エドガーとオリビア 3
人は、魔術として使えなくても固有の魔力を多少なりともその身に持つ。ローラがずっと持っていた財布に僅かに残っていた魔力はエドガーと似ているし、年齢も合う。ローラがエドガーの子であることは間違いないだろう。
(……お母さんが亡くなったのは、わたしを産んですぐだと聞いたけど)
出産で命を落とす女性は多い。オリビアの場合はそれまでの軟禁による体力の低下と、心身の疲弊も影響したのだろう。
伯母はローラに、父親は誰かなど知らないと言っていた。だが本当は、伯母はエドガーと何度も顔を合わせている。
会いたいという双方の言葉や手紙を両親と一緒になって握りつぶし、オリビアの妊娠が分かってからはよりいっそう、エドガーと接触しないよう目を光らせたようだ。
リドル家に嫁いでからも実家と妹の言動を見張っていたというのだから、驚きだ。
(そうまでするほど、嫌いだったの……)
伯母は妹のオリビアも、その娘のローラも憎くて仕方がないのだ。そして、あの魔術嫌いの様子を見るに、エドガーのことも。
オリビアの死を知って会いに来たエドガーに向かって、自分だけでなく妹も同じくらい酷い目にあって苦しまなくては許せない、勝手に死んで迷惑だと直接告げまでしたそうだ。
本当に迷惑ならローラをエドガーに渡せばよかったのに、そうしなかった。
いったい伯母はどういう気持ちでローラを手元に置いて憎み続けることを選んだのか。
(……分からないな)
考えても答えは出ないだろう。と、フレディがパッと顔を上げた。
「ローラがオルグレン卿の娘……はっ、そうか!」
「フレディ?」
「ちょっと失礼!」
慌てて応接室を出て行ったフレディが持ってきたのは、女将の酒場に行ったときにローラが被った金髪のウィッグだ。
それをぽすりとローラの頭に被せて訳知り顔で頷く。
「え? あの?」
「誰かに似ていると思ったんだ」
「ああ、そういえばそんなこと言ってましたね……って、わあ?」
渡された手鏡を覗き込んで驚く。
ちょうど肩までのまっすぐな金髪はエドガーとお揃いで、そうして並ぶと顔立ちは違うものの雰囲気がよく似ている。
「……これは分かりやすいな」
「は、あ……わあ……」
シリルも驚くほどで、自分も意味のある声が出ない。
ローラには魔力の違いは分からないし、これまでのエドガーの話も疑っていないが、こうすると間違いなく親子だと傍目にも分かる。
驚いている間に、ローラの頭からウィッグがするりと外される。エドガーが手にしたそれを無造作にテーブルに置くと、少し乱れたローラの髪をぎこちない手つきで直してくる。
どうやら、母と同じこの髪のほうがいいらしい。
「ええと、あの」
「……先に聞いた話では、リドル家で使用人として働かされていたと」
「は、はあ。養女にはなっていましたが」
「それでホイストン卿に売られるところだったと……あの女は、両親と同じ事を姪にしようとしたのか」
言われて気づいたが、伯母がローラにさせようとしていたことは過去に彼女たち姉妹の身に起きたことだ。
(もしかして、伯母様は……)
伯母は嫌々結婚し、子供にも恵まれなかった。一方、母は愛した人の子を産んで、死んだことにより意に染まない結婚から逃れた。
いつも伯母の口から出るのはオリビアへの罵倒だ。どうして自分ばかりが、と繰り返す伯母はきっと、自分だけが犠牲にさせられた被害者だと思っているのだろう。
遺されたローラをエドガーから隠して引き取ったのは、「両親」と「オリビア」のせいで被害に遭った自分と同じ状況にローラを置くことによって、長年の溜飲を下げようとしたのだろうか。
ふう、とシリルが大きく息を吐く。
「不毛だな」
「ですねえ」
シリルの呟きにローラも頷く。
実に不毛、まさしくその通りだ。
「しかし、そうか……あの女、どうしてくれよう」
「えっ、どうもしなくていいですよ!」
「は?」
エドガーは怒りに震えているが、ローラはこうして父に会えて、知らなかった両親の過去を知ることができて、なんだか満たされた気分だ。
「い、いやだって、なんか、関わらないほうがいい気がします! 勘ですけど、わたしの勘ってよく当たるので! 運もいいし!」
「……それは勘や運ではなく、オルグレン家に受け継がれる魔力の影響だ」
「へ?」
「虫の知らせを感じたり、危険なことを偶然回避できたりはしなかったか?」
「……あります。何度も。逃げ出したあの日もそうでした」
そう言われて、ローラの頭にはこれまでのいろいろが浮かぶ。
エドガーの馬車とのニアミスもそうだが、落雷や小火、それに凍死寸前での救出などなど、酷い目に遭っても危機一髪で命が助かったことは多い。
「魔力で未来視はできない。しかしオルグレン家には危機察知に秀でた力を持つ者が多い」
「な、なんですかそれ」
エドガーが言うには、ホイストン卿や、女将の酒場で男たちに対してローラが感じた尋常じゃない警戒感も、無関係ではないだろうということだ。
今まで「運がいい」と片付けてきたが、運ではなくて魔力だと言われ、これには向かいのシリルとフレディも目を丸くした。
そもそもを言えば、何度も危ない目に遭わないほうがいいに決まっている。けれど非常時に助かったという点では、たしかに恩恵を受けている。
そうでなければ、ローラは今ここにこうして存在していないと言い切れるから。
「わたしに魔力が……」
「無自覚に発動しているのだろう。それか、本能的に必要最低限な魔力展開をするようになっているのか――」
エドガーはローラの髪や頬に触れながらぶつぶつと解釈をこね始めてしまった。触れる手のひらがやけに温かいのは体温が伝わっているのではなく、魔力を流しているようだ。
それこそ無自覚でやっているようで、嫌な気はしないから放っているが、もしかしたらローラにほんの僅かあるというエドガーと同じ波長の魔力を調べているのかもしれない。
(あ、でも。わたしに危険を感じる魔力があって、それがオルグレン家由来ということは……)
「……わたしは、お父さんに守られていたんですね」
ぴたりとエドガーの手が止まる。
会ってまださほどの時間も経っていないが、この隣にいるひとが自分の父親だということを疑う気が起きないのは、きっと自分の奥深くにある魔力がそれを事実だと認めているからだ。
そしてエドガーは、ローラの存在を知らなかったことを悔やみ、引き取れなかったことを謝ってくれた。
「ずっと、母は行きずりの相手に騙されて、わたしは誰にも望まれずに生まれた子だって言われてきました。母も産みたくないと言っていたと」
「そんなはずがない! オリビアがそう言うはずはないし、知っていたら私は――」
「いらない子だっていうのが、すごく……こう、本当は苦しかったんです。わたし、生まれてきてよかったのかなって」
「……当たり前だ」
誰からも望まれなくても仕方ないと思ってきた。それならせめて前向きに生きて、誰かを望んだり、誰かに望まれたりする関係を作れたらいいと思っていた。
けれど、前提がそうでなかったのなら……暗くて脆かった足元がしっかりした地面に変わった気がして、ローラはゆっくり瞬きをする。
ほろりと初めて溢れた涙は、これまで伯母から投げつけられた言葉も一緒に流してくれたようで、胸が軽い。
「また、お母さんの話を聞かせてくれますか」
「……ああ」
会ったときと同じにまた抱き締められて、今度は戸惑うことなくローラも自分から身を任せる。そうしてしばらく、そのままでいた。




