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天才創業者・織田信長の下で潰れる前に、本能寺が起きない組織を作ります~MBAホルダー明智光秀の事業承継計画  作者: 東雲 諒杏
第十一章 俺を消す

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第101話 俺を消す


 ――上様は、ご自分の死後を書けと命じられた。

 ――七通の写しができた。備えは、紙の上ではできた。

 ――だが、線は全部、まだ俺を通っている。


 天正十三年、三月。

 坂本に戻った俺は、家中の主だった者を集めた。

 三十人ほど。利三。秀満。三沢。たき。与三郎(よさぶろう)。そして、この七年で育った者たち。七年前に同じ部屋に集めたときは、名前と顔が一致する者が、半分もいなかった。今は、全員の役目と、その役目の「なぜ」を言える。

 俺は、白紙を掲げた。七年前と、同じことをした。

「これから、明智の家を、もう一度作り直す」

 ざわり、と空気が動いた。利三が、渋い顔をした。

「殿。また、でござるか」

「また、だ」

 白紙を置いた。

「――今度は、俺を消す」

 静まり返った。誰も、何も言わなかった。

 やがて、利三が、掠れた声で言った。

「殿。それは、いかなる意味にござる」

「そのままの意味だ。俺がいなくても、明智の家が動くようにする」

 白紙を指した。

「七年前、俺は同じことを織田家について言った。上様がおられずとも、織田家が動くようにする、と。そして、それを七年やった。――だが、明智の家は、どうだ」

 誰も、答えなかった。

「俺が倒れたら、この家は止まるか。――正直に答えよ」

 沈黙があった。去年、堺から戻って馬から降りられなかった夜を、全員が知っている。あれから、この問いは家中の腹の底にあって、誰も口にしなかった。

 やがて、三沢が手を挙げた。

「申し上げます。――半分は、止まりませぬ」

「半分、か」

「荷は、止まりませぬ。役目書がございますゆえ。村の裁きも、止まりませぬ」

「では、何が止まる」

 三沢は、しばらく考えた。

「――外との話にございます」

 俺は、深く頷いた。

 (そうだ)

 外との交渉を、全部一人でやっている。安土。岐阜。播磨。北陸。土佐。全部、俺が行っている。前世の会社で、取引先の連絡先が全部一人の営業部長の携帯に入っていたのと、同じ形だ。

「三沢。よく言った。――他には」

 今度は、秀満が手を挙げた。福知山を預けて、七年になる。丹波の四十二家との書付は、この男が一枚も欠かさず継いでいる。

「申し上げます。――決まりを、新しく作ることにございます。決まりを守ることは、我らにできまする。ですが、新しい決まりを作るのは、殿にしかできませぬ」

 俺は、動けなかった。

 (そこだ)

 これが、最も深い問題だ。運用は、できる。だが、設計ができない。

「秀満。なぜ、できぬと思う」

「それがしには、思いつきませぬゆえ。――『これが問題だ』ということにございます。殿は、いつも『これが問題だ』と仰せられます。それがしには、問題が見えませぬ」

 俺は、腹の底で受けた。

 (問題の発見)

 解決より難しい。解決は、問題が分かれば、誰でもできる。だが、問題を見つけるのは。

「秀満。俺は、どうやって問題を見つけていると思う」

 秀満は、答えられなかった。

「誰か、分かる者はおるか」

 しばらく、誰も答えなかった。やがて、利三が言った。

「――殿は、聞いておられる。殿は、いつも人に聞いておられる。船頭に、湖のことを。馬飼いに、馬のことを。侍女に、台所のことを。そして、聞いた話から、問題を見つけられる」

 俺は、深く頷いた。

 (半分は、当たっている)

 だが、もう半分がある。

「利三。半分は、当たっている。もう半分は、何だ」

 利三は、首を振った。

「分かり申さぬ」

 俺は、家中を見回した。

「――俺は、比べている」

 (――これも、蜀で覚えた)

 あのころ、俺の手元には二つの簿があった。誰が何を言ったかの簿と、誰が何をしたかの簿である。

 二つを並べると、言うだけの者と、するだけの者と、両方する者が分かれた。分かれたところが、そのまま人の配し方になった。

 ――比べるのは、才ではない。並べる手間である。

 全員が、俺を見た。

「船頭の話を聞く。馬飼いの話を聞く。――そして、二つを並べる」

 書付を出した。荷の覚だ。

「これは、近江と播磨と越前の書付を並べたものだ。並べると、同じところと、違うところが見える。同じところは、どこでも起きることだ。違うところは、その土地の事情だ。――そして、片方にあって片方にないものが」

