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約束の土曜日、さくらと現地集合することになった。
初めてさくらと外出するので、いつも以上に気合いを入れなければならない。
昨日のうちに決めておいた服に袖を通す。短めの黒のトップスと春らしいピンク色のロングスカート、髪はハーフアップにして耳が見えるようにした。ショルダーバッグを肩にかけて、白いスニーカーを履いたら完成だ。
全部おろしたての新品なので、新しい服装に胸が踊る。もちろん化粧も忘れない。学校に行く時より少しだけ派手に色を乗せていく。お気に入りのくすみがかった赤色のティントリップを塗って、弥生は家を出た。
待ち合わせ場所に着くと、さくらはすでにそこにいた。待たせてしまい申し訳なくなる。
回りを見るとみなさくらに視線を向けていたが、本人は近寄るなオーラを出しているせいで話しかける猛者はいないようだった。
「待たせてごめんね、さくらちゃん」
今までスマホをいじっていたさくらは、弥生の声に気づいて顔をあげた。相変わらず無表情であったが、声をかけてきたのが弥生だと気づくと、いつも弥生の前でよく見せる明るい笑顔に変わった。
「そんなに待ってないよ、今来たところ」
さくらは長い髪を今日は上げて、シニヨンにしていた。耳がちゃんと見えるデザインにしたようで、気持ち的にはお揃いでいる。
そんなさくらの服装はフェミニンな恰好をしていた。
襟が刺繍であしらわれた白いブラウスに桃色のワンピース、アイボリーのパンプスを履いていた。黒いトートバッグは締まっていて可愛いのにクールに見えるから、さくらはおしゃれが好きなのだろう。
やり取りがカップルのようだなと弥生は思ったが、今日は友達とのおでかけなので、いわゆる友達デートに近いのではないかと考えているとさくらに手を繋がれたので、やはり考えは間違ってなかったようで安心する。
「さくらちゃん可愛すぎてびっくりしたよ! あ、もちろんいつも可愛いけどね!」
「弥生ちゃんも普段と印象が違ってて、すごく可愛いよ」
「ほんとう? さくらちゃんにそう言われると嬉しい」
「私も弥生ちゃんに可愛いって言われるの、すごく嬉しいの」
繁華街は賑わっており、さくらが見たいと言ったお店には入るようにした。
さくらの誕生日は四月八日だ。当日に誕生日なのだと言われた弥生は、改めてお祝いをしたいと言い出したのが今日のお出かけに繋がる。
お互いドラッグストアでピアッサーは買ってある。あとは、お揃いのピアスを見つけるだけだ。
なかなかさくらの気に入るデザインのものはないようで、さくらは申し訳なさそうな顔をしながらもショッピングは続いた。
お昼時になり、お腹が空いてきた弥生のお腹はぐうと鳴ってしまった。
恥ずかしくてさくらに聞かれていないか心配になるが、ちゃんとさくらの耳に届いていたらしい。さくらはくすくすと笑いながら「お昼食べようか」と提案してくれたので、弥生は何度も頷いた。
近くのファーストフード店に入り、それぞれ注文を済ませ、トレーを持って空席を探す。ちょうどふたり用の席が空いていたので、弥生とさくらはそこに腰かけた。
お腹が空いている弥生はセットを頼み、また、さくらもセットを頼んだようだった。
「なかなかさくらちゃん好みのピアス見つからないね」
「私のせいで弥生ちゃんの時間取ってごめんね」
「いいよ、今日は一日空いてたから。さくらちゃんはどういうのがいいの?」
「弥生ちゃんとお揃いにしたいから、弥生ちゃんに似合うデザインのものがいいんだよね」
さくらの言葉に弥生はぶわっと体温が上がったのを感じた。自分の誕生日プレゼントなのに、友達とお揃いのピアスをつけたいがために、さくらはここまで悩んでいるのだ。
「さくらちゃん、それ、殺し文句すぎ」
きっと顔が赤くなっていることだろう。
