↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/59

解呪

 シリルは半信半疑だが、きっと本当だとローラの勘は告げている。

 顰め面をする魔女に向かって、シリルはゆっくりと口を開いた。


「……訊きたいことがある。お前はなぜ、祖父を呪った?」

「なんだって?」

「獣の姿で家に戻ってきた祖父は、人間に戻ることなく獣のまま死んだ。呪いだということは分かったが、どうして呪われたかは一切分かっていない」

「どうしてって……ははっ、お前の祖父はね、『魔女なんていない』って大口を叩いた男と同じ店にいたんだよ」

「……は?」

「魔女がいないだって? 呆れたね! このあたしの存在を否定して許されると思うな! 見る目がない人間なんて要らないだろう? だから、あそこにいた全員に呪いをかけてやったのさ」

「同じ店にいた……?」


 唖然とするシリルと同じく、ローラも驚く。だってそれはつまり、シリルの祖父は魔女になにもしていなかったということだ。


(たまたま居合わせただけで……)


 それだけで子や孫に引き継がれるほどの呪いを受けて、何年も苦しませられるなんて――。

 魔女はふわりと浮き上がり、その時を思い出すように頭を揺らしながら赤い唇をにんまりと開いた。


「あたしを否定した男は、その場で心臓を抜き取ってやった。そうして、店にいた残りの五人に姿が変わる魔法を掛けた。あんたの祖父はそのうちの一人さ。雨宿りで入ったパブでそんな目にあったんだよ」

「雨宿り……」


 運が悪かった。

 言ってしまえばそれだけなのだが、あまりにも酷い。


(お祖父様はなにもしていないのに)


 魔女の感性は人のそれと違うと聞いた。その通りだ、言葉は通じても決して分かり合える存在ではない。

 だって、そうでなければ、無関係の人に代々続く呪いなど掛けられるはずがない。痛む胸をローラは上からぎゅっと押さえた。


「あたしの呪いを持ったまま今も生きているのはお前だけだよ。ふふ、最後の一人になるのはどんな気持ちだい?」


 煽るような問いかけに、シリルは奥歯を噛みしめて銃のトリガーに指を掛ける。


「おや、撃つのか? いいとも、よおく狙いな。魔女(あたし)のテリトリーで撃った弾が、自分や仲間に向かわないと信じられるならね」


 ここは魔女が支配する空間だ。最初の攻撃は防げたが、依然として魔女に有利なのは事実だろう。


「それに名前を知られた以上、帰すわけにいかなくなったね。ここに閉じ込めておけば、誰にもあたしの名前を告げることができないだろう?」

「貴様……っ」

「この草地を見渡す限りの荒野に変えてやろうか。砂漠でもいいねえ。さて、お前たち人間は水も食べ物もない状態で何日生き延びられる?」


 楽しげに口角を上げる魔女と、銃を下げないシリルがそのまま睨み合う。


「……勝手なことばかり言うな。お前と因縁があるのは俺だけだろう、こいつは元のところに戻せ」

「シリル様!? なにを言い出すんですかっ」

「お前が俺の事情にこれ以上巻き込まれる必要はないんだ!」


(そんな……!)


 ローラだけを帰して、シリルは一人でここに閉じ込められるというのか。それではたった一人、呪われていたこれまでと同じだ。


「駄目ですよ、一緒に帰るんです!」

「はっ、甘えたことを言ってるんじゃないよ。二人とも閉じ込めてやる」

「黙れ。武器が銃だけだと思うなよ?」

「そっちこそ、名前を知ったくらいであたしに勝った気になるんじゃないよ」

「そうか? 解呪するくらいには打撃だったようだけど」

「……可愛くない子供だね!」

「あ、あの、二人とも落ちついて――」

「ローラは下がってろ!」

「お黙り!」

「二人の気が合ってる!」


 狼狽えつつ口撃し合うのを止めようとするローラの前で、杖と銃、それぞれを強く握り込んで引かない二人が膠着状態に陥る。

 ――シリルがローラを庇ってくれていることも、魔女を許せないと思う気持ちも分かる。


(……でも、私)


 一方で、魔女の気持ちもほんの少し分かる気がする。

 ローラはシリルの陰から前に出ると、酷薄そうな笑みを浮かべる魔女をまっすぐに見つめた。


「魔女マーシャ。あの……もう人を呪うのはやめませんか?」

「は?」

「誰が否定しても、魔女はたしかにいるって私は信じます。それじゃ、駄目ですか?」

「おい、ローラ」

「シリル様、でしゃばってごめんなさい。お祖父様たちを亡くしたシリル様は許さなくていいので、それはそれで。でも、私も伯母から『お前なんて生まれてこなきゃよかった』って、ずっと言われてきたから……」


