変化と進展 1
エドガーの突然の訪問、そして一連のあれこれからしばらく。ダンフォード侯爵家では、これまでと変わらない日々が過ぎていた。
やはり訪問客はいないし、シリルが外出することもない。訪れるのはいつもの御用商人や郵便の配達人だけ。
けれど、以前の静かな平穏とは違ってどこか活気がある。きっと、シリルが解呪に前向きになったからだろう。
今日も朝から、シリルとフレディは執務室で熱心になにやら打ち合わせなどをしている。そしてローラは、これまで料理のレシピ研究や邸内の掃除に使っていた時間の多くを図書室で過ごすようになった。
「これも、なにもなし……」
ふう、と息を吐きつつ調べ終わった本を閉じる。ローラの前には、両腕で抱えるほどの本の山が積み上がっていた。
(……今日も「なにも見つけられませんでした」って報告することになりそうだぁ)
解呪や魔女の居場所に関することは、エドガーや、ずっと調べていたシリルたちのほうが詳しい。女将の店へ歌の続きを聞きに行けない以上、ローラができるのは地道に図書室を調べることだけ。
一冊ずつ確認作業をしているが、手がかりになりそうなものは今のところ見つからないし、あのレシピブックのようにタイトルと中身が違う本もない。
成果がなくてもシリルやフレディはローラを責めない。気にするなと言って、むしろねぎらってくれる。
なにも見つけられなくて不満なのはローラのほうだ。
(私だって、少しくらい役に立ちたいのに)
呪いを解く手伝いをすると大見得を切ったものの、魔女の名前が鍵ではないか、ということ以来、進展がない。ほかになにかないかと探しても、そう簡単には見つからなかった。
(でも、こうしてコツコツ探していれば……って、あ、こんな時間。そろそろキッチンに戻ろうかな)
吹き込んだ風にはっと顔を上げ、時計を見る。今日は御用商人が来る日だ。フレディ立ち会いの下で、食材や生活用品などを受け取って中身を確認するのはローラの役目である。
席を立つと窓を閉め、調べ終わった本を急いで戻す。図書室を出ると、書類を抱えたシリルと行き合った。
「ローラ」
「侯爵さ……んんっ、シ、シリル様。あれ、今日はもうお仕事終わりですか?」
「いや、まだだ。これを取りに行ってきたところ」
爵位ではなく名前で呼ぶのはまだ慣れない。慌てて言い直したローラに苦笑しながら、シリルは書類を一束掲げてみせた。
解呪方法を探す以外にも王太子からの任務もあり、多忙なシリルは基本的に常時執務室に詰めている。内扉で繋がった隣室では洗面や仮眠もできるようになっていて、執務室から出てくるのは食事のときくらいだ。
そのシリルが、ジャケットの内ポケットから封筒を取り出し、ローラに渡してくる。
「ちょうどよかった。オルグレン卿からだ」
「あ、はい!」
エドガーは約束通り、魔女の手がかりを探してくれている。音沙汰が無いのは気を揉むだろうと、進展があってもなくてもほぼ毎日こうして報告をしてくれていた。人嫌いとはいえさすが高官、シゴデキである。
手紙の内容は魔女と呪いに関すること。万が一、配達ミスなどの事故で内容が漏洩した場合のリスクを考えると郵便は使えない――ということで、なんと魔法で送られてくる。
ローラも一度この目で見たが、なにもなかったはずのテーブルに前触れなくふわりと手紙が現れるのは、非常に不思議なものであった。
そして、同封されているカードに返信を書いて手紙が現れた場所に置くと、またふっと消えてエドガーのもとへ届くようになっている。
一方的に送ることはほかの魔術師にもできるが、こうして往復書簡のような魔術を組めるのはエドガーだけとのこと。興奮気味のフレディにそう教えられて、改めてすごい人だなと思ったし、そんな人が実父だということに実は今でもちょっと驚いている。
シリルがこうして手紙の内容をローラに共有してくれるのは、送り返すカードにローラからの一言があるとエドガーが喜ぶから……だそう。
再会を果たしたばかりの父娘の交流としては、少々ぎこちないかもしれないが、今の自分たちに調度いい距離感だと思う。
言われるまま封筒を開けて便箋を取り出したところで、もっと驚くことがシリルの口から告げられた。
「そこに書いてあるが、オルグレン卿は魔女の居場所を特定する方法を見つけたらしい」
「えっ!?」
「彼の考えでは、魔女はこの家からそう遠くないところに【接点】をもっているはずだ、と」
「接点……?」
これまで何年もシリルたちは解呪方法を探していたが、魔女そのものについて調べてはこなかった。
