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月曜日、体育があるので髪を上げて登校した弥生は、同じく髪をアップにしているさくらに気づいた。
「さくらちゃん、おはよう」
「弥生ちゃん、おはよう。髪上げてるんだね、似合うよ、すごく可愛い」
「さくらちゃんこそすごく可愛いよ」
ふたりで楽しく談笑していると、目ざとい女子がふたりに話しかけてきた。
「高橋さんと九条さん、いつの間にかピアス開けてるー! いいなあ」
そう声をかけてきたのは、クラスの中心人物である相田えみりだった。
「相田さん、おはよう」
「おはよー。この前までふたりともピアスしてなかったよね? 可愛いね」
「ありがとう。一か月慣れるまで耳のケアが大変だけど、可愛いピアス着けるのが楽しみなんだ」
弥生の言葉にえみりは「分かるよーその気持ち。私もピアスしよっかな」と耳を触りながら言った。
「いいと思うよ。ピアスを買う楽しみが増えるし」
「ありがと、参考にする。じゃあねー」
言いたいことだけ言って去って行ったえみりは、仲良しグループのところに戻ったようだ。
えみりの我が道を行くところは素直にいいと思う。目標や目的のない弥生からすれば、何か目指すものがある人を尊敬しているのだ。
「私も何か目標見つけないとなあ」
それまで無言だったさくらが「目標なら弥生ちゃんもあるよ」と真っ直ぐ弥生を見ながらそう言ってくれたが、自覚のない弥生は何のことを指しているのか分からない。
「え? 私に目標なんてあるかな?」
「弥生ちゃんは、図書委員になって本に触れようと思ってくれたじゃない。それも十分な目標だと私は思うよ」
さくらの言葉は弥生を驚かせた。自分でも気づいていなかった、いつの間にかできていた新たな目標に弥生は何だかわくわくしてきたのだ。
「それと、桜のピアスのこと、秘密にしてくれて嬉しかった」
照れたように言うさくらに弥生は「私達だけの秘密って特別な感じしない?」といたずらっ子のような笑みを浮かべ、人差し指を唇に当てた。さくらは顔が整っているので、そういう何気ない仕草も可愛く映る。
「分かった。内緒ね、さくらちゃん」
「……! うん、私達だけの秘密ね」
「でも、どうしよう。秘密なら来月学校に着けてこられないよね?」
「そんなことないよ。秘密が秘密じゃなくなっても、お揃いのピアスを着けることに意味があるんだから、弥生ちゃんはそこまで気を落とすことはないよ」
くすくす笑うさくらを見ていたら、弥生は秘密を知っているのはふたりだけで十分だというさくらの気持ちが伝わってくる。それがまた面映ゆい。
体育の授業が始まるので、男女別で更衣室で着替え体育館に向かう。
どうやらバスケの授業だそうで、男子は男子、女子は女子と別れてチーム分けを行った。
弥生とさくらは別のチームになったので、練習も試合も別々である。いつも一緒にいるさくらと離れて行動するのは初めてなので、弥生はさくらがうまくチームメイトとやれるかハラハラした。さくらはあまり人付き合いが得意ではないのだが、授業中は仕方なくといった風に接しているようで、それでもチームメイトとどうにか頑張ろうとしているさくらに好感を持った。
「高橋さん、ぼーっとしてないで練習やろうよー!」
そう言ったのはクラスの中心人物のえみりで、「ごめん!」と返し自分のチームメイト達と練習に励んだ。
弥生は中学時代テニス部だったので、運動神経はいい方である。球技も嫌いではなく、難なくシュートを決める弥生にチームメイト達は「ナイス!」と声をかけてくれたのが嬉しかった。
弥生はなんだかんだでクラスメイトと打ち解けているので、こういう時間も楽しいと感じていた。それをさくらが嫉妬の混ざった表情で見ているとも知らずに──。
体育の授業も終わり、更衣室で着替えていると、さくらがご機嫌斜めなのがなんとなく分かった弥生は「さくらちゃん、どうしたの?」と声をかけた。
「ううん、なんでもない」
さくらにしては珍しくそっけない態度を取られたので、弥生はさくらの気に障ることをしてしまったのではないかと不安になる。
「私、何かしちゃった?」
「……ううん、弥生ちゃんは何もしてないよ。私が悪いの」
「でも……」
「気をつかわせてごめんね。弥生ちゃん運動神経いいなって羨ましく思っただけだから、気にしないで」
さくらは苦笑しながらなんてことはないように言った。
「本当に?」
「本当だよ。弥生ちゃん、すごいね」
「そんな、人並だよ」
いつも通り話してくれるさくらにほっとした弥生は胸のざわめきの正体がよく分からなかったが、仲良しのさくらに線を引かれたような気がしてショックを受けたのだと解釈した。そうしたら、さくらの様子がおかしかったのもなんとなく理解できた。
「……もしかして、寂しかった?」
さくらは一瞬だけ固まり、体操服を畳んで体操着入れにしまった。さくらの耳は赤くなっている。図星だったのかもしれない。
「だって、弥生ちゃんの回りに人がいっぱいいて、その隣にいつもいるのは私なのにって思っちゃったの……」
可愛らしい嫉妬をするさくらに、着替え終わった弥生は抱きついた。
「もう、さくらちゃん可愛すぎ!」
さくらに抱きつくと、ふわっと甘い香りがした。さくらがヘアミストを付けているのは以前から気づいていたが、抱きついたことにより普段より香りが近づいて鼻腔をくすぐる。
「ちょ、弥生ちゃん……!」
慌てふためくさくらにぎゅうぎゅう抱き着き、さくらの体温を感じる。
「照れなくていいよ、女の子同士じゃない」
「……そう、だね。そうだよね」
さくらは一瞬陰のある表情を見せたように見えたが、瞬きをしたらいつものさくらになっていたので見間違いかと思うことにした。
「あ! 高橋さんと九条さんハグしてるー! 私も混ぜてー!」
えみりはぎゅうと弥生とさくらに抱きついてきた。
「なにそれ、三人とも可愛い! 私達も抱き着いちゃう!」
ほかの女子も抱き着いてきたことでおしくらまんじゅう状態になり、それがおかしくなった女子達はくすくすと笑みを浮かべた。
じゃれていたせいで時間が経過してしまい、始業のチャイムが鳴ると全員でダッシュして教室まで向かい、女子は遅刻したことで教師に怒られるのだった。
下校の時間になり、駅まで一緒の弥生とさくらは今日の更衣室での出来事を面白おかしく話しながら歩いた。
「そういえば、さくらちゃんヘアミスト付けてるよね。どこのメーカーのやつ使ってるの?」
「弥生ちゃんもそういうの興味あるんだね。私、これでも髪に気を使ってるからヘアオイルとかたくさん持ってるよ。そうだ、弥生ちゃん、今度うちに遊びに来る? 香りを試してみようよ」
さくらの魅力的な誘いに二つ返事で了承した弥生は、二週続けてさくらと土曜日に遊ぶ約束を取り付けたのだった。




