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 今日の放課後は一年五組が図書室の受付当番なので、弥生とさくらはホームルームが終わると早速図書室に向かった。司書の長谷川と弥生、さくらの三人で図書室を動かすのだ。

 図書委員の役割は主に本の貸し出し手続きと本棚の掃除がメインだが、やる気のある生徒はポップを作って生徒の気を引こうと一生懸命にやっているらしい。人がいなければ本を読んでいてもいいと司書の長谷川は言ってくれた。

 三人しかいない図書室は静かで、時計の秒針の動く音がよく聞こえる。

 弥生とさくらは暇なので、読書することにした。

 弥生はあまり小説を読まないので何にするか迷っていると、さくらがおすすめの小説を教えてくれた。

 それは、恋愛ものの小説で、これなら少女漫画が好きな弥生でもとっつきやすいだろうと勧めてくれたのだ。

 カウンターに戻り、弥生はぺらりと表紙をめくる。

 いわゆるライトノベルというやつで、気軽に読める若者向けの小説だった。読み進めていくと、主人公とヒーローのラブロマンスに集中してしまい、長谷川に声を掛けられるまで夢中になって読んでいた弥生は恥ずかしくなるが、読書の楽しさを知り続きが気になって仕方ない。


「高橋さん、その本は借りられるから、今日は借りていきなさい」

「はい」


 さくらに貸し出し手続きをしてもらい、弥生はほくほくとした気持ちでいっぱいだった。


「はい、どうぞ、弥生ちゃん」

「ありがとう」

「先生はまだ仕事が残っているから、あなた達ふたりは先に帰宅していいわよ」

「はい、お先に失礼します」

「はい、気をつけてね」


 弥生とさくらを見送った長谷川は、パソコンに向かってキーボードを打っていた。

 ふたりは学校を出て、話しながら駅へ向かう。


「弥生ちゃん、その本読み終わったら感想聞かせてね」

「うん、分かった。多分今日中に読み終わると思うから、メッセージでもいい?」

「そっか、気に入ってくれて嬉しい」

「ううん、こちらこそ読書の楽しさを教えてくれてありがとう」


 和やかに会話は進み、あっという間に駅へと着いていた。

 乗り口は反対方向のため、改札口でお別れする。


「また明日ね」


 そう言ってさくらに背を向けた。何歩か歩き出し、さくらが何となく気になったのでくるりと振り返ると、さくらはこちらにずっと手を振っていたのだ。弥生も手を振り返す。

 アナウンスが鳴り、弥生の乗る電車がプラットフォームに到着したので、弥生は電車に乗って空いている席に座った。

 ガタンゴトンと揺られながら、静かな車内を見渡す。夕暮れ時なので、定時で上がるサラリーマンやOLが電車に乗って来る。押しつぶされる前に座れてよかったと弥生は思いながら、降りる駅まで目を閉じた。


 家に着くと母が夕食の支度をしていたので、リビングに行き「ただいま」と言って、おかずをつまみ食いしようとしたら「おかえり、弥生。まだ手を洗ってないでしょう」と叱られたので、弥生はしぶしぶ洗面所に行き手洗いうがいをした。

 つまみ食いは諦めてそのまま二階に上がり部屋着に着替えると、リュックの中から借りてきた本を取り出して一階に降りる。リビングのソファーで寝転がりながら、続きを読んだ。

