自分の居場所 2
「あのですね、侯爵様。わたしがいなくなったら、毎日のお食事はどうなさるおつもりですか」
「は、食事?」
意外だったらしいローラの言葉に目を丸くして、その後フレディの料理を思い出したらしいシリルは気まずそうに視線を逸らす。
「そんなの適当に……」
「適当って! 呪いが解ける前に、空腹と栄養失調で倒れちゃいますよ!」
せっかく隠しごとがなくなって、食事のリクエストを言ったり聞いたりできるようになったのだ。いわばこれからが本番なのに、この段階で梯子を外されてはかなわない。
そんなことを真剣に訴えるとシリルは額を押さえ、フレディは肩を揺らして笑った。
「まあねえ」
「おい、フレディ」
「言っとくけど、前みたいに僕が作るのは無しだ。だって僕ら、ローラの食事じゃないと満足できない体になっちゃってるし」
「でしょう!」
言い方はあれだが、フレディが味方になってくれたのは力強い。
だって、ローラはダンフォード侯爵家に来てから、自分の存在意義を食事に見出してもらえるように毎食取り組んできた。
目新しい、おいしい食材が使い放題で楽しいというのも調理に力が入る大きな理由だったが、それだけではなく、ローラの食事に満足してもらえるよう頑張ってきた。
それを簡単に手放して構わないと言われてしまったら、今日までのローラの働きぶりを否定された気分になってしまう。
「せっかく頑張ってきたのに、そんなの悲しいです」
「なんだそれ。大げさじゃないか?」
「大げさじゃありません。そもそも、解呪の手がかりを見つけるまで出ていかない、って約束したじゃないですか」
「ローラ……」
「お手伝いをさせてください。お願いします。許可していただけないなら、勝手に誓いますから」
「は?」
「わたくしローラは、病めるときも健やかなるときも――」
「おい待て!」
啖呵を切ったはいいが、誓いの言葉など結婚式の決まり文句しか知らない。右手を胸につらつらと述べ始めたローラを、シリルが慌てて止めに入る。
「ダンフォード侯爵家でメイドとして働き、食事を作ると誓いま――」
「分かったから!」
言葉を止めてまっすぐに見つめると、シリルは居心地が悪そうに目を泳がせた。
「なんなんだよ、お前……せっかくリドル家からもこの家からも逃れて、親と一緒に暮らせるっていうのに」
「なにって、ローラです。侯爵様とフレディさんに助けられたメイドですよ」
「……助けたのは、ローラが先だろう」
一瞬、なにを言われたのか分からなかったが、遅れて、攫われる寸前だった小さなシリルを思い出す。
(……ああ、そうか)
シリルは、最初に自分を助けたローラのことを、助け返すつもりだったしい。
「もしかして、私を雇ってくださったのって、恩返し的な……?」
「そうは言っていない」
今さら気がついたそのことがなんだか嬉しくて、頬が緩む。泣いたり笑ったり、この家に来てからローラの心は忙しくて、それが嬉しい。
「ふふっ、同じ事を考えてたんですね」
「だから違うって――」
「お礼でレモンをいただきましたし、次の日は匿ってもらいました。それで十分です。それでも足りないというなら、その分は雷の晩にお坊ちゃまから返してもらっています」
「あれはっ」
「ね、お返しが残っているのはわたしのほうですよ」
酒場で男たちを足止めもしてくれた。そんなシリルの呪いを、ローラはすぐ近くで解きたいのだ。
眼差しに心を込めて、濃紫の瞳を見つめる。先に視線を逸らしたのはシリルのほうだ。気まずそうに髪を掻き上げて、ちらりと見えた耳の端が赤い。
「……オルグレン卿のところのほうが安全なのに」
「こちらで不安だったり怖かったりしたことはないです」
言い切ると、ぐっと黙り込んでしまった。
「フレディさんも、いいですよね?」
「僕は最初からローラに賛成だよ」
ふむふむと成り行きを見守って満足そうなフレディに了承を取り付け、ローラはエドガーに向き合う。
