3話
高校生活が始まってからもう数週間、学校生活にも慣れてきた。もう寒さを感じない暖かな日々が続いていて、毎日が快適だ。
今日もいつも通りカフェの交差点で琴葉と待ち合わせをしている。
「おはよー!湊」
「おはよー、琴葉」
今日もふわふわとした綺麗なダークブラウンの髪、ぱっちりとした瞳、無邪気な笑顔で駆け寄ってくる姿は、いつ見ても元気をくれる。
「授業案外そこまで難しくないな、まだ最初だからかな」
「そう...だねー」
「......まさか、琴葉。あのレベルに苦戦してるんーーむぐっ」
「わあああっ!」
「もお、仕方ないでしょ、勉強苦手なんだもん。受験は湊のおかげで何とかなったけどね。湊に言われた通りちゃんと家でも勉強して、何とかついて行ってるんだよ。褒めてほしいくらいだよ...」
「頑張ってるんだな、えらいえらい」
「あ...あたま、なでんなよぉ、みなと」
琴葉は頭を撫でられるのが好きだ。頑張ったときとか、褒めてほしいとき、小さいときからこうやって頭を撫でると嬉しそうにしてくれる。ただ、中学途中辺りから、頭を撫でると今までのように嬉しそうな顔をするんじゃなくて、嫌がりはしないものの目を逸らされたり、手をどけられたりするようになってしまった。
「かみ...、くずれるでしょ、ばかっ」
ああ、なるほど、琴葉も気にする年頃ということか。合点がいった。ちんちくりんだった琴葉がこんなにも大人になって、ちょっと嬉しいな。
「わかったわかった。じゃあ次から撫でないようにするよ」
「え、やだ!それは絶対いや!」
「えぇ、どっちなんだよ...」
撫でて欲しいのに、手をどけられる。わからん、琴葉の考えてることがさっぱりわからん。
「いいの。みなとはあたま...なでてくれれば、それで...」
そんなに頬を赤く染めながら言われると、恥ずかしくなってきたじゃないか。どうしてくれるんだよ、琴葉!
「お、おう。わかった...」
琴葉がそう言うならまあ、いいのか。
「家で勉強するようになったのはいいけど、また教科書家に置いてきてないだろうな」
「え...えーと、大丈夫!大丈夫!」
ん?...怪しいな。というか、なんでこんなに赤面しながら言ってるんだ?琴葉は、本当にちょくちょく教科書忘れるんだよな。その度に言ってるのに。まったく...琴葉は。
「ほんとか?また...みせなきゃいけないのかよ」
なんで俺まで赤くなって言ってるんだよ。
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眠い...。現国の授業、おじいちゃん先生で特に後ろの席なんて、声がほとんど聞こえないし。やばい...これ寝ちゃうやつだ。
「ねぇ、湊」
琴葉が俺の袖をちょんちょん、とそわそわしながら引っ張ってきた。
「ん...なに...」
「寝ぼけてないでよ。...えっとね、きょ、教科書忘れちゃった...えへへ」
「はい?朝言ったのに、まったく」
「えへへ、だから...みせて...ほしいなぁ」
「はいはい、わかったよ」
琴葉のやつ、これで教科書忘れるの何回目だよ。本当に、しょうがないな。
顔が熱くなってきた......。
机をガタガタと寄せてくっつける。その後、互いに椅子をお尻につけたまま近づける。琴葉の髪がふわっと舞って、少し甘い心地の良い匂いがして心臓がドクンと大きく飛び跳ねて、顔が熱くて頭が少しぼーっとする。これは、さっきまでの眠気とは違った。
「ありがとっ...みなと」
「あ、うん...」
琴葉の方を見れない......。今絶対に顔真っ赤だ。
ただ少し琴葉の匂いがしただけなのに。元から距離感は近いほうだから、匂いくらいどうってことない。...どうってことない、はずなんだけど。
「ねぇ...みなと」
「んっ...」
耳元で、それも囁くように呼びかけてきた。
「教科書、それじゃ...よく、みえないよ...」
琴葉のふわふわな髪が耳に、首筋に触れて体がそわそわとしてくすぐったい。少し湿った熱い吐息が耳に当たって肩がビクンと小さく跳ね上がる。さっきよりも匂いが長く、強くて体中が熱を発して今にも湯気が出そうだ。
「......どうしたの、そんなにみみ...あかくして」
誰のせいだとおもってるんだよ。そんな近くで、話さなくったって聞こえるのに。琴葉のやつわざとやってるんじゃないよな?教科書忘れるたびに耳元でわざわざ話してくるし、椅子も机の脚を越えてくっつけてくる。こんなのあからさますぎる。...毎回こんなことされたら、耐えられるわけがない。
俺が、どんな気持ちで毎朝玄関開けてると思ってんだよ。