 さくらから勧められた本はよくある異世界ファンタジーもので、ラブコメストーリーは話が読みやすく目が滑らない。

 一行ずつ丁寧に読み進めると「ご飯の時間だから食器運んで」と母から声をかけられたので、弥生は本にしおりを挟んで母の手伝いをした。

 今日はからあげと豆腐とわかめのみそ汁だ。にんにくの香ばしいかおりが鼻をくすぐる。


「いただきます」

「いただきます」


 夕食は母とふたりで食べることが多い。二つ上の兄はアルバイトをしているし、父は残業をしているせいで帰りはいつも二十時過ぎだ。

 母は料理が上手だと思う。レパートリーも多いし、弥生がSNSでバズっている料理を見つけては母にリンクを送ったら次の日には作ってくれるのだから、本当にありがたい。

 弥生の料理好きも母に似たのだろう。


「あのさ、明日少し早起きして卵焼き作りたいんだけど」

「いいわよ、明日のお弁当のおかずはからあげと卵焼きとミニトマトでいい?」

「うん、ありがとう」


 弥生は夕食を食べ終わり、そのままリビングで読書を再開した。


「また漫画読んでるの? 弥生は図書委員になったんでしょう、少しは小説を読みなさいよ」


 腰に手を当て窘める母に「これが違うんだなあ」と生意気に反論した。


「この本はライトノベルっていうの。若者向けの小説なんだよ」


 弥生が本を見せびらかすと、母は驚いたように「あら、それはごめんなさいね」と謝罪の言葉を口にした。


「友達が勧めてくれたんだけど、読みやすくて面白いよ」

「へえ、最近はそういうのもあるのね」

「うん。読んだら感想聞かせてって言われたから、今読んでるの」

「そうなのね。お兄ちゃんも漫画ばかりじゃなくて小説を読めばいいのに」

「言えてる」


 母はページをめくる弥生が集中して読めるように、話しかけるのをやめテレビも消した。

 そのおかげで集中して読めた弥生は一時間ほどで読み終わった。ハッピーエンドで物語は終わり、主人公とヒーローは紆余曲折ありながらも結ばれたのでめでたしめでたしである。ライトノベルは挿絵がついているので、キャラクターや状況が分かりやすいというのもあり、サクサクと読み進めることができたのだ。

 読み終わった弥生は早速メッセージアプリを開き、さくらにメッセージを入れた。


〈おすすめしてくれた本面白かったよ! 特にラストのふたりが結ばれるシーンがロマンチックだった!〉


 メッセージを送信してSNSを見ていたら、すぐにさくらから返信が来た。


〈面白かったのならよかった。次の当番も頑張ろうね〉


 自分の趣味を押し付けるようなことはせず、あくまで本に触れる機会を作っただけに過ぎないさくらの気遣いに感謝する。


〈前に約束した料理の件だけど、明日お弁当に卵焼き作るから楽しみにしてて〉

〈嬉しい! 明日楽しみにしてる〉


 ハートのスタンプが送られ、これはハードルが上がってしまったかなと後悔するが、弥生は料理が好きで昔から母の手伝いをしているのでまずくはならないはずだ。自分を信じることにした弥生は伸びをする。ずっと同じ姿勢だったから身体が少し痛む。ゆっくり湯舟に浸かって今日は温まろうと決めた。


 入浴を済ませ、明日の支度をしてから今日の復習と明日の予習に取り掛かる。

 なまけていると、すぐに学年順位を落とすことになりかねない。

 テスト前に一夜漬けをしても、その時はよくても知識が残らないパターンが多い。常に勉強していれば自然と頭の中に入ってくるので、弥生は最低でも一時間は机に向き直って勉強する習慣をつけていた。

 湯冷めしないようにカーディガンを羽織り、足元にはブランケットを掛ける。四月になったとはいえ、夜は冷える。風邪を引くのは嫌なので、弥生は温かくした。


 それから二時間ほど勉強した弥生は眠くなってきたので、そろそろ寝ようと椅子から立ち上がる。

 一階に降りて既に帰宅していた父に「おかえりなさい」と言い、父と少し談笑する。今日の出来事を話すと父は「弥生が楽しそうでよかったよ」と言ってくれた。

 ひとしきり話してから父と母に「おやすみなさい」と挨拶をして自室へと戻る。兄は自室にいるようだから、おやすみの挨拶はしなくてもいいだろう。

 弥生はベッドに潜り込み、アラームをかけて目を閉じた。



 翌朝、いつもより三十分早く起床して卵焼きを作る。

 卵を二個割って菜箸でよくかき混ぜる。弥生は甘くないしょっぱい卵焼きが好きなのだが、さくらも同じとは限らない。なので、二種類作ることにした。

 ひとつは弥生好みの甘くなく、しょうゆとだしが香るしょっぱい卵焼き。もうひとつは、砂糖を入れた甘い卵焼きだ。

 弥生は甘くない卵焼きを自分の弁当箱に詰め、保存容器には二種類の卵焼きを詰める。こちらは味の違いが分かるようにピックで差をつけた。水色は甘くないもの、ピンク色は甘いもの。これならさくらの好みが分からなくても、二択にしたので好きな方を選んで食べてもらえるだろう。

