エドガーとオリビア 1
オルグレン家は代々、優秀な魔術師を多く輩出する家系として有名であった。
しかし、魔術師として優秀ということは、他人から避けられ続けているということとも同義である。
魔術師として王宮からは重用されるが、常に怯えられ、それとなく迫害され続けてきた。
エドガーの父や祖父は魔力が突出して多いというわけではなかったが、それでも世間がオルグレン家に抱く印象は変わらず、膨大な魔力を持つエドガーが生まれてると「やはり」となって白眼視に拍車がかかった。
――エドガーは十二歳で両親を亡くして以来、一人前の魔術師として登城している。
未成年であるにもかかわらず魔術師として正式に任命されたのは、ひとえにその高すぎる魔力のせいだ。
高魔力者であるエドガーを受け入れる親類がおらず、後見人のいない彼は悪意を持って利用される可能性があった。それを危険視した国が、早々に王宮魔術師として保護したのだ。
王宮魔術師の任務には多岐に渡るが、その中に近衛兵とともに王城の警備に当たるというものがある。
担当する場所は王城の中ではあるが宮殿の外、人目につかない裏方に限られる。魔術師の姿を見ると多くの人は恐怖に陥ったり、強い嫌悪感をあらわにしたりするからだ。
それゆえ、不法侵入者や悪意のある攻撃を防いでいるにもかかわらず魔術師はその貢献を認識されず、得られる安全は近衛兵のおかげとみなされていた。魔術師が任される仕事はどれも、こういった面があった。
(……都合のいいことだ)
魔術や魔道具の利を求めるくせに、それを生み出す魔術師本人を蔑ろにする人々にエドガーは嫌気が差していた。
別に賞賛が欲しいわけではない。
しかし、いくら王宮が身元を保証し地位も名誉も顕示してくれても、しょせん表向き取り繕っているにすぎない。どれだけ高給を貰おうと、それに見合う立場であるとは決して言えなかった。
魔術師は魔女と混同されがちで、魔力を発さず魔術を使用していなくても、存在自体が気味が悪いと思われている。魔術師に対して一線を引く風潮が、世間に浸透しすぎているのも甚だ不愉快だった。
特にエドガーは近年稀に見る高魔力者で、魔術師の中でも一際忌避されている。
エドガーを前にして顔色を変えないでいられるのは国王と王太子くらい。王妃や近衛隊長ですら怖じ気づき、視線も合わせられない有様だ。
生まれ持った魔力を捨てることはできないし、どれだけ優れた魔術式や魔道具を生み出しても、世間が自分を見る目は変わらない。
(それでいて魔術師を「道具」として便利に使うのだからな。反吐が出る)
内心にくすぶる不満が解消しないまま出仕を続けているうちに、気づけばエドガーは二十歳になっていた。
社交シーズン盛りの夏の晩、王宮では夜会が催されていた。エドガーは宮殿全体を見渡せる庭園の端に立ち、いつものように結界と防犯の魔術を展開する。
(こんなものか)
招待状を持たない人物の不法入城を防いだり、不穏な動きを魔力で察知し近衛に情報を送る――普通の魔術師なら複数人のチームで取り組む内容だが、エドガーはひとりで楽にこなせる。
そのため、夜会の警護を押しつけられることが常態化していた。
王宮魔術師とひとくくりにするには、能力は個人差が大きい。ずば抜けた資質を持ち、かつ今も最年少のエドガーは一般人からだけでなく、同じ魔術師からも怖れと妬みにより疎外されていた。
(……くだらない)
最年少の王宮魔術師として働くようになったエドガーは、同時に魔術師同士で足を引っ張り合う環境に身を置くことになった。
嫉妬も僻みも、恐怖もまとめてぶつけられた少年がまっすぐに育つわけがない。
さらに、エドガーを守り導く立場であるはずの魔術師長はむしろ幼い能力者を妬む側であったことから、エドガーの環境は常に針のむしろだ。
結果、エドガーにとって他者との関わりは煩わしいものでしかなく、自ら孤独を選ぶようになっていた。
能力はあっても最年少のため、雑務仕事を大量に割り当てられる。どれだけそれをこなしても、成果は奪われ続けて職位は低いまま。
それでも何にも興味が持てず、すべてが無駄だと考えていたエドガーは特に反発もしなかった。
だから、王宮で夜会が開かれた晩も、いつも通りに淡々と一人で広い王城内の警邏をしていたのだが。
「あら? こんなところに人がいらしたのね」
広い園庭のはずれ、誰も来ないだろう寂れた一画に、デビュタントの決まり衣装である白いドレスに白い髪飾りをつけた令嬢がひょこりと現れた。
唐突に夜陰に浮かび上がった白色にエドガーは一瞬驚いて、すぐに平静を保つ。
(夜会の参加者か。不審者……ではなさそうだが)
設置してある保安の魔術は作動していない。この令嬢に悪意がないと分かるが、しかし今、庭園にいるべきではない者なのも確かで、警戒を緩めず目を眇める。
「……なぜここに?」
