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魔女と呪い

 夕食を終え、部屋に戻る。

 すっかり過ごし慣れた自室のベッドに横になり、ローラは情報盛りだくさんだった今日を振り返る。


(冊子に魔術探査。今日一日ですごく進んだ気がする……)


 あの小屋がどこにあるのかが分かれば、もっといい。


(でもなあ、本当にどこかで私……あっ、あれ……?)


 不鮮明な画像を繰り返し思い返していたローラは、がばりと起き上がった。


「……もしかして、下町の、あの廃屋じゃない?」


 ダンフォード(この家)に来る前に転んで、暗くなるまで隠れていた廃屋。

 リドルの家を飛び出して、エドガーの馬車に轢かれそうになって。逃げ込んだ廃屋は、以前に梁の下敷きになっていた子供を助けた家で、ローラを隠してくれた場所。

 銀色の円盤に浮かんだ画像はかなり荒れていたから断言はできない。けれど、ローラのよく知る廃屋に似ている気がした。


「ど、どうしよう。シリル様に教えて――いや、でも」


 伝えようかと思ったが、確実にそうとは言い切れない。もしローラの勘違いだったら期待を持たせるだけになってしまう。せっかく解呪に向けて前向きになっているシリルをぬか喜びさせて、気を削ぐことはしたくない。


「うん、まずはこの目で確かめないと」


 今すぐに飛び出しそうになるのを、どうにか思いとどまる。

 そもそもあの廃屋辺りには街灯が少ない。月明かりがあればまだいいが、あいにく窓の外は厚い雲に覆われている。何も見えない今ではなく明け方に行って確認し、朝食の席で報告するのがいいだろう。

 そう決めると、ローラは短い睡眠を取るべく毛布を頭から被った。



 そして早朝。こっそり屋敷を抜け出したローラはあの廃屋の前に立っていた。


「……やっぱり似てる……よね?」


 昇ってきた朝日に照らされる廃屋は、やはりエドガーが見せてくれた映像の小屋と重なる部分がある気がして、しげしげと眺める。


「それにしても、なんだかやけに懐かしいなあ」


 ぐるりと回って覗き込めば壁や床に前には無かった大穴も開いていて、全体的に脆くなっているようだ。あれから雨も何度も降ったし、老朽化が加速しているのだろう。


(中に入ったら、もっとよく分かるかな)


 崩れた壁をそれ以上壊さないように、そっと足を踏み入れる。木くずか枝か、なにかを踏んだ音が立つと同時に、後ろから誰かに肩を掴まれた。


「ひょわっ!?」


 人の気配はなかったはず。まさか魔女――と振り返ったローラの目の前には、よく知った人の姿があった。


「……ローラ、なにをしている?」

「し、シリル様。えっと、あの、その」


 怒鳴りこそしないが、本気で心配して怒っているのが分かる表情だ。気まずくてしおしおと項垂れるローラにシリルは盛大に溜め息を吐いた。ますます肩身が狭くなる。


「あの、昨日、魔術探査で見た小屋がここに似ている気がして……」

「……そういうことは先に言えよ」

「ごめんなさい。画像でははっきり見えなかったから、確かめてから話そうと――」

「だからって危ないだろうが。黙っていなくなるのもそうだが、今にも崩れそうな家に一人で入ろうとするな。もう少し自分を大事にしろって言ったのを忘れたか?」

「あ」

「しかもその様子じゃ丸腰か? 護身用の武器だって持ってないんだろう」

「な、ないです……ね」


 だって廃屋を見るだけだ。危ないうちに入ると思っていなかったから、実に身軽に手ブラで来てしまった。

 そんなローラにシリルは額を押さえる。


「す、すみません!」

「急に意識を変えるのが難しいのは分かった。いい、俺が目を離さなければ済むことだ」

「ん、え?」


 差し出された手に目が丸くなる。


「……中を確かめないのか?」

「入っていいんですか?」

「俺と一緒ならな」


 これもあるし、とシリルは上着を軽く捲って、脇に下げた銃を見せてくる。


「わわっ?」

「銃を見るのは初めてか?」

「当然です! えっ、シリル様って銃も撃てるんだ……? すごい……」

「変なところで感心するな。こんなの、出番がないほうがいいに決まってる。で、どうする?」

「い、行きます」


 慌てて自分のよりも大きなシリルの手に手を重ねる。なんだか落ち着かないのは銃を見たせいか、ぎゅっと握り込まれた手のせいか分からない。

 ともかく、扉があったはずの壁の穴を二人で一緒にくぐったそのとき、地鳴りのような音が響いて空間が震えた。


(!?)