 存在を否定される辛さが分かってしまう。魔女とローラの違いはきっと、呪う力を持っているか、いないかだけだ。


「不愉快だね。あたしに同情しているのかい、お嬢ちゃん」

「同情じゃなくて……魔女だって人だって否定されたら嫌なのは一緒でしょう。違いますか?」


 魔女と自分を並べて話すローラに毒気を抜かれたように、魔女の纏う空気から剣呑さが抜け、シリルの肩からも力が抜ける。


「アンタ……変な子だね」

「あはは、よく言われます」


 困ったように笑うローラを、魔女は呆れた様子でしげしげと眺め――ふっと杖を下げて目を逸らした。


「……なんだかどうでも良くなったねえ。しばらく人を呪うのも面倒なくらい」

「! それって!」

「勘違いするんじゃないよ! 解呪は成ったのだから、あたしの名前を誰彼に言うんじゃないよ、わかったね!」

「はい、マーシャがもう人を呪わなければ」

「ああ、うるさい娘だね。気が済んだなら出てお行き!」


 言いながら、魔女から杖を向けられて今度は二人して黒い光のようなものに包まれたと思ったら、ドサリと地面に座り込んでいた。


「……えっ、は!?」


 あの、紫色っぽい空も、ドアと窓のある大木もない。

 ローラに見えるのは、踏み外したら危なそうな穴だらけの床と、崩れた壁の、下町の廃屋だ。半分落ちている天井からは夕陽が差し込んでいる。


「……戻ってきた……?」

「みたいだな」


 周囲をぐるりと見回し、視線が合ったところでほう、と息を吐く。

 あの独特な空気感はなくなっており、無事に戻ってこられたようでほっとする。と同時に、ローラの顔からさっと血の気が引いた。


「あ、あの、すみません勝手なことをして……!」


(どどど、どうしよう!)


 シリルは魔女を憎んでいて、それには十分憎むだけの理由があった。なのにローラは、シリルたちを苦しめた魔女に同情してしまった。

 とんでもない間違いを犯した気に今さらなって、頭を床に付けんばかりに下げる。


「いや、いい。なんだか気が済んだ」

「シリル様……」

「ローラがああ言ってくれて、よかったと……思う」


 肩を持って顔を上げさせられる。おずおずと向けた視線の先には、晴れやかな顔のシリルがいた。


「あのまま撃っていたら、銃弾は俺かローラに向かった気がする」

「そ、そうかも?」

「祖父や両親も、きっと復讐より解呪を喜んでくれる……そういう人たちだ」

「シリル様……」

「シリル、ローラ!」


 背後でフレディの声が響く。はっとして二人一緒に振り向くと、廃屋の外にはいつの間にかフレディとエドガーがいた。


「無事だな!? ああぁ、よかったー!」


 今にも崩れそうな廃屋から引き出されながら、フレディはローラたちの不在に気づいてからのあれこれを語る。

 いつもの起きる時間になっても姿を現さないことから不在に気づき、二人を探し始めたところに、エドガーが「ローラのネックレスから異変を感じた」とやってきたのだそう。

 その後、エドガーの追跡魔術によってこの廃屋が特定されたそうだ。


「けど、どこを探しても二人はいなくて。それでもオルグレン卿は絶対ここだって言って、そしたらさっきまでいなかったところに突然現れて!」

「そうなんだ……あれ、今ってもう夕方? 私たちがここに来たのは明け方だったけど」


 体感では魔女の住処に一時間もいなかった。だが、魔女の管理内では、空間だけでなく時間も定かでないのだとエドガーは言う。だとすれば、随分長い時間探させてしまったと申し訳ない気持ちになる。


「魔女の力が感じられなくなっている。侯爵、解呪されたな」

「そうらしい。実際には夜にならないと分からないが」

「シリル、本当か!? 詳しく!」


 喜ぶフレディとは裏腹に、エドガーはじっくりとシリルを廃屋の両方を検分するように眺める。


「この廃屋にあった魔女の痕跡も消えている。魔女からこれ以上の干渉は無いとみていいだろう」


 エドガーの断言に頷くシリルに、ローラは一歩近付いた。


「シリル様、もうすぐ夜です」

「……ああ」


 シリルの呪いが解けたかどうかは、夜になれば分かる。

 ならば今は――。


「帰りましょう!」


 手を差し出しながら元気に言うと、シリルの目が丸くなり、強ばっていた表情がふっと笑みに変わった。


「ダンフォードのお家に帰って、皆で無事に戻ってきたお祝いをしましょう! なにがあったかは、そのときに!」

「……そうだな」


 出しっぱなしだったローラの手に、シリルの大きな手が重なる。

 シリルとまとめて、後ろから現れたフレディに肩を抱かれ、にこりと笑い合った。


「お祝いか、いいね!」

「オルグレン卿もぜひ」

「寄らせてもらおう」


 エドガーにも断られなかったことが嬉しくて、ローラの笑みがさらに広がる。


「あ、シリル様。秘蔵のカルバドス開けていいですか? デザートのりんごクレープに使いたいです!」

「好きにしろ」

「ローラ、あれ飲まないでデザートに使うつもり?」

「フレディさん。カルバドスはりんごに合うんですよ!」

「それは知ってるけどさあ」


 わちゃわちゃ言い合いながら廃屋を後にする。夕焼けの中を、四人で侯爵邸へと戻った。




 結論から言うと、シリルの解呪は成功していた。

 日が落ちても姿が変わらなくて一度目の祝杯を上げ、深夜、日が変わってもそのままのシリルに改めて祝杯を重ねた。

 りんごのデザートは好評だった。香り付けにしか使わなかったはずなのにローラは酔っ払ってしまったらしく、実を言うと途中からよく覚えていない。

 けれど、シリルもフレディも、そしてエドガーも、皆楽しそうで心の底から嬉しい夜だった。




お読みいただきありがとうございます。

次回8/26の更新で最終話です。最後までお楽しみいただけたら嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
コミカライズ連載中!
作画:夏チヨ子先生
呪われ侯爵様①書影 呪われ②書影
コミックス1~2発売中!

作者Web site

Twitter


マシュマロ

↑ご感想はマシュマロでどうぞ!↑
(お返事はTwitter上になります)
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。