 少し間を置いた。

「――問題だ」

 部屋が、静かになった。

「殿。それは、それがしにもできまする」

 三沢だった。

「できるか」

「できまする。『荷の覚』は、それがしが作りました。――ただ。それがしは、荷しか比べられませぬ。殿は、荷と、村の裁きと、国衆の話と、上様のお言葉を、全部並べておられます。――それが、できませぬ」

 俺は、考えた。

 (範囲の問題だ)

 三沢は、荷の専門家だ。荷のことは、俺より詳しい。だが、荷しか見ていない。

 そこで、気づいた。

 (俺は、専門を持っていない)

 荷も、村も、国衆も、外交も、全部を中途半端に見ている。どれも、専門家には及ばない。だが、全部を並べられる。前世でも、そうだった。経営企画部というのは、何の専門家でもない部署だった。だから、全部の部署の資料が、机に集まった。

 筆を取り、書いた。

 ――専門を持つ者は、深く見る。専門を持たぬ者は、広く並べる。問題は、並べたときに見える。

 三行を、家中に見せた。

「これが、俺のやっていることだ。そして、これは、教えられる。――ただし、一人には教えられぬ。一人が全部を見るのは、無理だ。俺も、無理をしている。――ゆえに、倒れた」

 白紙を取り、書いた。

 ――寄合。

「寄合を、作る。月に一度、家中の主だった者が集まる。そして、各々が見ておることを、並べる」

 利三が、首を傾げた。

「殿。それは、評定と何が違いまする」

 いい質問だった。

「評定は、決めるための場だ。――寄合は、決めぬ」

 全員が、面食らった顔をした。

「決めぬので」

「決めぬ。並べるだけだ。三沢は、荷のことを言う。左馬助は、決まりのことを言う。利三は、家中のことを言う。――そして、それを並べる」

「並べて、いかがなさいます」

「何もせぬ。――ただ、聞く」

 利三が、渋い顔をした。

「殿。それでは、時の無駄では」

 俺は、少し笑った。

「利三。おぬしは、七年前、同じことを言った。『棚卸しは、戦の役に立ちますので』と」

 利三は、しばらく黙って、それから少し笑った。

「覚えておられるので」

「覚えている。そして、あのとき俺は、こう答えた。『数えておけば、足りなくなる前に分かる』と。――今度も、同じだ。並べておけば、問題が起きる前に見える。決めるのは、その後だ」


    ◇


 寄合は、その月から始まった。

 最初の三回は、失敗だった。問題は、単純だった。誰も、喋らない。いや、喋りすぎる者と、喋らない者に分かれる。利三が喋る。三沢が喋る。他の二十七人は、黙っている。

 四回目で、やり方を変えた。順番に、必ず一つずつ言わせる。「ない」と言うことを、禁じた。

 これは、効いた。最初は、皆、当たり障りのないことを言った。特に変わりございませぬ。順調にございます。だが、三回目あたりから、変わってきた。

 ある若い家臣が、言った。

「――蔵の鍵のことにございます。近ごろ、鍵を借りに来る者が増えており申す。なぜかは、分かり申さぬ。ですが、去年より、倍ほど」

 俺は、書き取った。

 (これは、何だ)

 分からなかった。だが、並べれば、分かるかもしれぬ。

「誰か、これに関わることを知っておるか」

 しばらく、誰も答えなかった。やがて、三沢が言った。

「――荷が、増えており申す。去年より、三割ほど。丹波と、京への荷にございます」

 二つを並べた。鍵を借りる者が、倍。荷が、三割増。

 (合わない)

「荷が三割増えて、鍵を借りる者が倍になるか」

 三沢は、少し考えた。

「――合いませぬ」

「他に、何かないか」

 沈黙があった。やがて、たきが手を挙げた。

「申し上げてよろしゅうございますか。――町で、米の値が動いております。下がっております」

 俺は、動きを止めた。

 三つを並べた。鍵を借りる者が、倍。荷が、三割増。米の値が、下がっている。

 (売っている)

「たき。誰が、米を売っておる」

「――侍衆にございます。町の米屋に、幾人か」

 部屋の空気が、変わった。

 家中の者が、扶持の米を売っている。それ自体は、珍しくない。だが、倍になっている。

「なぜ、売っておる」

 たきは、しばらく黙っていた。

「申し上げにくうございます」

「咎めぬ」

「――銭が、要るゆえと」

「何に、要る」

 たきは、俺を見た。それから、家中を見た。三十人が、俯いていた。

「――薬にございます」


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