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天才創業者・織田信長の下で潰れる前に、本能寺が起きない組織を作ります~MBAホルダー明智光秀の事業承継計画  作者: 東雲 諒杏
第十一章 俺を消す

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第110話 筑前殿の返事


 天正十五年、三月。

 『功の書』への反応が、順に来た。

 丹羽長秀からは、こうあった。

 ――中将様の書付、拝見いたし申した。『繋ぎたる功』に、それがしの名がござらなんだ。――悔しゅうござる。来年は、載せていただく所存にござる。

 俺は、笑った。

 (効いている)

 五十を過ぎた武将が、載らなかったことを悔しがっている。そして、来年を目指している。

 柴田勝家からは、こうあった。

 ――『繋ぎたる功』とやらに、わしの名があった。だが、あれは繋いだのではない。雪の話をしただけだ。中将様に、そう申し上げてくれ。わしは、繋ぐつもりなど、なかった。――だが、まあ、悪い気はせぬ。

 また笑った。素直でない。だが、嬉しがっている。

 滝川一益からは、長い書状が来た。

 ――『繋ぎたる功』に名を頂き、面目次第もござらぬ。それがしは、これまで、何の功で評されておるか分から申さなんだ。攻めれば「一益は器用だ」と申され。治めれば「一益は器用だ」と申され。何をしても、「器用だ」で終わり申した。

 俺は、動けなかった。この人は、褒められてきた。だが、何を褒められているか、分からなかった。便利な者は、褒められても、居場所がない。

 ――ですが、此度は違い申した。『繋ぎたる功』と、はっきり書いてござった。六十二にして、初めて、己が何をしておるかを知り申した。

 返事を書いた。

 ――それがしも、五十九にして、初めて己を知りました。それがしは、守る者にございます。攻めることを、知りませぬ。中将様の書付を読み、それを知りました。五十を過ぎても、知らぬことがございます。それは、恥ではないと存じます。


    ◇


 そして、最後に来たのが、羽柴秀吉だった。書状は、長かった。

 ――中将様の『功の書』、拝見いたし候。『治めたる功』の筆頭に、それがしの名がござった。これにつき、申し上げたきことがござる。

 (来る)

 ――それがしは、この二十年、城を落とし続けており申した。そして、落とした数で、評されており申した。『筑前は、城を落とす』と。此度、初めて、治めたことで評され申した。日向守様。正直に申し上げる。――嬉しゅうござった。

 (嬉しい、と書いた)

 この男が。

 ――なにゆえ嬉しかったか、考え申した。そして、分かり申した。それがしは、城を落とすのが、好きではござらぬ。

 手が止まった。三度、読んだ。

 ――それがしは、針売りから上がり申した。家柄も、由緒もござらぬ。ゆえに、功を挙げるしかござらなんだ。そして、功とは、城を落とすことにござった。ゆえに、落とし続け申した。

 ――だが、それがしが本当にやりたかったのは、町を作ることにござる。三木の城下を立て直した折、それがしは楽しゅうござった。米を売り、証文を書かせ、人を働かせ申した。町が、少しずつ生き返り申した。あれが、いちばん楽しゅうござった。ですが、誰も褒め申さなんだ。『筑前は、城を落とす』と申されるばかりにて。

 目を閉じた。

 (そうか)

 この男は、二十年、褒められない仕事をしてきた。そして、褒められる仕事だけを、続けてきた。走る先は、この男が選んだのではない。褒める者が、選んでいた。

 ――日向守様。一つ、伺いたきことがござる。なにゆえ、中将様は、それがしを筆頭に置かれた。

 (俺が言ったからだ)

 だが、それだけではない。

 返事を書いた。

 ――それがしは、中将様に、こう申し上げました。『治めることは、褒められませぬ。ゆえに、褒めていただきとうございます』と。ですが、誰を筆頭に置くかは、申しておりませぬ。中将様が、お決めになりました。そして、それは、播磨をご覧になった上でのことと存じます。中将様は、三年前、播磨を通られました。そのとき、三木の城下をご覧になっております。

