予想外の来訪者 1
その後は一旦解散し、午後から昨夜聞いた歌の検証をすることになった。
執務室に集まり、例の魔道具で記録した音声を再生する。小さな魔道具から流れてくる歌声に、ローラは目を丸くする。
「うわぁ、本当に音が出てる……女将さんの声だ。みんなの笑い声とかも……すごいですね!」
「ローラは思ったとおりの反応をしてくれるから、披露のしがいがあるねえ」
目を輝かせるローラにフレディが笑い、シリルもすっかりいつも通りの仏頂面でローラの正面に掛けている。
「声もちゃんと聞こえますね」
少し遠いが、なにを言っているのか聞き取れる。鞄の中に入れていたのに、随分きれいに録れるのだと感心した。
(それにしても、わたしが魔道具に触ることになるなんて)
魔道具は非常に高価だ。材料が貴重品ばかりで、使われる魔石は宝石と同じくらい貴重だし、その魔石に魔術を組み入れられるのは魔術師だけ。
それこそ、前に名前が出た魔術伯のエドガーをはじめとする魔術師でないと作れないのだ。
滅多に……というか、男爵家程度ではまず一生縁がないと思った魔道具が目の前にあって、しかもそこからよく知っている人の声が出ている。
そのことに驚いて、圧倒されて、聞き惚れてしまう。
「ローラ、ただ聞いているだけじゃ駄目だよ」
「は、はい、大丈夫です、書いてます!」
女将の歌った歌を順に聞ききながら、詞を書き起こしている。
子守歌や童謡は短いフレーズを繰り返すことが多いから、書き留める文字の量はそこまで多くない。
だが、歌詞にしっかり注意を払うと、流し聞いているときには気づかなかった言葉もあった。
フレディに魔道具を操作してもらい、ローラが書き起こし、シリルが言葉をチェックする。三人で分担することで、聞き漏らしや書き漏らしを防いでいた。
「……今のところ、魔女を匂わせるような単語は出てこないね」
「そうですねえ。侯爵様のほうはどうです?」
「こっちも特に引っかかる言葉はないな」
単語の意味が複数ある場合や、外国語に翻訳した場合なども確かめてみようということになり、そちらはシリルに任せている。
手がかりを見つけられないまま分担作業はスムーズに進み、やがて最後の曲になる。
「あ、灰色狼の歌だ」
早く寝ないと狼が来て森に連れて行かれるぞ、という内容の、夜更かしを戒める子守歌だ。
これは古くて有名な歌なので、シリルもフレディも知っていた。
曲の途中で、それまでスムーズに歌詞を書き進めていたローラの手が止まる。
「……こうやって文字に書くと、なかなか物騒な歌詞ですね。それにちょっと意味不明」
「あはは、そうかも」
フレディも笑うが、意味が分かるようでよく考えると分からない歌詞だ。
――真ん中に寝ないと、灰色狼がやってくる。
連れて行かれるぞ、森に引きずり込まれて、灌木の茂みへ。
来ないで狼さん、赤ちゃんを起こさないで、端に寝たら駄目だよ――
「この『真ん中』とか『端』っていうのは、ベッドで自分が寝る位置のことでしょうかね」
「僕もそうだと思うけど、ほかになにか意味あるかな、シリル?」
「いや、ひとまず隣国の言葉でも違う意味はなさそうだ」
曲と一緒だと違和感を抱かなかったが、意味を考えると奇妙な歌詞だ。
だが、不思議さはあっても特に魔女と関わりのあるような言葉は見当たらない。
そうして手がかりを得られないまま、灰色狼の子守歌の途中であの男たちが乱入し、録音は終わってしまった。
(もっとたくさん聞けたはずだったんだけどな……)
女将のレパートリーはまだある。やはり、あの男たちに邪魔をされたのが悔やまれる。
しょんぼり昨晩のことを思い出しながら、ローラは歌詞を書いた紙をまとめてシリルに手渡した。
「灰色狼の歌は何番まである?」
「ええと、確か四番までです。昨日聞けたのは、二番の途中まででしたね」
シリルに訊かれて、女将の話を思い出しながら答える。
子守歌は基本的に同じ文言を繰り返すが、部分的に歌詞を変えて終わることが多い。
たとえばなにかを作っている歌だったら完成したり、失敗したりして、オチが付く。灰色狼の歌も有名なのは一番と二番で、たいていの人は最後の四番まで覚えていない。
ローラもかなりうろ覚えで、だからこそ、最後まで聞けなかったのが悔やまれる。
「私、こっそり女将さんに聞いてきましょうか」
「ローラ」
「ひっ、い、行きませんから怒らないでくださいよ、侯爵様っ」
うっかり口が滑って窘められる。すみませんと小さくなると、そもそもローラの外出禁止はまだ続いているのだと言われる。
「昨日は特別だと言ったはずだ」
「お、覚えてます。はい」
向こうがなりふり構わず探していると分かった以上、ますます危ない。それは確かにそうで、フレディも取りなすように頷いた。
「じゃあ、ひとまず録れた分は書けたし、ここまでにしようか。歌詞はこれから精査していこう」
そうして、その場はお開きになる――はずが、そういえばとシリルが口を開いた。
「昨夜の男たちだが、多分、俺を攫おうとした奴らと同一人物だ」
「えっ、あの二人組? シリルを攫おうとって……ああ、ローラがレモンを投げて撃退した人攫い?」
フレディの問いにシリルが頷く。
「ああ。あいつらも二人組だった。フレディが投げた兄貴のほうじゃなくて、弟分のほうだが、俺を攫った奴と同じ匂いがした」
犬になったシリルの嗅覚に、嗅ぎ覚えがある匂いが引っかかったそうだ
「あいつらって、リドル男爵から依頼されてローラを捜してるんだろ。それとは別に、誘拐もやってるってわけか?」
「その可能性はあるな」
(誘拐犯?)