大広間に煌々と灯る明かりは、遠く離れたこの場所からでもよく見える。風に乗ってダンスの音楽も聞こえており、宴もたけなわだ。
エドガーの少ない言葉に滲む警戒を汲み取ったようで、令嬢は気まずそうな様子で肩を竦めた。
「ちゃんと陛下にご挨拶をして、お父様とも踊ったわ。あとはなにか美味しいものを食べてさっさと帰ろうと思ったのに……知らないひとがいっぱい話しかけてくるんだもの。疲れちゃって」
「それで?」
「ええと、逃げ出してきたの」
そう言って笑う令嬢にエドガーは呆気にとられた。
顔を売る必要があるデビュタントで出会いを拒み、庭園の端まで逃げてくる令嬢なんて聞いたこともない。
「そのローブ……もしかして、あなたは魔術師さん?」
「あ、ああ」
「わあ、私、初めてお会いしたわ!」
あまりに普通に聞かれてつい頷いた。ついでに、ここしばらくまともに人と話していなくて会話の仕方を忘れていたことも思い出す。
令嬢は、エドガーが魔術師だと分かっても怯えたり、眉を顰めたりしなかった。それだけでなく笑みを浮かべてさえいる。令嬢からそんな普通の表情を向けられるのは初めてで、そのことにも目を疑う。
なにもかも現実味がない。
「会場に戻らなくても見逃してもらえないかしら。悪さはしないわ、そこのベンチに座って星を見るだけ」
「星?」
細い指が差した先を追って見上げれば、雲も月もない空には多くの星が広がっていた。王都でこれほど眺められるのは珍しいくらいの星空だ。庭園のあちこちで灯されている明かりがなければ、もっとたくさん見えただろう。
そして、自分たちの近くにはたしかにベンチもあった。
「今夜は流れ星が降る夜なのですって。建物の中にいたらもったいないわ。せっかく抜け出したし、ね?」
毎年、ほぼ決まった時期に多数の流れ星が空の一点から四方に飛び出す日があるのだという。天文学に詳しい家庭教師が雑談として教えてくれたのだというその話を、令嬢はエドガーに話す。
流星がよく見える晩は今日が最終日らしいとのことだが、あいにく昨日までは雨続きだった。
「先生に話を聞いてから半年以上も楽しみにしていたのに雨で見られないし、せっかく晴れたらデビュタントの夜会とぶつかっちゃうんだもの。残念ったらないわ」
つまりこの令嬢は、一生に一度のデビュタントの夜会よりも、毎年見られる可能性のある流星を取ったらしい。
(「疲れたから」は口実で、最初からこうして抜け出すつもりだったのだな)
語るに落ちる、である。
「『星を見るために』なんて、そんなふざけた理由を信じるとでも思うのか?」
「本当よ! 本当はお城になんて……ううん、王都にだって来たくなかったの。だって領地のほうが、星がよく見えるもの」
「……ははっ」
うっとりと星空を眺めつついかにも悔しそうに言われて、思わず笑いが溢れた。嘲りでない笑いが口を突いて出たのは、もしかしたら初めてかもしれない。
ぎこちなく肩を揺らすエドガーに、令嬢は空から視線を戻す。
「おかしい?」
「夜会よりも星がいいとか、変な奴」
「変な奴じゃないわ、オリビアよ。オリビア・ノークス」
「……エドガー・オルグレンだ。魔術師が怖くないのか?」
「怖い? どうして?」
オリビアが不思議そうに首を傾げる。
「エドガー、あなた私になにか怖いことをするの?」
「なっ、するわけがない」
「でしょう。だから怖くないわ。私、これでも結構ひとを見る目はあるの」
「……そう、か」
名乗ったばかりの名前を呼ばれたことにも、怖くないと言い切られたことにもうまく返せない。けれど、オリビアが強がっていないことは分かる。
これまでも、「自分は平気だ」と言う者がいなかったわけではないし、そう言って近付き、王宮魔術師としてのエドガーを利用しようとする者も多かった。
(……この令嬢は違うようだが)
彼らが完璧に隠しているつもりで隠しきれない怖れや侮蔑といったものを、エドガーの魔力は余さず見抜き感じ取る。しかし、オリビアには一欠片の悪意もない。
まるで凪の海のような、そんな感情に触れるのは初めてで、エドガーのほうが戸惑ってしまう。
「……あっ!」
身長差からこちらを見上げていたオリビアが、エドガーの背後に広がる空にはっと瞳を煌めかせる。
すっと尾を引いて星がひとつ、またひとつと流れ始めていた。
「ほら、先生が言うことは正しかったわ! 見て、きれい!」
そう言いながらオリビアはエドガーのローブの袖口を摘まんでベンチへと引っ張っていく。隣に座って一緒に見ろということらしい。
仕事中ではあるが、結界と防犯の魔術は正しく発動しておりエドガーはやることがない。
「あ、また流れた! 今の見えた? 長いしっぽ!」
「……ああ」
流星と、それを楽しむオリビアと、どちらをより多く見たのか分からない。
とにかくその晩はエドガーにとって特別な夜になった。