だって、こんなにも綺麗な女の子に、友達の弥生が似合うデザインのものでないと気が済まないと言われているようなものだからだ。
「弥生ちゃん、ときめいてくれたの? ふふ、嬉しい」
さくらは花が綻ぶような笑みを浮かべた。
回りのひそひそ声や視線など、もはや弥生にはどうでもよかった。それから弥生は無言になり、もくもくとハンバーガーを食べ進めた。
さくらはずっとにこにこしており、弥生が喋らなくなっても機嫌を損ねることはなかったようで、それだけは安心した弥生だった。
店を出るころには熱も収まり、さくらに手を引かれてショッピングは再開する。
今度は高校生が買うにはハードルの高いブランドのお店に入る。店員に無碍な態度を取られるのではないかと気になる弥生だったが、このお店の店員はすごく親切に接客してくれたので、「友達のプレゼントにお揃いのものを探してるんです」と素直に言うことができた。
名前がさくらだと言うと、店員は「少々値は張りますが、こちらはいかがでしょうか」と見せてくれたのは、桜の花をモチーフにした桃色の宝石──ローズクオーツが淡くきらりと輝くとても可愛いピアスだった。
だが、値段は可愛くなくて、二万五千円もするのだ。高校生のおこづかいでは、数か月貯めてやっと買えるものだ。
しかし、今日はこんなこともあろうかと(?)お年玉を持って来ていた弥生は「私、今日はお年玉持って来てるから買えるよ」と耳打ちすると、さくらは笑顔で「私もおんなじ」と言って、年頃の娘ふたりはくすくす笑いながら、耳にピアスを当てて鏡で見る。
「うん、やっぱり可愛い」
さくらの方を見ると、桜の花が耳たぶを飾り、ローズクオーツの桃色がきらりと輝いていた。さくらにはその名前通り桜が似合うと思う弥生は「これにする?」と尋ねた。
「これがいい。弥生ちゃん、すごく似合ってて可愛いよ」
「さくらちゃんもすっごく似合ってるよ。お揃い嬉しいね」
「うん、嬉しい」
さくらは本当に嬉しそうにして、頬を赤く染めていた。
美少女は赤面していても可愛いのだなとくだらないことを考えながら、ふたりは会計を済ませた。
ブランドのお店で買った紙袋はどこか重たい気がする。本当に気がするだけだが。
「これつけるのは一か月後なんだよね?」
「そう、ファーストピアスでピアスホールを固定しないといけないから、我慢しようね」
ファーストピアスを開けた時は、ピアスホールが固定するように約一か月ほど待たなければならない。一日一回はピアスを取って耳に消毒ジェルをつける必要がある。一か月毎日やらないといけないと思うと気が滅入るが、可愛さの誘惑には勝てないのが乙女というものだ。
「弥生ちゃん、今日はピアッサー持って来てる?」
「うん、一応いるかなと思って持って来たよ」
「よかった! どこか休憩できる場所ないかな?」
「だったら、これからカラオケに行って、そこでお互いの耳を開けようよ」
「いいよ。私、カラオケも初めてなんだ」
またしても衝撃的なことを言われ、弥生は大変驚いた。
しかし、カラオケのような騒がしいところにさくらが進んでいくとは思えないので、失礼ながらも妙に納得してしまった。
「じゃあ、今日ははじめてのことをたくさん経験しよう! まずはカラオケ店を探そうか」
駅の方に戻ればカラオケ店はたくさんあり、弥生がアプリを持っている店に行くことにした。
休日ということもあり、店内は混雑していた。予約もしていないので、三十分ほど待つらしい。フリータイムはドリンク込みで三時間だそうだ。
「待ってようか」
「そうだね」
さくらと話していると、あっという間に時間が過ぎていく。きっと相性がいいのかもしれない。
番号を呼ばれた弥生とさくらは二階へと上がり、七番の部屋に入る。お互い荷物を置いて、一階のドリンクバーとお手拭きを取りに行く。
室内では選択した機種の宣伝が流れていた。
歩き疲れたふたりはまずソファーに座り、ドリンクで喉を潤す。
「はあ、生き返るー」
「ね、喉渇いてたからおいしい」
