↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天才創業者・織田信長の下で潰れる前に、本能寺が起きない組織を作ります~MBAホルダー明智光秀の事業承継計画  作者: 東雲 諒杏
第十一章 俺を消す

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
106/151

第106話 外を、渡す


 天正十四年、五月。

 俺は、三沢の言葉を、ずっと考えていた。止まるのは、外との話である。

 外との交渉を、全部一人でやっている。安土。岐阜。播磨。北陸。土佐。堺。

 (これを、渡さねばならぬ)

 書き出した。

 ――外との繋ぎ。一、上様(安土)。二、中将様(岐阜)。三、羽柴筑前守(中国)。四、柴田修理亮(北陸)。五、丹羽五郎左衛門。六、滝川左近将監。七、村井貞勝(京)。八、長宗我部宮内少輔(土佐)――これは、三七郎様に引き継いだ。九、千宗易(堺)。十、細川兵部大輔(丹後)。

 一覧を見た。

 (九つ)

 九つの繋ぎを、俺一人が持っている。前世の営業部長の携帯と、同じだ。あの人が辞めた日、会社は九つの取引先の顔を、一度に失った。

「利三。相談がある」

 一覧を見せた。利三は読み、青くなった。

「殿。これは」

「繋ぎだ。全部、俺が持っておる。――これを、分けたい」

 利三は、しばらく黙っていた。

「殿。これは、分けられませぬ。繋ぎは、人と人にござる。上様は、殿を知っておられる。――それがしを、ご存じない」

 俺は、頷いた。その通りだ。人間関係は、引き継げない。これが、最大の難問だ。

 しばらく考えた。

「利三。一つ、聞く。おぬしは、村井様を知っておるか」

「お顔は、存じており申す。話したことは、ござらぬ」

「ならば、話せ。京へ行き、村井様と話してこい」

「何を、話しまする」

「何でもよい」

 利三は、渋い顔をした。

「殿。それでは、用がござらぬ」

「用があるときに行けば、それは用の話になる。用がないときに行けば、人の話になる」

「それは、無駄ではござらぬか」

「無駄だ。だが、その無駄が、繋ぎだ。利三。俺は、七年、諸方を回った。その多くは、用があって行った。だが、繋ぎができたのは、用の後だ。柴田様と繋がったのは、雪の話を聞いたときだ。あれは、用ではない。滝川様と繋がったのは、茶を飲んだときだ。あれも、用ではない。――用の話だけでは、繋ぎはできぬ」

「殿。それがしは、話が下手にござる」

 俺は、少し笑った。

「知っている。だが、書は上手い。村井様は、書を好まれる。そして、字の汚い者を嫌われる。――おぬしの字を、見せてこい。そして、村井様の帳面を見せていただけ」


    ◇


 利三は、京へ行き、三日で戻ってきた。書院に飛び込んできた。

「殿ッ。村井様の帳面を、拝見いたし申した。十八年分にござる。――そして、誤りに、印が押してござった」

 俺は、少し笑った。

「気づいたか」

「気づき申した。そして、村井様に伺い申した。『なにゆえ、消されぬのですか』と」

「村井様は、何と」

「『消せば、なにゆえ間違えたかが分からなくなる』と」

「俺も、同じことを聞いた。七年前だ」

 利三は、少し驚いた顔をした。

「殿。村井様は、こうも申されました。『日向守どのも、同じことを聞かれた』と。――そして。『主と家臣が、同じところに目を止める家は、続く』と」

 俺は、動けなかった。

 (そうか)

 繋ぎは、人と人ではない。目の付けどころだ。

 ――繋ぎは、人と人ではない。同じところに目を止める者どうしが、繋がる。ゆえに、繋ぎは、渡せる。ただし、渡すのは、名ではない。目の付けどころである。


    ◇


 その日から、方法を変えた。利三に、俺の「見方」を教える。毎日、半刻。書付を並べて、聞く。

「利三。この二つを見て、何が見える」

 最初、答えられなかった。

「分かり申さぬ」

「分からぬでよい。だが、何か言え」

「――数が、違い申す」

「そうだ。なぜ違うと思う」

「分かり申さぬ」

「ならば、三つ考えよ。当たっておらずともよい。三つ、言え」

 利三は、しばらく考えた。

「一つ。数え方が違う。二つ。片方が、間違うておる。三つ……」

 俺は、待った。

「――三つ。数えた日が、違う」

 俺は、身を乗り出した。

「利三。それだ。これは、月の初めに数えたものだ。こちらは、月の終わりだ」

「ならば、比べられませぬな」

「そうだ。同じ日に数えねば、比べられぬ」

 ――比べるには、揃えねばならぬ。日を揃え、枡を揃え、様式を揃える。揃えねば、違いが見えぬ。

「利三。今、おぬしは、問題を見つけた」

 面食らった顔をした。

「それがしが、でござるか。それがしは、ただ思いついただけにござる」

「俺も、同じだ。利三。俺は、七年、問題を見つけてきた。だが、全部、思いつきだ。並べて、眺めて、思いつく。それだけだ」

「殿。それでは、当たらぬこともござろう」

「ある。むしろ、外れるほうが多い。ゆえに、三つ考える。三つのうち、一つ当たれば良い。利三。これは、才ではない。数だ。思いつきを、多く出す。そして、確かめる。それだけのことだ」

「殿。それがしにも、できまするか」

「できる。ただし、一つ、要るものがある。――『分からぬ』と言えることだ。分かったふりをすれば、そこで止まる。『分からぬ』と言えば、続く」

 利三は、少し笑った。

「殿。それがしは、それだけは得意にござる。『分かり申さぬ』は、七年、申しており申す」

 俺は、笑った。

「利三。おぬしに、繋ぎを一つ渡す。――村井様だ。これから、京の話は、おぬしが行け」

「殿は」

「行かぬ。俺が行けば、村井様は俺と話す。おぬしが行けば、おぬしと話される」

「殿。それは、寂しゅうござらぬか」

 俺は、少し笑った。与三郎と、同じことを聞く。

「寂しい。だが、俺は、いずれ死ぬ。そのとき、村井様と明智の家の繋ぎが切れる。――それは、困る」

「承知いたし申した。ですが、殿。一つ、お願いがござる。――時々は、共に行っていただきたい。それがし一人では、心細うござる」

「五十一にもなって」

「五十二にござる。そして、心細うござる」

 俺は、しばらく黙っていた。

「分かった。最初の三度は、共に行く。だが、四度目からは、おぬし一人だ」

 その夜、書いた。

 ――繋ぎを渡すには、三度、共に行く。一度目は、紹介する。二度目は、共に話す。三度目は、黙って座る。四度目からは、行かぬ。

 ――三度目が、いちばん難しい。黙って座るのは、話すより難しいゆえ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。