「あの、お申し出はとても嬉しいです。ですが、私」
「分かった。つまり私が娘と一緒に暮らすには、侯爵の呪いを解かなくてはならないということだな」
「え、ええと。そう……なりますね、はい」
声も平坦で無表情なのに、エドガーはどこか不機嫌……というか、拗ねたように見える。戸惑いつつも頷くと、エドガーは「よし」と俄然やる気を見せた。
「それなら早急に進めよう。これまでの事情をもう一度始めから聞かせてくれ」
腕まくりをする勢いのエドガーに目を瞬いて、シリルが座り直す。年表のような資料を持ち込んだフレディもソファーに掛けて、四人の話し合いが続いた。
今夜のシリルの変身は少年だった。
日が沈む前からキッチンに詰めていたローラは姿が変わるところを実際に見ていないのだが、エドガーの興味を引くなにかがあったらしい。
エドガーはそれからずっと図書室で調べ物をしつつ、なにやら難しそうな計算式や図形を書いている。
随分集中していた彼をなんとか図書室から連れ出して摂った全員での食事は、とても楽しかった。
シリルもエドガーも多弁ではないものの、フレディとローラがその分喋って、和やかに食事は進んだ。
(普段の夜食はそれぞれで摂ることが多いけど、やっぱりこうして集まって食べるの好きだなあ)
はしゃいだローラが料理を作りすぎたおかげでテーブルが山盛りになったが、きれいになくなった。
エドガーはシリルと同じで、食事に気を使わないタイプのようだ。
普段は適当に済ませていて好みも別にないと言われたが、ローラの料理は口に合ったようで、お肉と野菜がたっぷりのスープも卵のグラタンも完食してもらえた。満足である。
食事中も、話題の中心は呪いに関してのこと。
魔女の名前が解呪の鍵になるのではないか、というローラの下町知識にはエドガーも感心して、それはありそうな話だと肯定してくれた。
「魔女の呪いは私たちの使う魔術とは違う。だが魔術と同じように、発動するためのトリガーと、呪いの維持に代償が必要なのは変わらない」
そうでなければ常時呪いを展開していることになる。いかに魔女でもそれはあまりに非効率で、現実的でない。
「呪いは対象者があり、呪う内容も様々だ。その選択肢は魔女にある……つまり作為的に呪っているということだ。だとすれば魔術と同じで、発動には作法的なものが存在する。魔術の場合は詠唱や魔法陣だな」
エドガーほどの魔術師になると必ずしも目に見える陣や詠唱はなくてもいいが、表から見えないところで操作をしているのだそう。
「魔女たちは連帯しない。ならば共通する呪文ではなく、個々の名前を使っている可能性は大いに考えられる」
「なるほど……僕たちの考え方は間違ってなかったということですね」
「そうだな。昔から伝わる庶民の童歌などに手がかりが隠れていることも、充分ありえるだろう」
エドガーの理路整然とした説明を小さいシリルは神妙な顔で聞き、フレディは満足気に頷いた。
「では魔女の名前に関しては侯爵たちにそのまま任せて、私はほかの解呪方法を調べつつ、魔女の居場所を見つけることにしよう」
「居場所ですか?」
「もし名前が判明しても、それは解呪のための鍵でしかない。やはり直接、魔女に呪いを解かせるのが安全で確実だ」
なにぶん、魔女の呪いを解呪したという前例がない。
中途半端に解呪された場合、呪いが絡まってより状況が悪化する可能性がある。それを防ぐには、正攻法が一番だ。
それは分かるが、魔女の住処など誰も知らない。
果たして探せるのだろうか、と難しい顔をするローラに、エドガーは分かっていると言いたげに頷く。
「魔術省にはレザント王国建国以来の古い資料や、ここより魔女研究が進んでいる他国の書籍もある。手がかりくらいは見つけられるはずだ」
「それは……期待します」
前向きな回答にフレディも嬉しそうだ。きっとそうであってほしいとローラも思う。




