自分の居場所 1
(なんだろう、すごく安心する……)
まるで、ダンフォード侯爵家で使用人室を与えられた最初の晩のような安心感に包まれる。
ほっとして目を閉じていると、咳払いが耳に入った。
「……邪魔をして悪いが、ローラ。こら、寝るな」
「はっ、寝てた!?」
そのまま、うとうとしていたらしい。
いろいろあって、自覚はないが心身ともに疲れていたのだろう。
(は、恥ずかしい!)
どこでも眠れる特技をこんなところで披露してしまって、ローラは慌ててエドガーの腕から離れた。
「私は構わないが」
「い、いやいや、構いますっ! 失礼しました、色々と!」
赤く染まった顔を隠すように頭を下げれば、謝らなくていいとシリルにも言われてしまう。
「驚いたが……ローラとオルグレン卿の関係が判明して良かったと思う」
「ダンフォード侯爵には感謝する。そうだな、では私の依頼は達成したから、次は侯爵の問題だ」
言われてハッとする。あまりのことにうっかりしていたが、そもそもシリルの呪いを解呪する方法を探してエドガーと接触を試みていたのだ。
「達成と言われると正直微妙ですが」
財布の持ち主を見つけることはできたが、実際に探してはいない。ここにいた、という偶然が齎した結果だ。だが、自嘲するように言うシリルにエドガーは首を横に振る。
「ローラを奴らから匿ってくれたのだろう。それに、ここにいなければ会うこともなかった」
「そう言っていただけると……しかし、これもオルグレン家の魔力が引き合わせてくれた、ということになるのでしょうか」
「いや、危機察知の魔力にはそんな力はない。ローラがリドル家から逃げることを決めたのは魔力による誘導があったと考えられるが、逃亡先を選んだのは本人の意志だし、受け入れたのは侯爵の決断だ」
だから感謝する、とエドガーはもう一度頭を下げる。
人嫌いで全方位に壁を作り、敵とみなせば容赦なく攻撃もする王宮魔術師長のこんな姿など、きっと国王でさえ見たことがないだろう。
シリルは座りの悪さを覚えたようだが、そこはこれでも侯爵家当主。すっと背筋を伸ばして鷹揚に謝辞を受けている。
(……なんか、綺麗だなあ)
普段とは違う、侯爵として対応するシリルの姿を見て、ローラも姿勢を正した。
シリルの使用人はフレディとローラだけ。情けない姿をさらして、自分が彼の足を引っ張ってはいけないと思った。
「とはいっても、今の段階で私から侯爵に提供できるのは先に話した魔術省の保管資料の精査と、変身体の固定くらいだ。変身体についてはまだ検討中ということだが、実際にこの目で現象を見ることは可能だろうか」
魔女の呪いは魔術師にとっても分からないことばかり。魔術とは違う作用があることだけは知られているが、どう違っているかなど、なにも解明されていない。
変身する姿を固定するにしてもしないにしても、呪いで変身をする構造が分かれば、一時的にでも対処ができるかもしれない。そう言われればシリルに断る理由はない。
今日このまま一晩泊って変身の様子を見、明日は魔術省に戻って資料を探すというエドガーの提案にシリルとフレディは二つ返事で頷いた。
「そうすると、今夜のお食事は皆で?」
「うん、ローラ。全員分を頼めるかな」
「はい!」
(やった、嬉しい!)
先程考えた、野菜たっぷりのお肉入りスープを作ろう。サイドメニューは卵にして……と、わくわく献立を考えていたら隣のエドガーが少し考え込むようにして口を開いた。
「ダンフォード侯爵。ローラを引き取りたい」
「えっ」
聞こえた声にはっとして意識を献立から今に戻す。だが、驚いたのはローラだけらしい。シリルを見るエドガーと、真顔だが読めない表情のシリルが相対していた。
「リドル家から籍を抜いて、本来の親である私の元へ移したいと思うが、いかがだろうか」
「……当然かと」
「あの、籍って移せるんですか?」
驚くローラにシリルが顔を向ける。
「実父が希望しているからな。そもそもローラは、リドル家ではろくに令嬢として扱われていなかっただろう。もし男爵夫妻に拒否されても、そこを突けばいい」
(そ、そうなんだ?)
無給の使用人としていいように使われていたことは、下町にも知られている事実だ。
ローラは成人しているから、親権関連の手続きは保証人をつければ可能。つまり伯母夫婦の許可を得なくても、オルグレン家に籍を移せるのだそう。
「保証人なら俺がなってやる」
「うわあ、最強……」
侯爵が後ろ盾なら、伯母たちも文句の付けようがない。
(知らなかった。それなら、もっと早くに……いや、駄目か)
保証人は社会的立場のある人――少なくとも、現状の保護者より爵位が上の人であることが推奨される。王宮への届け出も必要だし、実行するにはローラ一人では難しい。それに、身を寄せる当てもなくただリドル家から籍を抜こうとしても、上手くいくはずがなかっただろう。
ダンフォード侯爵家と縁をもち、実の父親が判明した今だからこそ可能になったのだ。
とはいえ、妨害はされるだろう。ホイストン卿にローラを売る約束をしている以上、リドル男爵もそう簡単にローラを手放したくないはずだ。
(リドル家を離れるのは歓迎だけど、でも、私は……)
「私の自宅へ移るといい。ローラ、明日にでも――」
「あ、あの」
ローラを置いて、ローラの未来がどんどん決まっていく。焦って話し合いを止めると、エドガーは分かりやすくがっかりした顔を向けた。
「……私の元に来るのは嫌か?」
「嫌じゃないです! けど、少しだけ待ってもらえませんか?」
「ローラ?」
シリルは不可解だと言いたげな顔でこっちを見る。どうしてそんな表情をするのか、こっちのほうが不可解だ。
ローラは「あのですね」と小さく咳払いをした。
「お忘れかもしれませんが、侯爵様。約束を果たすまでは出ていきませんから」
「約束?」
「呪いを解くお手伝いをさせてください、って言いました!」
「……なにを言い出すかと思えば。実の親が見つかったんだぞ。しかも歓迎されている。どこに断る必要がある?」
呆れたような声だが、ローラのことを思って言ってくれているのが分かる。だからこそローラだって引けないし、引いてはいけないと感じた。
「リドル家からは、オルグレン卿が十分に守ってくれる。むしろダンフォードにいるより安全だろう。それに約束だなんて、ローラが勝手に決めたことだ。忘れていい」
「違います、そういうことじゃないです」
(またそうやって侯爵様は自分のことを後回しにして……!)
言いそうだと思ったとおりのことを言い出したシリルに、内心で地団駄を踏む。
たしかに、ダンフォード家にいなくても解呪の手伝いはできるだろう。離れていても歌の調査はできるし、図書館に通ったりして手がかりを探すこともできる。
それに、フレディの話ぶりから考えても、王宮魔術師長たるエドガーの元はどこよりも安全だ。ごろつきの男たちだけでなく、伯父だってむやみに入ってこられないに違いない。
けれど問題はそこではない。
シリルと一緒に住んでいないとできないことがあるのだ。呪いだけでなく、それも解決しないと出て行けない。
だってローラは、ダンフォード侯爵家唯一のメイドなのだから。




