魔術探査
シュークリームをひと口食べたところで、不意に正面玄関が叩かれた。慌てて向かえば、いつかの時と同じに前触れなく訪れたエドガーがそこに立っていた。
おかげで、できたてシュークリームを一緒に食べられたが、本当にいつも突然だ。
「それで、オルグレン卿」
「ああ、これを」
エドガーが懐から取り出したのは、薄い冊子だった。
「魔術省の書庫にあった魔女関連の記録を見つけた。貸し出しはできないから、今見てくれ」
「!」
かなり年代物の冊子はどうやら、古い時代の事件事故の記録らしい。
公的にではなく、私人が記録・保管していたもので、魔術関連の記載が多いことから魔術省に収められたという経緯を教えられる。
「魔女が関連したとされる未解決事件がまとまっている。魔女に関すること、人物の名前が残っていること、という両方を満たす資料はこれ一冊のみだった」
三人で古い冊子を覗き込む。
この部分だ、とエドガーが示したのは冊子の中のほんの数ページ。事件数にして四件だ。
それでも、これまでシリルたちが必至に集めた魔女資料のなかでは一番情報がまとまっている。
「原因不明の馬車事故に、全員が亡霊になった村。一年のうち特定の日だけ明かりが灯る、開かずの塔……なるほど、どれも関係者の名前も載っていますね」
感心するシリルに、エドガーは静かに頷く。
「ああ。最後のは、行方不明になった双子の姉妹の話だ」
古い時代のものだからだろう、調書というより物語のように経緯が書かれている。実際に起こった事件であるはずなのに、まるでおとぎ話を読んでいる気分になりそうだ。
ひとつひとつ確かめていくと、残念ながらこれは魔女と関連は薄そうだな、と分かるものもある。
「亡霊の村の話はたぶん違いますね。だってこれ、いわゆる『死者の日』のお祭りのことじゃないですか? 昔って今みたいに有名なお祭りじゃなかったから、幽霊の恰好をして練り歩くのを知られていなくて……とか、ありそうです」
「だね。開かずの塔もそういう例だと思う。季節で変わる太陽の角度を利用して、その日だけ一定の窓が照らされるようにしたんだろう。神殿や遺跡で見るアレだよ」
ローラの指摘にフレディが頷き、シリルも違う事例を指差す。
「馬車事故は……同じような例が今もあるしな。原因不明というより、不明にしたかった奴がいるってだけの気がする」
読みながらあれこれ言い合う。
「姉妹の行方不明は本当に誘拐なのか? 出先ではなく夜中に家から姿が消えているし、ただの家出かも」
「どっちでしょうね? あ、でも、片方のご遺体は見つかっていますね。犯人は捕まらなかったみたいで……ん、あれ?」
中の一文に、ローラの目が止まる。
”赤ん坊のサーシャを挟んで寝ていたマーシャとアリーシャ。黄金に輝く夏の日の夜、瓜二つの双子は煙のように消え去った……”
「『数日後にラズベリーの藪の中に、ひとりが戻される。あたりには狼の足跡が雪のように』……ま、待ってください。これって『灰色狼の歌』じゃないですか?」
「え?」
「だって、【狼】に【灌木】って! 二番の歌詞そのままですよ」
――真ん中に寝ないと灰色狼がやってくる
森に引きずり込まれて灌木の茂みへ
端に寝たら駄目だよ――
灰色狼の歌の歌詞そのものではないか。
シリルも考え込むように歌詞を思い出す。
「それに、【端に寝たら】もそうか。サーシャが真ん中で、マーシャとアリーシャがその両側に……っていうことか?」
次々と当てはまる欠片に、ローラは思わず胸元で手を握りしめる。
その昔、文字を持たない平民が、警告を残す伝達手段に歌や物語を使うことは珍しくなかった。
全体に漂うこの歌の雰囲気は陰鬱で、だとすれば、この遺体が戻らなかった双子のどちらかが警戒すべき人物である可能性は大いにありうる。
「じゃ、じゃあ、マーシャかアリーシャのどっちかが魔女……?」
慌てて冊子の記事に戻るが、残念ながら発見された遺体の名は書いていなかった。ラズベリーの鋭い棘と夏の数日で損傷を受けた遺体では、よく似た双子を見分けることは困難だったらしい。
だが。
「ローラ、この前女将のところに行ったよな」
「聞きました、最後まで!」
顔色を変えたローラに言われるまま、魔道具を起動させて女将の歌を聴く。最後の一節を聞き終わると、詰めていた息を皆で吐いた。
§
そのまま、エドガーが「魔術探査を開始する」と言い出した。
「今からですか?」
「魔女の居場所を突き止めるのは早いほうがいいだろう」
シリルの変身は相変わらずだ。呪いを解く手がかりはいくらでも早く判明するほうがいいのはその通りだが、魔術探査は簡単に行えるものではない。
「ありがたいのは本当ですが、オルグレン卿の負担が――」
「問題ない」
エドガーが早め早めに進めたいのは、一日でも早くローラと一緒に暮らしたいからだそうで、実の父だと判明した人にそう望まれるのは正直、嬉しい。
ローラはこのダンフォードでの暮らしも大好きで大事だ。けれど、正式に養子として認められながらも決して家族として扱われなかったローラは、親子や家庭というものに憧れがある。