最近、城下で人攫いが出ると女将が言っていたが、犯人が捕まったとは聞いていない。
もしあの男たちが誘拐までしているとすれば、思い切り犯罪者である。伯父はなんという相手に依頼をしたのだろうか。
「ローラ、リドル家はあの男たちともこれまで関わりがなかったんだよな」
「な、ないです!」
多少手荒な人捜しくらいなら、ならず者に小金を握らせれば済む。しかし人攫いなどの犯罪行為に手を染めているほどの輩に、一般人が簡単に依頼できるはずがない。
彼らの力を頼るには、誰かの紹介が必要だ。リドル夫妻が頼る、裏稼業に詳しい相手といえば――。
「じゃあやっぱり」
「ホイストン卿だろうな」
フレディの断言にシリルも頷く。
聞いていて頭を抱えたくなった。彼の過去の妻たちは全員亡くなっており、それ以外にもいろいろ黒い噂がある。
そんなホイストン卿なら危ない人間との関わりもあるだろうと、納得できてしまうのがまたしんどい。
実際に彼自身、嫌な雰囲気だった。指が触れただけで全身に怖気が走り、ローラの頭には警戒警報が大音量で鳴り響いた。
(ホイストン卿の噂に証拠はないけれど……)
過去の妻たちの死亡原因を含めて、すべて噂だ。
証拠はなく、だからこそホイストン卿は堂々と表を歩き、王宮へも顔を出している。とはいえ。
「……私、そんな人のところへ売られる寸前だったのかあ」
「ようやく実感したんだ?」
「はい。改めて、逃げて正解でした……ん?」
半ば呆れ気味のフレディにしみじみ頷く。信じたくない現実に頭痛がしてきたところに、聞き慣れない音がした。
ガンガンと、なにかを叩く鈍い音が断続的に聞こえる。
「な、なんの音でしょう?」
不安そうに首を捻るローラとは裏腹に、シリルは眉を寄せる。
「……フレディ」
「了解、見てくる。表玄関に誰か来たみたいだ」
「お客様!?」
フレディが言うには、あれは使わなすぎて錆び付いたドアノッカーの音らしい。
ローラがダンフォード侯爵家に来てからここを訪れたのは御用商人や郵便配達人だけで、彼らは裏玄関からやってくる。
表玄関からということは「正式な」来客である可能性がある。
「あの、今日はどなたかとお約束があったり――」
「ないね。ということで、誰が来たのか分からないけど、念のためローラはキッチンに行ってお茶の支度をしてもらえる?」
「は、はい!」
「ローラ。呼ぶまでキッチンからは出るな」
シリルの声音は、来客が「ローラを連れ戻しに来た誰か」だという可能性もあると言っている。
「フレディが行くまで待機だ」
「……はい」
表情を改めて頷くと、慌てて執務室を飛び出しキッチンへ向かった。
表玄関の扉にあるスリットを開けたフレディは、来訪者を見て驚きを隠せなかった。
慌てて鍵を開け、重たい扉を開く。立っていたのは、王宮魔術師長のエドガーだ。
「これは魔術伯! 大変お待たせをいたしました」
「いや」
呪いの件を相談した唯一の人物であるエドガーからは先日、「解呪は難しいが」と別案を提示されていた。
もう一度改めて話がしたいと、秘書を通じて送った手紙には、「いつでもダンフォード侯爵家を訪問してほしい」としたためた。
だが、十分程度の面会予約を取るのでさえ数ヶ月待ちという人物である。
どのくらい先になるのか、はたまた面会が実現するのかはフレディにもまったく読めなかった。
(まさか、こんなにすぐとは)
しかもエドガーは従者を連れておらず、一人である。
それは、普段は秘書や王宮からせっつかれてようやく腰を上げるエドガーが自分から動いたということで、これもまた珍しい。
(なにかあったのか……?)
無表情のエドガーからは訪問の意図が読み取れない。彼の出現がなにをもたらすのか、フレディは考える。
期待か失望か――なんにせよ、突破口になるといい。
(それにしても、ローラが来てからいろんなことが起きるな)
まるで、呪われてから停滞していた時間がローラをきっかけに動き出したようだ。できれば、望む方向へ動いてほしい。
魔術師のローブを揺らしながら歩くエドガーを応接室に案内して、フレディはシリルが待つ執務室へ走った。