 ――筑前殿。誰も褒めなかったと申されましたが。一人、見ておられた方がおられました。

 返事は、二月後に来た。書状は、短かった。

 ――日向守様へ。かたじけのうござる。

 その一行だけだった。

 裏を返した。もう一行、書いてあった。

 ――それがし、走るのをやめ申さぬ。ですが、走る先を、変え申す。

 俺は、動けなかった。

 (変える)

 この男が、そう書いた。

 (これで、変わったのか)

 いや。首を振った。分からぬ。この男は、変わったかもしれない。だが、状況が変われば、また変わる。人は、そういうものだ。上様が、そう言った。

 ――人の心は、変わる。ゆえに、心を当てにしてはならぬ。だが、心が変わった瞬間は、書き留めておける。そして、書き留めたものは、変わらぬ。

 この書状は、残る。「走る先を変える」と、この男は書いた。それは、証文だ。宗易の帳面なら、「約束の貸し借り」の欄に入る。

 丁寧に畳み、書付の束に入れた。


    ◇


 その夜、七年分の書付を眺めていた。

 役目書。荷の覚。功の書。取次の筋目。緊急の覚。役目の量の覚。諸将を繋ぐ覚。

 そして、書状の束。柴田勝家の、雪の書状。滝川一益の、「己を知り申した」という書状。羽柴秀吉の、「走る先を変える」という書状。

 (これが、いちばん大事かもしれぬ)

 制度は、行動を縛る。だが、心は縛れない。だが、心が動いた瞬間を、残すことはできる。

 新しい書付の表題を書いた。

 ――諸将、心覚えの書。

 中身は、書状の写しだ。柴田修理亮の、雪の話。滝川左近将監の、「初めて己を知った」。羽柴筑前守の、「走る先を変える」。そして、佐久間右衛門尉の、「帰られては困ると言われたのは初めて」。

 (これは、何のためだ)

 ――この書は、諸将を縛るためのものにあらず。いつか、諸将が迷うたとき、己が何を思うたかを、思い出すためのものなり。人は、忘れる。己が何を思うたかも、忘れる。ゆえに、書いておく。

 筆を置き、外を見た。春の夜だった。

 数える紙を、久しぶりに出した。

 転生して、十一年。

 ――煕子、生きている。十一年。

 ――中将様、天下の仕置きを始められて、二年。

 ――『上様、御不慮の折の覚』七箇条。写し七通。

 ――筑前殿、八十七人を数えた。そして、理由を書き始めた。

 七つの形を、数えた。

 ――説明されぬまま、動かされる。崩れた。

 ――疲れを、言えない。半分、崩れた。「忙しかったか」と問えば、答える者が出た。

 ――約束が、記録されていない。崩れた。二百三十一の約定を、紙にした。

 ――方針の変更を、当人が最後に知る。崩れた。取次の筋目、三条。

 ――誰が何を決めてよいか、書いていない。崩れた。

 ――主君と後継者が、同じ場所で無防備になる。崩れていない。

 ――諸将が、互いを知らない。崩れた。直に文を交わしておる。

 (――五つ、崩れた。半分が一つ。残り一つ)

 板が出た。

  織田家 一人依存度 三十四%

 (――五十五、下がった)

 十一年で、五十五。

 俺は、その数字を見て、初めて、少し安堵した。

 (――三十四なら、割れぬかもしれぬ)

 残る一つは、主君と後継者が同じ場所で無防備になること。

 (――これだけが、崩れておらぬ)

 そして、これだけは、書付では崩せない。上様と中将様が、同じ日に同じ町にいるかどうかは、俺が決めることではないからだ。

 (あと、幾年ある)

 (分からぬ)

 だが、少しずつ、進んでいる。

 そのとき、廊下に足音がした。利三だった。十日の休みから、戻ってきたはずだ。

「殿ッ」

 声が、緊迫していた。母に会いに行った男の声ではなかった。

「どうした」

 書状を差し出した。開いた。手が、止まった。

 ――上様、御動座。備中へ、御出馬。京にて、御逗留。


いよいよ、本能寺へ舞台が移ります!

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