エドガーの協力を得られたことにより、門外不出の本や資料にも手が届くようになった。そして、解呪法も調べてもらっているが、同時に魔女についても探ってくれている。
そのエドガー曰く――魔女は、呪いを掛けた人間が苦しむのを見て楽しむ。
そして、いくら魔女の技をもってしても、見物対象との距離があまりに遠ければ、気ままに覗くことはかなわない。
だから物理的、もしくは魔法的にダンフォード侯爵家を見張るポイントがこの近くにあるはずで、そのポイントこそが【接点】だ、とシリルが教えてくれる。
「オルグレン卿は、変身するときの俺に独特な魔力を感じたそうだ。人間の魔力とは違うもので……となれば、魔女の魔力に違いない」
それを聞いて、パッと目の前が開けた気がした。
「じゃ、じゃあ!」
「ああ。この家を中心に魔術探査を展開し、魔女の魔力と同じ波長の歪みを探せばいい」
心なしか声を弾ませるシリルに、ローラも表情を明るくする。持ったままだった便箋を開くと、まさにそのことが書いてあった。
「ええと、『接点を辿って行けば、魔女の元へ到着するはず』――すごい……!」
魔術探査は通常、特定の物体に危険がないかを調べるために使われる方法だ。対象は小さいもので薬瓶程度のものから、大きくても物置小屋規模までが一度に調べられる限界である。
家を中心に広範囲に魔術探査をかけるなど正気の沙汰ではない。普通の魔術師には絶対ムリだ。けれど膨大な魔力量を誇るエドガーは「で、いつやるか。明日でいいか」と前のめりで尋ねてきている。
「さすが魔術伯だな」
「本当に! だとすると、次に必要なのは魔女の名前ですね……」
これまで以上に気合いを入れて調べようと思うが、やはり引っかかるのはあの灰色狼の歌だ。
実を言うと、ローラは過去に最後の4番まで聞いたことも歌ったこともある。けれど長い歌は大概途中までしか歌わないので、すっかり忘れてしまっている。
「思い出せなくて……私もう一度、女将さんのところに歌を聞きに行きたいです」
「いや、その前にホイストン卿の問題を片付ける」
「え?」
ホイストン卿のこと――つまり、ローラが抱える問題の解決を優先する、と言われて首を傾げる。
たしかにホイストン卿と、彼にローラを嫁がせたい叔父夫婦はまだローラを取り返すことを諦めていないだろう。とはいえ。
「呪いの解呪を優先したほうがよくないですか? 私はほら、この家にいれば安全ですし」
ローラの身内とはいえ、伯父たちは男爵位。侯爵家に対して強引なことはできないし、罠まで仕掛けてあるダンフォード邸に忍び込んでは来ないだろう。
だがシリルは、ローラのためだけではなく王太子からの依頼もある、と首を横に振る。
「あの晩、ローラを探して酒場にやってきた男たちと、子供の俺を攫った誘拐犯は同一人物だと言っただろう」
「はい、覚えています」
「あの男たちをリドル男爵に使わせたのは、ホイストン卿で間違いない。ということは、王都で続いている誘拐事件にも、奴は一枚噛んでいると考えられる」
「あー、まあ。でしょうね」
その連想には無理がなく、ローラも頷く。
「それで、ホイストン卿だが……運輸局の役人という立場を利用して、攫った子供たちを他国に売り渡しているようだ」
「人身売買!?」
シリルの言葉にローラは息を呑む。シリルは王都内の不正や犯罪の捜査を王太子から内密に依頼されており、その調査上でホイストン卿の関与が判明したというが。
「貴族が犯罪に関わっているなんて……」
「しかも被害に遭っているのは幼い子供だ。俺の解呪には誘拐事件ほどの緊急性はない、だからそっちの解決が先だ。……分かるな?」
「……はい」
城下の誘拐については箝口令が敷かれているが、平民だけでなく貴族の子供も幾人か行方不明になっている。城下の治安維持が最優先だと、王太子からも改めて命を受けたところだそう。
「誘拐した子供が監禁されている場所の目安は付いた。乗り込めば手っ取り早いが、それでは子供たちの安全が確保できないし、ホイストン卿は逃げるだろう」
ホイストン卿は狡猾だ。手下にすべての罪を被せて、自分は証拠隠滅を謀るに違いない。そしてほとぼりが冷めるのを待って、また犯罪に手を出すに決まっているとシリルは断言する。
「じゃあ、どうすれば……!」
「先にホイストン卿を捕縛して、隠れ家を開けさせる」
「あ……なるほど」
絶対に言い逃れのできない状況に追い込むのだ、とシリルは言う。
ホイストン卿には横領の疑いも掛かっている。だからまず、そちらの罪で身柄を捕らえる手配をしているのだそう。




