予想外の来訪者 2
レザント王国、王宮魔術師長エドガー・オルグレン。魔術に秀でた者を多く排出する家系に生を受け、国内でただ一人「魔術伯」の地位を持つ人物である。
魔術師とはその身に多くの魔力を持ち、かつ魔力操作に長ける者の総称。
その中でも王宮魔術師は、魔力や魔術の研究や魔道具の製作・修復など、国の基幹を支える大事な任に就いている。
そんな類い希なる魔術師や魔力は、魔女や魔女の呪いと混同されることも多い。よって人々から忌まれ、排斥の対象となりがちである。
国の保護や擁護があっても人心までは縛れない。
常に他人から距離を置かれる魔術師の中でも突出した魔力を持つエドガーは、さらに浮いた存在だ。
十二歳で王宮に出仕を始め、弱冠二十歳で王宮魔術師長まで上り詰めた。
史上最年少の魔術師長の就任は物議を醸したが、エドガーの驚異的な魔力の前では沈黙せざるを得なかったという。
事実、その後から現在に至るまでの約二十年、彼に匹敵する魔術師は現れていない。
ダンフォード侯爵と同じくらいの社交嫌いとして有名だが、彼の場合は周囲が近寄らないという理由が大きい。
エドガー本人もそれを歓迎するように、人との接触を拒んでいる。彼のまっすぐな金の髪は無機質な冷たさを、青い瞳は凍てつく冬空を表していると言われ――。
「――っていう感じの人なんだよ」
「はあ、そうなんですね」
言われたとおりにローラがキッチンで茶の支度をしていると、フレディが来客の素性を知らせに来た。
突然の訪問者はなんと王宮魔術師長のエドガーだったそう。
先日、手紙を預けたばかりでこんなにすぐコンタクトが取れるとは、と面会申し込みをしたフレディでさえ予想外だと驚いている。
応接室に案内してシリルに引き合わせた後、来客対応の注意事項を伝えに来てくれたのだが、ふむふむと聞いて緩慢に相槌を打つローラは苦笑されてしまった。
「もう、相変わらずローラは反応が薄いなあ。魔術師様だよ? しかも王宮魔術師長って、魔術界のトップ!」
「うーん……雲の上の人過ぎて、どのくらい偉いか分からないんですよねえ」
魔力を持つ人はそれなりにいても、術として使えるほど多い魔力量の人は滅多にいない。
それに彼らは国に召し抱えられるから、王城内にある魔術省に行かない限り、まず会う機会がない。
つまりローラにとっては、式典や新聞などで顔を見られる王族のほうが身近に思えるほど縁がない。そんな人を「どう思うか」と訊かれても、困るというものだ。
「偉いかどうかなんだ……? そこで『怖いから』ってならないところがローラだなあ」
「だって魔術師の方になにかされたことはないですし、下町でも被害に遭った人なんて一人もいませんから」
遠い存在の魔術師より、直接加害してくる身内のほうが苦手だと言えば、フレディはうんうんと頷く。
「それに、フレディさんも怖がってないですよね?」
「まあね。本物の魔女の呪いを知っていると、魔術とは全然違うって分かるから。比べようって気にもならないよ」
そう言って二人で頷き合うが、一般的には魔術師に対して偏見を持つ人は多い。
ローラの伯母もその一人で、魔術師のみならず魔術の話がちらっとでも出るとあからさまに嫌な顔をして強引に話題を変えるほどだ。そしてその後はしばらく不機嫌である。
(なんでそんなに嫌うんだろうって、ずっと不思議ではあるんだよね)
伯父が宮廷で要職に就いていれば、登城した時に魔術師と接触することもあるだろうが、弱小男爵であるリドル家にはそんな機会もない。
偏見であそこまで嫌えるのはむしろすごいと思うほどに、伯母の魔術師嫌いは筋金入りだ。
(もしかしたら伯母様がそんなだから、わたしは反抗して魔術師を”怖がらない”のかも?)
