新たな一歩 3
フレディにとっても珍しいのだろう。驚いたように目を開いて、弟を見守る兄のような表情でその目を細めた。
「……っ、そ、そうですね! こうしておけば、落とさないし邪魔にもならないですね!」
指摘したらせっかく浮かんだ笑みが消えてしまう気がして、なんだかもぞもぞする胸を誤魔化すようにローラも明るく笑う。
シリルは自分が笑っていたことに気付いていないのか、そのまま普通に話し続ける。
「オルグレン卿がローラのために魔力を込めた魔石だ。ローラが持たなければ意味が無い」
「そ、そういうものですか」
「うんうん、そうだよー。それにしても、魔石に魔力を注入するところなんて初めて見た。しかもほとんど無詠唱で、あんなにスムーズにできるなんてさすが魔術伯だなあ」
ローラの胸元に落ち着いたペンダントを指差して、フレディも感心の声を上げる。
魔力をどのくらい込められるかは魔石の質に左右されるが、充填のスピードは魔術師の腕で大きく変わる。
エドガーはさらりとやったが、並みの魔術師でも小さな魔石一個にでも数時間かかるのが普通。下位の魔術師だと、数日かけてようやく注入することも珍しくないそうだ。
そう説明されて、ローラの口がますますぽかんと開く。
「……すごくないです?」
(そんな人が私のお父さん?)
ただのメイドでしかない自分との差に気が遠くなる。
エドガーとの繋がりを否定するわけではないが、こうして改めて話を聞くといかにも飛び抜けていて、ちょっと畏れ多い。
魔術師の中でもずば抜けて優秀だからこそ恐れられているというのは、不愉快だけど理解もできる。
人は、強大な力が自分に向くことを恐れるから。
でも。
(あの手は……優しかったな)
エドガーがローラに触れる手は、ぎこちないけれど温かかった。保護者であったはずの叔父や伯母からの仕打ちのほうが、ずっと冷たかった。
精一杯の親愛を示してくれただろう行為から伝わってきた心を、肩書きに気圧されず信じたいと思う。
「『当代一の魔術伯』は過言じゃないよ。だからこそ、シリルの呪いもどうにかしてもらえるんじゃないかって頼ったのだし」
「ああ、それはそうですね。期待しちゃいますよね」
一筋縄ではいかない魔女の呪いであり、実際にはそう簡単に事は運ばなかったが。
しかし、シリルの変身する姿は固定できそうだというし、解呪の鍵となるだろう魔女の名前や居場所に関しても、探す手がかりを得られた。
「やっぱり相談してみて良かったよ。な、シリル!」
明るく同意を求めたフレディには頷かず、シリルはおもむろに口を開いた。
「……オルグレン卿が協力してくれる気になったのは、ローラがいたからだ」
予想もしなかった話の向きに、ローラはパチリと目を瞬く。
「そもそも、俺の変身対象を固定できると言ってきたのも、あの財布の持ち主を探すための口実だ」
「……そうなのですか?」
「財布のことがなければ、わざわざこの屋敷にまで来なかっただろう」
断言されてローラは首を傾げるが、フレディは思い当たる節があるように唸っている。
「あー……まあ、本物の人嫌いだもんな」
自分からは決して他人に関わらないエドガーが、その信条を曲げてまでシリルに会いに来たのは、ひとえに拾った財布の持ち主が気になったから。
自分の縁者らしきメイド姿の女性を探すためにシリルの調査能力を当てにし、対価として解呪の手助けを申し出た。
そうに違いないとシリルは確信しているのだ。
「だからローラ。ええと、なんだその……礼を言いたい。あと、謝罪も」
「へっ!?」
「呪いは解けていないし、解呪できると決まったわけでもない。けれど、何年も膠着していた状況が、ローラが来てから動いたのは確かだ」
昨夜から今朝にかけてエドガーと様々な話をする中で、そのことに気付かされたのだとシリルは言う。
「あ、あのでも、私のほうが押しかけてきて、雇ってくださいって無理を言って」
「呪いのことを知ってからも、ここに残ると言ってくれただろう」
「だってそれは」
ローラがそうしたかったからだ。伯父たちから匿ってくれたシリルの役に立ちたかったから、勝手に居残った。
けれどシリルは、まるでローラがその身を犠牲にしたかのように言う。そうではないのに。
「祖父も両親も亡くなって、自分も呪われて……正直、もう疲れていた。このまま代わり映えのしない毎日を送って、呪いは解けないまま俺も死ぬのだろうと」
「そんなこと言っちゃ駄目です!」
「この家に縛られているフレディにも、負い目ばかりが増えて」
「おい、シリル」
ぎょっとしたローラと目が据わったフレディに向かって、シリルは首を横に振って苦笑する。
「でも今は、少しだけ気が晴れたというか……希望が持てるような気がする」
「少しだけですか」
ほっとして、つられてローラも笑ってしまった。
「オルグレン卿が言うには、魔女は人間の苦悩を好むそうだ。困っているところを見て楽しんだりもする、と。俺が鬱屈していることが魔女を喜ばせるのかと思ったら……馬鹿馬鹿しくなった」
それはそうだ。嫌なことをする相手が喜ぶことをする必要はない。
「それなら、たとえ解呪できなくてもどうってことない、って前向きにしてみせるほうが――」
「いいですよね、ぜったいに!」
「僕も賛成。意地でも笑っていようぜ」
肯定するローラたちに、シリルも頷く。
「そう思えるようになったのは今なんだ。だから礼を言いたい。ローラと、フレディに。それと、かなり八つ当たりもした。その謝罪も」
止める間もなくすっと頭を下げるシリルに慌てふためく。やめさせようとしたローラを、フレディが小さく首を横に振って制止する。
はらはらしつつ見守っていると、シリルはまるで憑き物が落ちたかのような表情で姿勢を戻した。
(……!)