シリルの呪いを解いた後に訪れるであろう、怒鳴り声や理不尽な命令がない親子関係は、きっと慣れないうちはそわそわするだろうが、楽しみでもあった。
そんなわけで、フレディを含めた四人全員でいそいそと庭に出る。
「あの、私まだ魔術のことってよく知らなくて……探査って具体的にどうするのですか?」
「私の魔力を投網のように広げて、状態異常の箇所を探す」
「なるほど?」
ローラが理解できるように端折ってさらりと言われるが、いまいち実感できなくて首を傾げる。分かるのは、簡単そうに聞こえても決して容易にできることではない、ということだけだ。
「最終的に敷地をカバーする程度の大きさまで広げて探査に当たる。この範囲内にあるものは、君たちの体を含めてすべてのものに私の魔力が通る。あくまで魔女の力に焦点を当てているから、なにか探られたりという心配はしなくていいが、君たちにも影響があるかもしれない」
「失礼、オルグレン卿。その影響とはいったいどういうものでしょうか?」
「魔力的な相性なども関係するから、人によって感じ方が違うが『見られている』という感覚が近いだろう。それで命が縮んだりとか病気になったりとか、そういうケースは聞いたことがないから安心していい」
丁寧に教えられて、三人で頷く。
そしてこの、人体に影響があるかもしれない……ということが、魔術探査にローラたちが同席する理由である。
もし万が一、ローラたちの誰かが体調不良など起こすようなら即座に一旦中止し、改善方法を探る必要があるのだ。
「では、始める。不調を感じたら声を掛けてくれ。無い限りは続行する」
「はーい」
代表してローラが片手を上げて返事をし、軽く頷いたエドガーがすっと目を閉じた。
今回ばかりは集中するのに必要だと、杖を手にして魔力の網を広げる。相変わらずの無詠唱だが、それにはもう驚かない。
(……んん?)
カーテンを揺らす風のようなものがローラの体をすり抜けていった。これがエドガーの言うところの「影響」だろうか。
嫌な気分ではない。むしろ頭から雑味も一緒に抜けてクリアになった気分だ。
(面白ーい!)
ふと見ると、シリルは不思議そうに両手を開いたり閉じたりして眺めているし、フレディは青い顔で腕をさすっている。二人もそれぞれなにか感じたようだ。
そのまま、今度は本物の風に吹かれて探査を続けるエドガーを見守っていると、ぱちりとエドガーの目が開いた。
「……これか」
「えっ」
(見つかったの!?)
「可視化する」
そう言って、エドガーが杖を振ると、ローラたちの目の前に古い鏡のような銀色の薄い円盤が浮かぶ。と、そこにぼんやりと映像が現れた。
「建物か? ……廃屋だな」
割れた窓、崩れた壁。シリルが呟いたように、かろうじて屋根を残して梁も朽ちた廃屋の一部分が、不鮮明な無彩色で数秒映って消えた。
構えを解いたエドガーが、ふうと長く息を吐く。魔術探査の終了だ。
普通の魔術師ならば魔力枯渇で昏倒するか、そもそも最初の探査さえ行えないというのに、多少疲れた様子はあるが平然としているエドガーはやはり驚異的である。
「オルグレン卿。今見えた廃屋に魔女がいるのでしょうか?」
「違う。あれはこの邸内で見つけた【接点】から繋がっている場所だ。あの廃屋は、次のポイント――つまり、魔女が住む異界への門となるはずだ」
門が開けば、魔女へ通じる。
いよいよ魔女に近付いたと分かり、シリルだけでなくフレディやローラも気が逸る。
(あの家、どこかで見た……かも? ああ、もうちょっとしっかり見られたらよかった!)
記憶に引っかかるものがある気がするがはっきりしなくて、ローラは心の中で地団駄を踏んだ。
「どこにあるかは探査で分かりますか?」
「残念ながら」
「地道に探すしかないということですね」
今映った廃屋は魔女の力によって強引に繋げられた空間を覗き見したのであり、実際の距離はまったく無関係なのだそう。
だから、もしかしたら隣家ほどに近い場所かもしれないし、逆に国外かもしれない。
「ということは、おおまかな予想すら立てられない……」
「周囲に目印になりそうなものがあればよかったがな」
遠くまでは映らず、見えたのは僅かな範囲だけだった。伸び放題の雑草など、廃屋の周りにありふれている――が。
「しかし、一度の探査でここまで掴めるとは思わなかった。魔女は警戒を一切していないようだ」
こちらから探りを入れたことに気づいた魔女から、妨害を受ける可能性もあるだろうとエドガーは考えていたそうだ。
だがそういうこともなく、あっさりと接点は見つかり、その先さえ見通せた。大きな進歩と言えるだろう。
「よし、それじゃあ図書室の本と同じに、あの小屋をしらみつぶしに探せばいいってことだな!」
「わ、私も頑張ります!」
半ば自棄ぎみに明るい声で胸を叩くフレディと、張り切って手を上げるローラを見て、シリルは眉を寄せる。
「本気か? 範囲はめちゃくちゃ広いぞ」
「問題ないぜ、シリル。やってみせるさ。なあ、ローラ」
「もちろんです! あと少しですよ、シリル様」
「……ははっ、ありがとう」
ぎゅっと両手で拳を作れば、シリルの顔にも笑みが浮かぶ。
解呪に向けての確かな進捗を感じて、今日の探査は終わった。