 わくわくしながらお弁当と保存容器をランチクロスで包み、リュックへと仕舞って「行ってきます!」と元気に登校した。



 お昼休み、いつも通りさくらと校舎を出て、ふたりきりで昼食を摂る。


「さくらちゃん、昨日連絡した卵焼き作ってきたよ」


 保存容器をさくらに手渡すと、さくらは感動したようで目がきらきらと輝いていた。黒目がちな瞳は眩しく見える。

 さくらは蓋を開けると、水色とピンク色のピックが刺さっていることに首を傾げた。


「これはなあに?」

「さくらちゃんが甘党なのか分からないから、甘いのとしょっぱめのやつ二種類作ってきたの」


 弥生が笑顔でそう言うと、さくらも嬉しそうにはにかんだ。どうやら作戦は成功したみたいだ。


「ちなみに、さくらちゃんは卵焼きどっちが好き?」

「私は甘い方が好きなの」

「そうなんだ。私はしょっぱい方が好きだから、やっぱり甘いのも作って正解だった」


 さくらは弥生の手を取って「私のことを考えて二種類も作ってくれたんだよね、ありがとう」と満面の笑みを浮かべながら感謝の言葉を口にした。さくらは本当に嬉しそうにしているので、弥生も心が温かくなる。


「ピンク色の方が甘いやつだから、そっちを食べてみて」

「うん」


 さくらはピンク色のピックをつまみ、そっと口元へ運んでいく。ぷるぷるの唇に吸い込まれていく卵焼きを見つめていると、なんだか見てはいけないものを見てしまったような背徳感に襲われる。弥生はついと目を逸らした。

 口を閉じて咀嚼するさくらは再び目を輝かせた。ごくんと飲み込むと、「とっても美味しいよ! ありがとう!」と何度も言ってくれるので、段々気恥ずかしくなってきた。

 弥生は照れを隠すように自分のお弁当をつつきながら、さくらが水色のピックの卵焼きを食べていることに気づいた。


「こっちも美味しいね。弥生ちゃんの手料理が食べられて嬉しい。実はね、私今日誕生日なの。だから、弥生ちゃんから手作り料理をもらえてすごく嬉しい」


 弥生はさくらの爆弾発言で箸を落としそうになった。今とんでもないことを言っていたのは、弥生の気のせいなんかじゃない!


「さくらちゃん、今日が誕生日なの!? 勝手に私と同じ三月生まれかと思った……じゃなくて! ちゃんとしたプレゼント渡したいから待ってて!」

「でも、もうもらったし」


 卵焼きが誕生日プレゼントになるのは弥生としては何としても防ぎたい。


「これを誕生日プレゼントに換算しないで!? 友達にはちゃんとしたものを贈りたいよ」

「……いいの?」

「うん、もちろん」

「なんか、ねだったみたいになってごめんね」

「そんなことないよ、だって今日はさくらちゃんの誕生日だもん。なにがいい?」


 さくらは考える仕草をして、うーんと悩む。

 そして、ためらいがちに「お揃いのピアスがいい」と言った。

 弥生にはピアスホールがない。見た感じ、さくらの耳にもなさそうだ。


「でも、私、ピアスホールないよ」

「私もないの。だから、弥生ちゃんが開けてくれる? その代わり、弥生ちゃんの耳には私が開けるから」


 それがさくらの望む誕生日プレゼントならと、弥生は考える。さくらの「やっぱりだめかな?」と悲しそうな表情で、弥生はピアスを開けることにした。


「分かった、今度の休みにお出かけしながらお店見て決めようよ」

「いいの? ありがとう!」


 さくらは美しい笑みを浮かべ、弥生の手をぎゅっと握った。

 最近気づいたのだが、さくらは心を許した相手にはけっこうスキンシップを取るようで、こうしてよく弥生に触れてくるのだ。親しくもない人からそれをされたら弥生も嫌に思うが、相手はさくらだ。特に嫌でもなんでもなかったので、好きにさせていた。

 それからお互い食事を再開して、どんなピアスにするか話し合いながら楽しいお昼休みを過ごした。

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