シリルの濃い紫の瞳は澄んで力強く、面差しまで変わったように感じる。
「ローラのおかげでオルグレン卿の協力も得られた。せっかくの機会だ、やれるだけやってみようと思う」
しっかりとした口調が頼もしくて、ローラの背筋まで伸びる。
――シリルの笑顔が見たいと思った。
笑顔だけでなく、こんな表情まで見られるとは思わなかった。
嬉しくて、眩しくて、朝日に照らされた顔が熱い。
「だから……二人に手伝ってほしい」
「も、もちろんです!」
「当たり前だろ」
被せ気味に返事をすれば、シリルは眉を下げて笑った。少年のようなその顔がシリルの本心を見せてくれたのだと分かって、ローラは胸がいっぱいになる。
呪いに巻き込みたくないと他人を遠ざけ、差し出される手も拒絶していたシリルが手を握り返してくれた――そんな気持ちが湧き上がって自然と笑顔になる。
「絶対に呪いを解きましょうね、侯爵様!」
小躍りしそうな勢いで言うと、シリルはふい、とつまらなそうにする。
「名前で呼べと言ったのに」
「えっ? そ、それは夜の、坊ちゃまのときに――」
「どっちも俺だ」
「むぐぐ……」
それはそう、姿が違ってもどちらもシリル本人だ。区別をするのかと責められたら、そんなつもりはないと言うしかない。
「ローラは子どもの俺なら言いくるめられると思ってるんだろ」
「そんなことはないですよ!」
(うわん、臍を曲げてる!?)
笑ってほしいと思ったし、こうして素直に感情を見せてくれるのは嬉しい。しかしいきなり素直になりすぎな気もする。
助けを求めてフレディを探すといつの間にか離れた場所にいて、にやにやと楽しそうにしているのが見えた。逃げ足が速い。
「いいんだ。さんざん迷惑を掛けたからな。名前で呼びたくないっていうローラの気持ちも分か――」
「シリル様! 違います、慣れないだけで!」
遮って呼べば、シリルはきょとんと目を丸くした後で楽しそうに笑った。
今までローラに対して立ててあった壁がなくなったとはっきり分かるシリルの雰囲気に、受け入れられた嬉しさだけでないなにかを感じる。
それが何なのかは、妙に気恥ずかしくて直視できる気がしなくて、ローラはくるりとシリルに背を向けた。
「も、戻って朝ごはんにしましょう!」
「ああ、そうだな」
(ふ、普通だー!?)
こんなにローラを混乱させた張本人のシリルはいたって平気な様子で、やっと合流したフレディも調子が良くて、そんな二人が嫌じゃないけど少しだけ腹立たしい。
ツカツカと足をキッチンに向けて進みながら、はっと思い出したように振り向いた。
「……なんだか意地悪された気がするので、朝食のソーセージはなしにします」
「は? 意地悪なんてしてな……ローラ、おい――」
「パセリばっかり山盛りにしちゃいますから! フレディさんのも!」
「え、僕なにもしてないよね?」
「共同責任!」
「ええー、理不尽」
わいわいと屋敷に戻るローラの胸元で青い石が揺れる。魔女の呪いはまだ解決していないけれど、こんなに陽気な朝は初めてだ。ローラはそれが嬉しくて石をぎゅっと握った。
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火曜・土曜に更新中の『レンズ越し、たった一度の恋をする~失踪令嬢とカメラマン~』が、一足先に明日完結の予定です( https://ncode.syosetu.com/n2569iv/ )
やさぐれカメラマンと天然令嬢のわたわた同居生活のお話も、お楽しみいただけますと幸いです!




