い。そして、熱い。この人らしい。

「結構にございます」

「日向守。おぬし、茶は好きか」

「――分かりませぬ」

「正直だな。わしも、分からぬ。茶は、道具だ。人を測り、人を動かす道具だ。――だが、時々、道具でないときがある。今が、それだ」

 俺は、動けなかった。

「上様。かたじけのう存じます」

「日向守。おぬし、幾つになった」

「五十九にございます」

「わしは、五十四だ。日向守。わしは、備中へ行く。毛利を片付ける。その後、九州へ行く。島津がおる。そして、その先には、海がある」

 (俺が言ったことだ)

 走る先を、作る。

「上様。海の先は」

「知らぬ。だが、宣教師が地図を持ってきた。この国は、思うたより小さい。日向守。わしは、この国を取ったら、終わりだと思うておった。だが、地図を見て、変わった。――この国は、地図の端にある」

 (そうか)

 その地図を、知っている。前世で、見たことがある。日本は、端だ。この人は、端から見ている。

「上様。海の先へ、行かれますか」

「行かぬ。五十四だ。そして、この国も、まだ取っておらぬ」

「あと、幾年かかりましょうか」

「五年だ。五年で、この国を取る。そして、そこで、わしは終いだ」

 俺は、身を固くした。

「終い、と」

「五年経てば、わしは五十九だ。今のおぬしと、同じだ。日向守。おぬしは、今、走れるか」

「――走れませぬ」

「ならば、わしも走れぬ。ゆえに、五年で終いだ」

「その後は」

「勘九郎だ」

 俺は、深く平伏した。

 (言った)

 初めて、はっきり言った。五年後、家督を渡す、と。

「上様。それを、中将様にお伝えになりますか」

「言わぬ。言えば、待つゆえだ」

 (そうか)

 五年後に渡す、と言えば、信忠は待つ。待つ者は、動かない。そして、五年、育たない。

「上様。仰せの通りかと存じます。ですが、一つ、お願いがございます。――書いておいてくださいませ。『五年で、勘九郎に渡す』と。そして、それを、封じてくださいませ」

「誰に預ける」

「村井様に。五年後に開けていただきまする」

「日向守。おぬし、なにゆえ、それを頼む」

「上様が、忘れられるゆえにございます」

 信長は、少し笑った。

「そうだな。四国のことも、忘れた」

「そして、もう一つ、理由がございます。――上様が、五年の内に、おられなくなった場合にございます」

 部屋が、静かになった。

「日向守。おぬし、それを言うか」

「申し上げます。そのとき、その書付があれば、『上様は、勘九郎様に渡すおつもりであった』と、皆が知りまする」

 信長は、しばらく黙っていた。

「日向守。――書く。だが、一つ、足す。『勘九郎を助けよ』と、書いておく」

「誰に、でございましょうか」

「おぬしにだ」

 俺は、動けなかった。

「上様。それは、なりませぬ。それがしも、五年後には、六十四にございます。生きておるか、分かりませぬ」

「ならば、誰に書く」

「名を、書かぬことにございます。『勘九郎を助くべし』と、それだけお書きくださいませ。誰に、とは書かず。名を書けば、その者だけの役目になりまする。名を書かねば、読んだ者、全部の役目になりまする」

 長い沈黙があった。

「日向守。おぬしは、八年、そればかり考えておるな」

「さようにございます」

「疲れるだろう」

「疲れております」

 信長は、しばらく黙っていた。それから、茶碗を取った。

「日向守。――もう一服、飲め」

 二服目は、一服目より、少しぬるかった。この人が、点てる速さを、少し落としたのだと思った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。