目的のピアスを開けるため、ふたりはアルコールで消毒した。
手を綺麗にしたところで、ピアッサーの箱を開けた。持って来た油性ペンで穴を開けたいところにちょんと印をつけて、さくらは準備が整った弥生の耳にピアッサーを当てた。
「いくよ?」
「うん」
「三、二、一で開けるね」
さくらが「三、二、一」とカウントダウンをして、零になったタイミングでガシャンと耳たぶに衝撃がした。思っていたよりだいぶ痛く、じんじんとした痛みが耳に残る。
「痛い? だいじょうぶ?」
「痛い……けど、何とかだいじょうぶ」
「じゃあ、もう片方も開けるね」
「お願い」
再びガシャンと音が鳴り、弥生の両耳には桃色のファーストピアスがちょこんとそこにあった。まだじんじんと痛むが、今度は弥生がさくらの耳に穴を開ける番だ。
「さくらちゃん、これ、けっこう痛いけどへいき?」
「うん。私、ずっとピアスつけたかったから」
「そっか、分かった」
弥生もさくらと同じようにカウントダウンして、さくらの耳に穴を開けた。開ける方も穴が開くのが分かるほどに、衝撃が伝わってくる。
無言のさくらに弥生は心配になった。
「さくらちゃん、だいじょうぶ?」
「……うん。弥生ちゃんの言ってた通りだね、けっこう痛い」
さくらの顔を覗き込むと、瞳には涙が浮かんでいた。
「痛いよね、やめる?」
「ううん、やめない。弥生ちゃん、もう片方もお願いしていい?」
涙が浮かんでいるさくらにこれ以上続けるのは酷な気がした弥生は「やっぱりやめよう?」と提案するも、さくらは強がって「へいきだから、弥生ちゃんやって?」と涙目で言われてしまえば、弥生はやるしかなくなる。
「じゃあ、頑張ってね?」
「うん」
そして、二度目のカウントダウンでさくらも両耳に穴が開いたのだ。
偶然にも、さくらも似たような桃色のファーストピアスだったようだ。
「私達、お揃いが多いね」
弥生がにっこりと微笑むと、さくらは頬を染めながら「嬉しい」と呟いた。
「友達とお揃いが増えると嬉しいよね」
「……うん、そうだね」
先ほどまではあんなににこにこと微笑んでいたのに、いつの間にかさくらの表情はくもっていた。
「どうしたの? 何か嫌な思いでもさせちゃった……?」
弥生が伺うように顔を近づければ、さくらは黒目がちな瞳が大いに揺れていた。いつもなら真っ直ぐ弥生の目を見つめるのに、珍しい。
さくらはそっと弥生から距離を取って、首を横に振った。
「ごめん、耳が痛くて……」
その言葉に安堵した弥生は胸を撫でおろす。弥生の何気ない言葉で傷つけてしまったのではないかと不安になっていたからだ。
「じゃあ、気を取り直して歌おう!」
「……そうだね。せっかくカラオケに来たんだもんね、歌おうか」
弥生とさくらは時間になるまで歌って聞いて時にはふざけたりと、楽しい三時間を過ごした。
辺りは暗くなり、夕日がもう少しで沈みそうだ。
ふたりはお揃いの紙袋をぶら下げて、手を繋ぎながら駅までのんびり歩いた。
「なんか、このまま帰るのがもったいないね」
弥生の言葉にさくらは頷いた。
「弥生ちゃん、また、私とデ……お出かけしてくれる?」
何か言いかけてやめたさくらに追及することをやめた弥生は、「うん、また行こうね!」と朗らかな笑みを浮かべ、さくらの手をぎゅっと握った。
すると、さくらも握り返してくれたので、弥生は嬉しくなる。
「一か月後、楽しみだね」
「うん、早く耳が馴染むといいなあ」
「そうだね、今すぐにでもつけたいもん」
「あはは、めっちゃ分かる!」
駅に着き、違う電車に乗るふたりは改札口でお別れした。
「また月曜日ねー!」
「うん、月曜日会おうね」
弥生とさくらは手を振りながら何度も名残惜しい気持ちで振り返るが、そろそろ夜も更けてくるので帰らなければならない。
先に前を向いたのは弥生で、そこからは振り返ることもなくホームへと歩みを進める。
弥生の姿が見えなくなるまで、さくらは小さく手を振って見送っていた。




