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レシピブックのサンドイッチ 2

 明るい日差しが入る食堂室のテーブルに並ぶのは、爵位が持つ名に比べると簡素な料理だ。しかし、漂う雰囲気はきっと王宮の晩餐会よりも満たされている。

 いつぶりか分からないほど穏やかな空気を堪能しながらしばらく和やかに食べ進んでいたが、フレディが思い出したように口を開く。


「あ、そういえばローラに聞きたいことがあったんだ」

「はい、なんでしょう?」

「リドル夫妻とホイストン卿はいつから知り合いだったか分かる?」


 話の流れ的にやや唐突だったため、一瞬きょとんとしてしまう。けれど、伯父がローラを捜すよう依頼した男たちに絡まれたのは昨夜のことだ。

 現実に心を引き戻して、ローラはええと、と記憶を探る。


「ごめんなさい、いつからかは分かりません。でも、ホイストン卿が家に来たのは、わたしが逃げ出した日が初めてでした。その前に名前を聞いたこともないです」


 もともとリドル家に来客は多くない。伯父はパーティーも食事会も開かないし、伯母のお茶会は毎回似たような顔ぶれの奥様方だ。

 だから、ローラが知る範囲ではホイストン卿との交流はなかった。


「そっか。手紙のやり取りとかは?」

「書類関係は触らせてもらえなかったので、それも分かりません」

「じゃあ、彼らがいつどこで知り合ったか、ローラは知らないんだね」

「はい。すみません、お役に立てなくて」


 家事や雑用は山ほどさせられていたが、手紙など書類からは遠ざけられていた。おかげでローラは、リドル家の交友関係をさっぱり知らない。


「でも……伯母はどうか分かりませんが、少なくとも伯父とホイストン卿は初対面ではない口ぶりでした。誰かに紹介されたわけでもないようでしたから、どこかで面識があって、伯父のほうから招いたのだと思います」


 前もって「一番良い茶器を使え」と指示があったし、出迎えのときにはわざとらしいほど歓迎していた。


(まあそれって、わたしを売るためだったんだけど!)


 それに、ローラがただのメイドではなく養女であることを馭者までが知っていた。伯父が話さなければ、そんな内情までは分からないはずである。


「なるほどね。いや、ローラを連れ戻そうとしているでしょう? そのやり方が雑だなあって思って」

「雑?」

「リドル夫妻には『ローラに関わらない』って念書を書かせている。それでもまあ、難癖くらいは付けてくるだろうし、会えば連れ戻そうとするだろうとは思ってた」

「はい」


 だからこそ、しばらくは外出禁止で邸内でのみ働くよう言われていたし、昨夜の女将の店にも変装をしていったのだ。

 でも、とフレディは言葉を続ける。


「彼らのやり方は、大胆すぎるんだよ」


 侯爵家と書面で交わした約束ではあるが、法的な拘束力まではない。

 とはいえ、ある程度の牽制にはなるはずなのに、反故にするまでの期間も短いし、間に人を挟みもせず捜索を依頼している。

 そのやり方が「雑」なのだとフレディは言う。


「なんか焦っている感じがしてね」

「言われてみれば……」


 リドル家は小さな領地があるだけで重職にも就いていない弱小男爵家だ。格上も各上であるダンフォード侯爵に逆らうなんて、命知らずもいいところでしかない。

 しかも、ローラは自ら逃げ出してダンフォード侯爵家に匿ってもらっている。

 もし騒ぎ立てれば、これまでの虐待やホイストン卿との不自然な結婚予定も公になり、それでダメージを負うのは伯父たちである。


「よほどホイストン卿に弱みでも握られているのかなって。だから、リドル家っていうか、リドル家とホイストン卿との関係が知りたいんだ。いつから、なんのために、どんなふうに関わっているのか」