などと、珍しく自己分析してみる。
「そういうわけで、お茶は今から十分後に二人分。頼んだよ、ローラ」
「はい。応接室の中には入らないで、扉の前まででいいんですね?」
「うん、そう。三回ノックしてくれたら僕が受け取りに出るから、扉も開けないでそのまま待っていて」
「わかりました」
キッチンを出て行くフレディを見送って、ローラは温めていた茶器に茶葉を入れる。さらさらとティーポットに落ちる茶葉は、特別な客にふさわしい最高級の逸品だ。
(んー、淹れる前からいい香り……! それにしても、王宮魔術師長様かぁ)
エドガーの身分は伯爵位だ。侯爵であるシリルより家格は下だが、ただの伯爵ではなく魔術伯であり魔術師長という唯一無二の存在である。
さらに、本物の人嫌い。くれぐれも失礼のないよう応対せねばならない。
万が一お茶を零してエドガーのローブを汚してしまったら……などと考えるだけで身が竦む。
そこで作法に不安があるローラではなく、フレディが給仕をすることになった。
(わたしが怒られるだけならいいけど、気分を悪くされたら大変だもの)
シリルたちはエドガーに呪いのことを打ち明けて相談している。これといった打開策はなかったが、変身の対象をランダムではなく固定にできる、とアドバイスがあったばかり。
そちらへの返事を待たずにエドガーが来たということは、なにか他に分かったことや伝えたいことができたのかもしれない。これは期待せずにいられないだろう。
だから、せめて自分はおいしいお茶を淹れることを頑張ろうと思ったのだが。
「って、しまった。お菓子はどうしよう……フレディさんに聞けばよかったな」
予定されていた訪問ではなかったから、来客用の菓子を準備していない。
すぐに出せるのは、昨日作ったチェリーパイだけだ。
(残り物だけど……)
焼き加減といい、生地の層の具合といい、会心の出来だった。
シリルは言葉少なに、フレディは大げさに褒めて完食してくれたパイである。端の方を試食してみると湿気ってもおらず、相変わらずおいしい。
少しだけ悩むと、さくさくとカットして茶器と揃いの皿に盛った。
§
「突然の訪問、失礼する。ダンフォード侯爵」
「いえ、構いません。ようこそおいでくださいました、オルグレン卿」
社交嫌い同士、軽い挨拶で済ますと、シリルは困惑を隠してエドガーの前に腰を下ろした。
(なにかあったか……?)
昨日フレディが書いた手紙は、タイミング的に手元に渡っているかどうか分からない。変身対象を固定できるかもしれない、というエドガーからの提案への返事もまだ出していない。
だとすれば、呪いに関して新情報があったのかもしれないが、その程度でエドガーがわざわざ足を運ぶというのもしっくりこない。
(しかも、従者もなしに)
エドガーは他人との接触を好まないが、王宮魔術師長としての身分にふさわしくあるように、普段は供をつけさせられている。それが単身で動くなど、珍しいにもほどがあった。
内心で首を傾げるが、目の前のエドガーは何か思案しているようで腕を組み黙り込んだまま。自分から話し出す気はなさそうだ。
沈黙が気まずくなる前に、一旦ローラのところへ行ったフレディが応接室に戻ってきたが、それでも会話は始まらない。
家格は侯爵位のこちらが上でも、魔術師長は特別職。本来ならばエドガーが話し出すのを待つべきだが、フレディと視線を交わし、シリルが口火を切ることにした。
「……本日ご訪問いただいたのは、先日ご相談した呪いの件でしょうか。お話がこちらに届いたのが昨日でして、せっかくのご提案にもまだお返事を差し上げておらず、失礼を」
前もって何に変身するのか分かれば気は楽だが、動物には動物の、子どもや老人にもそれらなりの利用価値がある。実用性が狭まるのと精神的な安寧を天秤にかけているところだった。
呪いさえなければ悩む必要のない問題なのに、と思わなくもないが、少しでも見返してやろうという魔女に対する反抗心のようなものもあり、シリルの胸中は複雑だ。
訪問の意図を窺うシリルの問いに、エドガーは無表情のまま視線を揺らした。
「いや、それもあるが……」
なにか言いかけて、止めて、思い切るように息を吐くと、エドガーは胸元に手を忍ばせる。
「……?」
フレディまでつい身を乗り出して見守る中、取り出だされたのは小さな古い巾着袋だった。