 次いで足元が揺れ、壁や屋根からはパラパラと材が落ちてくる。


「くっ」

「は、はわわっ」


 落下物から庇うようにローラを抱き込むシリルの腕越しに閃光が瞬くのが見え、衝撃が突風となってローラにぶつかった。

 息もできない数秒が過ぎて、辺りの静けさに恐る恐る目を開く。


「え――?」


 なんと、廃屋に入ったはずのローラとシリルは、知らない草地に立っていた。 

 天井は消え青みを帯びた紫の空が広がり、目の前には大木へ続く剥き出しの土道がある。大木の、ありえないほど太い幹にはドアや窓が付いていて、ランタンが複数灯っていた。


「なに、ここ……」

「……異界、か?」


 非現実的な周囲の風景から強引に目を引き剥がして二人で顔を見合わせる。


「魔女は、我々とは時間も地図も一切関係のない異空間に住むというが……」


 エドガーが映し出した小屋は、【魔女が住む異界への門】だと言っていた。


「それなら、ここに魔女がいるんじゃ――シリル様、危ない!」


 きっとそうに違いない。そう思った瞬間、ぞわりと嫌な予感がしてシリルの腕を掴んで地面に伏せさせる。と、空気を切り裂いてなにかが飛んできた。

 二人の頭上を掠めていったなにかはそのまま背後に突き刺さり、地面に大穴を開ける。


(あ、危なかった! 間一髪!)


「ローラ、まだだ!」


 ほっとする暇もなくシリルの銃が抜かれ、飛んできた二つめの「なにか」が明後日の方へ落ちていった。

 耳のすぐそばで知らない声が響く。


「おやおや、あたしの刃を連続で避けるとは」


 ぱちんと泡が弾けるような音がして、大木の真ん中にあるドアが開いた。驚きに声も出せないローラの肩を、今度はシリルが守るように抱いた。


「ここまで来る人間がいるなんてねえ」


(う、わ……)


 現れたのは、魔女だった。――といっても、ローラが知っているおとぎ話に出てくるような老婆ではなかった。

 艶やかな紫色の髪に赤い瞳。黒と銀色が混じった色合いの豪華なドレスは風もないのにドレープが美しくはためいている。

 美しくも恐ろしくも見える顔はどこまでも人に似た、人ではないものだ。

 怖くはない。けれど気を許した瞬間に取って食われる。そんなギリギリの感覚に肌が粟立つ。


「お前のその呪いは……ああ、あの男の子供……いや、孫だな。なるほど、私の呪いが結界に反応して、ここに通じたということか」


 潰した苺をコーヒーに浸したような香りの風が、唇の動きとズレて四方から魔女の声を運んでくる。

 距離があるはずなのに、間近で見られているような視線といい、これほどリアルなのになにもかも現実感がない。


「しかし、孫はもっと小さかったはずだが。くくっ、ヒトの時間は無駄に速いな?」


 面白がって笑う魔女を睨みながら二人で立ち上がると、ローラをその背に隠すように前に出たシリルが魔女に向かって銃を向けたまま声を発した。


「魔女。お前が掛けたこの呪いを解け」

「はぁ?」


 サッと殺気立った魔女が、大木のところから自分たちの真ん前に一瞬で移動する。魔女の長い杖の先がシリルの銃口に食い込んでいて、ローラは息を呑んだ。


「!」

「誰に向かって言ってるんだい? それがものを頼む態度かねえ」

「解呪を拒むのであれば、お前の名前を全世界に公表する」

「……なんだって?」


 一歩も引かないシリルの宣言に、魔女はひたりと動きを止めた。


「お前たち魔女の弱点は、名前だろう。誰もが知りたがっているだろうな?」


 憎々しげにこちらを睨んだ魔女は、シリルの言葉に渋い顔になる。

 ――魔女は連帯しないから、共通の呪文の代わりに個々の名前を使っている可能性が高い。だとすれば、名前が分かればその魔女の力ごと奪えるのではないか――魔女の表情を見るに、これまでに皆で話し合ったことはどうやら当たっていたらしい。


「どうする、魔女」

「……ハッタリはそこまでだよ。あたしの名前をお前ごときが知るはずはない」

「そう思うか」 


 シリルは息を吸い込んだ。


「魔女マーシャに命じる! 祖父に掛けた呪いを解け!」


 ――女将に教えてもらった灰色狼の歌は、こう続いていた。

 ”来ないで狼さん、赤ちゃんを起こさないで。森の茂みに引きずり込まれて、マーシャへの贈り物にされるから”


(冊子にあった行方不明の双子は、マーシャとアリョーシャ。せめて歌詞がヒントになればと思ったけど……)


 シリルの叫びに、魔女は思いきり眉間にシワを寄せ悔しそうに唇を横に引く――当たりだ。

 魔女の杖先から吹きだした毒々しい煙がシリルだけを包み、すぐに晴れる。悔しそうにシリルから杖を引くと、魔女は大げさに肩で息をした。


「…………はっ。いいさ。まあまあ楽しませてもらったし」

「今の煙は……」

「呪いは解けたよ。信じられないなら夜まで待ってみな、としか言えないね」


(解けた? ……解けた!)



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