 フレディの言うことは分かる。しかし、どんなに頑張っても記憶にかすりもしなくてローラは項垂れた。


「……すみません、なにも思い当たりません……」

「ああ、大丈夫。ローラが知っていれば話が早いってだけで、こっちでも調べ始めているから」

「そうだったんですか?」

「うん。もともとホイストン卿もリドル男爵も、王宮の調査対象のリストに入っていたんだ」

「!?」


 魔女の呪いで変わってしまう姿を利用して、シリルたちは情報収集をしている。

 その腕を買われて、王太子からも極秘に依頼を受けているはと聞いていた――監視対象は、国に不利益を齎すと思われる人物だ。


(っていうことは、つまり……)


 伯父たちが国に不穏分子としてマークされていたと知って、ローラはさっと青ざめる。お世辞にも善良とはいえない人たちだし、さんざん酷使されてきたが、まさか犯罪行為を疑われているとまでは思いもしなかった。

 しかも王太子も把握しているといういことは、その悪事は疑惑ではなくほぼ確定なのだろう。


 同じ屋根の下に暮らしていても、休む暇なく働かされて短時間だけ泥のように眠る生活だったローラは、伯父たちの不穏な動きには気づかなかった。


「ローラはあのタイミングで逃げ出して本当によかったよ。ホイストン卿のところに連れて行かれていたら、保護が間に合わなかっただろうから」

「あ……」


 どうやら危機一髪だったらしい。

 やはり、あのときの嫌な予感を信じて逃げ出して正解だった。


「一応身内だから複雑かもだけど、リドル家に後ろ暗いところがあるのなら、さっさとスッキリさせたいでしょう?」

「それは本当に……はい」


 育ててもらった恩はある。けれど、だからこそ、悪事に手を染める前なら心を入れ替えてほしいし、すでに犯してしまった罪があるなら償ってほしい。

 神妙に頷くと、だよね、とフレディも同意する。


「そのほうがローラも安心して暮らせるから――って、シリルが」

「えっ?」

「おい、フレディ」


 ばっと振り向けば、当のシリルは気まずそうに紅茶のカップを手にした。


「……別に、他意はない」

「なーに言ってんの。率先して調べているくせに、誤魔化さなくても」

「そ、そうなんですか!?」


 フレディが庇う気がないと分かって、しばらく躊躇った後で口を開く。


「……自分の意思と無関係なことで振り回されるのを見たくないだけだ」


 俺みたいに、と付け加えてぼそりと肯定する、その声音はそっぽを向いた表情が目に見えるようだ。


(侯爵様って……すごいなあ)


 自分のことで大変なのに、ローラのことを気遣ってくれている。見せる言動は素っ気なくても、その心は十分に伝わってくる。


 これまでローラが見てきたシリルは『終わらせたい』とは言っても、ローラやフレディを巻き込もうとは絶対にしなかった。

 不運を嘆いて周囲に当たる伯母とも、仕方がないと従い続けた自分とも違う。

 それがすごく眩しく思えた。


 ローラの胸に、ぽっと明るい灯がともる。

 下町の皆と触れ合ったときに似た、でもそれとは少しだけ違う種類の灯りだ。


「……侯爵様って、やっぱり優しいですねえ」

「は?  っ、ごほっ」

「あ、大丈夫ですか?」


 思わずこぼれた本音にシリルが噎せる。席を立って駆け寄りナプキンを渡しながら窺うと、苦しそうな息の下からシリルが涙目で睨む。


「な、なにをいきなり」

「他人の、ぽっと出のわたしのことを心配してくださっているじゃないですか。もう、めちゃくちゃ優しいです」

「そんなわけ――」

「侯爵様は認めなくてもいいですよ。わたしはそう思います、っていうだけなので!」

「……」


 なにか反論しようとして、諦めたように口を閉じたシリルにローラはまっすぐ向かい合う。


「これはもう、ますます全力で呪いの解き方を調べないとだめですね。絶対に見つけてみせますから!」

「……好きにすれば」

「はい!」


 窓を背に両手をぐっと握りしめて宣言をする。そんなローラに見入っていたことに気づいたシリルが慌てて顔を横に向けて、その光景をフレディは嬉しそうに眺めて、三人の食事は終わった。



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