...バカ、バカ琴葉......。
「そんなに教科書みたいならやるよ、一人で見とけ」
俺は琴葉に教科書を押し付けて、ガタガタと机と椅子を元の位置まで戻した。これは照れ隠しだ。あれ以上あのままだと理性が吹っ飛んじまう。
頬を大きく膨らませて何か言いたげな様子の琴葉を無視して机に突っ伏した。
クソッ...。
「神谷…神谷、教科書二十四ページーーー」
「湊、湊...。当てられてるよ、起きて」
「ん...なに、ことは」
あれ、もしかして寝てた...。
「神谷、教科書二十四ページ。読んでくれるかい」
「へ、えっと...あれ、教科書どこ行った」
「なんだ神谷、教科書忘れたのか?珍しいな、それじゃあ隣の桜井に見せてもらえ」
「あ、はい。琴葉悪い、教科書見せて」
教科書持ってきたと思ってたんだけどな。
「ふふっ...。ふっ、ひひひ」
こいつ何笑ってるんだ...?ん...その教科書に書いてある名前...。神谷...湊。ああ!そうだ、琴葉に貸したんだった。こいつ分かってて見てたな。
はあ...、またやられた...。楽しそうに笑いやがって。
キーンコーンカーンコーン
「ん、鳴っちゃったな。じゃあ今日はここまで」
起立して「ありがとうございました」をして、このムズムズした授業が終わった。
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四時間目が終わり、まだ三時間目の時のむず痒さが残っていた。
昼食は、いつもの四人で中庭のベンチで食べているのだが、蒼太は部活の集まり、朝倉は図書委員の集まりだと行ってしまった。
3時間目にあんなことがあったのに、何もなかったように「お腹すいた〜」なんて言ってくるから、俺だけ気にしてるみたいで少しムカつく。
「湊のお弁当おいしそ〜。ねぇ、これちょうだい!んっ、あ~んして?」
「いやだね、ハンバーグは絶対あげない」
「チェー、ケチ。あ、もしかしてあ~んが恥ずかしかったとか?」
「はいはい、そういうのはいいから。あげねーよ」
頬をぷくぅ〜と膨らませた琴葉の頬をつついてやると、ぷしゅ〜なんて言いながらしぼむから笑ってしまった。
こういうところが、かわいいんだよな。
パクパクと他愛もない話をしながら食べていると、同じクラスの女子達がこっちに寄ってきた。
「琴葉ちゃんと...神谷くんだ。いつもここで食べてるの?」
「うん、今日は二人だけどいつもはしおちゃんと蒼太くんの四人だよ」
「ふ〜ん...。てっきり彼氏と二人でイチャイチャしてるとおもったんだけどなぁ。なーんだ、違うのか」
「か...か、彼氏なんかじゃないし!何言ってるの!そんなわけないから!!」
「そうなの?だって二人いつも一緒だし、距離も近いし。それにぃ、見ちゃったんだよねぇ」
女の子の一人が見ちゃったなんてニヤニヤしながら口を押えて言ってくる。
何を見たって言うんだ?俺と琴葉は別にやましいことなんてしてないし、二人で遊んでたとか、家に入ったとか?いやそれは昔からだし、別にやましくなんてないはず...ないよな。いったい何を見たっていうんだ。
二人して乾いた喉を鳴らした。
...いや、これじゃ本当に何かあるみたいじゃねえか。
「3時間目の時二人して顔真っ赤にしながらイチャイチャしてたじゃん、あんなの見せられたら付き合ってるって思うじゃん」
「「んっ」」
琴葉も俺も、あの時のことを思い出して肩がビクンと小さく飛び跳ねた。
「あ...あれは、ち、ちがくて......。教科書。そう!教科書みせもらってたの!」
「そうそう、琴葉のやつが教科書忘れたなんて言うから見せてただけだよ。な、琴葉」
「うん、そうそう!イチャイチャなんてしてないしてない」
俺たちは二人で赤く染まった顔を見られないように、俯きながら分かりやすく慌てて否定をした。
「ふーーん。怪しいなあ...」
流石に俺たちの慌てようで勘づかれたのか、目を細くしてジィーと見られて嫌な汗が出てきた。
「ま、今が一番楽しい時だもんね!琴葉ちゃんがんばんなよ」
「なっ!ほんとにほんと、ちがうから!!」
「はいはい、そういうことにしときまーす。神谷くん、離しちゃダメだぞっ」
「あはは...」
その言葉に俺は応えたい...。
でもそれは、いつか琴葉を泣かせるかもしれないから。
クラスの女子たちは俺たちを揶揄うだけ揶揄ってどこかへ行ってしまった。なんて迷惑な人たちだ。この空気どうしてくれるんだよ...。
琴葉もまだ頬を赤くしたまま、口を尖らせながら黙って卵焼きをつついていた。
こんな感じで今日の放課後も琴葉と二人とか大丈夫かよ、俺。




