レシピブックのサンドイッチ 1
またも間が空いてしまいました……申し訳ありません!
本日より完結まで、水曜・土曜の週2回 21時に定期更新いたします。お楽しみいただけたら嬉しいです。
※『レンズ越し、たった一度の恋をする~失踪令嬢とカメラマン~』も昨日より更新再開しました。あちらは(火)(金)の更新です。
どちらも、そして夏チヨ子先生のコミカライズ(コミックス①②発売中)もよろしくお願いします!
いったん会話が落ち着くと、二人の間に微妙な空気が漂う。
気まずくなったのか、ぎこちなく「じゃあ」と言ってシリルはキッチンから出ていこうとした。その声に、ローラはハッと我に返る。
「ま、待ってください。あの、朝ごはん食べましょう」
「いや、だから、今朝は作らなくていいって言――」
「そう言わず! せっかくここまで来たんですし。私はお腹がすきました、侯爵様もじゃないですか?」
作らなくていいと言われても、こうして起きた以上なにか食べたい。とりあえず自分はすっかり空腹だ。
ダンフォード侯爵家での毎日三食生活のおかげで、すっかり一般的な食欲を取り戻したローラにとって、今から昼食までは長すぎる。
「俺は――」
いらない、と断ろうとしたシリルだが、小さく鳴ったお腹の音をローラは聞き逃さなかった。
ますますキッチンを出て行こうとするシリルの腕を、しっかり掴んで引き止める。
「すぐ! すぐ作りますので!」
「わ、わかったから離せ」
「嫌です、離したら逃げるでしょうっ。お腹すいてるなら食べたらいいじゃないですか」
今にも走って出て行かれそうで、ローラはシリルにがっしり腕を絡めて逃亡を防ぐ。と、本気度が伝わったのか、シリルは諦めたように息を吐いた。
「あぁもう、分かった、逃げないし食べるから」
「……約束ですよ!」
呆れ気味にではあるが、言質は取った。腕を離すとシリルは近くの椅子に腰を下ろす。
このままいてくれることに満足して、ローラは例のレシピブックを手に取った。
「せっかくだから、これに載っているレシピで作ろうと思ったんです」
「その本か。どんな料理が書いてあった?」
「私もまだ途中まで読んだだけなんです。侯爵様も一緒に見ますか?」
本の書き込みには複数人の手跡があった。
代々の――とまではいかないだろうが、この侯爵家と共に歩んだ人たちの歴史が感じられるそれを、ローラはシリルにも見せながらめくっていく。
かなり古い書き込みにはローラの知らない食材も書いてあった。
戦争で物資が不足し、貴重品となった砂糖と卵を節約するために配合を変えたキャロットケーキなど、時代背景を感じさせるレシピもある。
(面白いなあ)
料理の本ではあるが、読み物としても興味深い。できればこのままじっくり読みたいが、そろそろ取りかからないと、ローラのお腹も派手に鳴りそうだ。
「あ、これ……焼くんだ」
「うん?」
ふと手が止まったのは、チェダーチーズとトマトのサンドイッチのレシピ。インクの具合からいって、比較的新しい書き込みだ。
チーズとトマトのサンドイッチはローラもよく作る。だが、このレシピではただ挟むのではなく両面を焼いている。ホットサンドにしたことはなかった。
(卵とかベーコンを挟んだときは焼いたりするけど)
どんな味だろう。トマトは加熱されると旨味がぎゅっと濃縮されるし、とけたチーズは言わずもがな。ほわほわと出来上がりを想像して、お腹が小さくきゅるりと鳴った。
「侯爵様、これにしましょう! いいですか?」
材料は揃っている。手順も簡単で、調理時間もかからない。なにより美味しそうだ。
「……ああ」
もう一度レシピを確かめて立ち上がるローラに、シリルは本から顔を上げず上の空で返事をする。
(その本、気に入ったのかな?)
気持ちは分かる。ダンフォード侯爵家と関係のないローラが読んでも面白い書き込みが多かったのだから、シリルにはもっと面白いに違いない。
手順は覚えたのでレシピブックはそのままシリルに預け、ローラは調理に取りかかった。
柔らかくしたバターにマスタードを少々混ぜて、パンに塗る。チーズ、スライストマト、チーズの順にのせてパンで挟み、オイルを敷いたフライパンで両面をこんがり焼く――と、調理方法それ自体は簡単だ。
だが、パンが湿っぽくならないようにバターをしっかりめに塗ったり、さらに両側からチーズで挟んでトマトの水分を閉じ込める工夫がしてある。
「挟んだら、鍋の蓋かターナーで上から押さえつけながらフライパンで焼く……っと」
ちなみに、レタスやハムを追加してもいいらしい。それも当然おいしいだろうが、今日はまずシンプルな基本のレシピで試してみることにした。
やがて、トーストされていくパンの香ばしい香りがキッチンに広がってくる。
いい色に焼き上がったサンドイッチに包丁を入れると、ほかりと上がった湯気とともにトマトの甘酸っぱい香りも立った。
「わあ、おいしそう……って、侯爵様!?」
すっと本を読んでいると思っていたシリルが、いつの間にか皿やカトラリーを準備していた。
メイドもいなかった頃ならさておき、今はローラがいるのだから自分で動かなくていいのに、この侯爵家当主様は身軽すぎる。
「私がしますから」
「どうせ待ってるだけだし」
「いやいや、こういうのは私の仕事で――あれ、お皿が三枚?」
テーブルに用意された食器は三人分。はっとして顔を向けると、扉からフレディが覗いているのが目に入った。
「フレディさん、びっくりしました! いつからそこに?」
「ちょっと前だよ。いい匂いがしてたからさ、でも『朝食はいらないよ』って言った手前、入りにくくて」
「もー、なんですそれ! トマトとチーズのホットサンドです、フレディさんの分もありますから。あとで持っていこうと思ってたんですよ」
「そう? やったあ」
悪いねえなんて思ってもいないようなことを口にしながら、フレディも入ってきた。結局、そのまま三人で食べることになる。
こんがり焼けたパンの切れ目からは、チーズのオレンジ色と真っ赤なトマトが顔を覗かせている。
まだ湯気が立つそれを手に持って口に運ぶと、ジューシーなトマトととろりとしたチーズがいっぺんに味わえた。
「んー、おいしい……!」
(これは、なかなか!)
作っているときから味の想像はついたが、予想をはるかに越えたおいしさにローラは頬を押さえる。バターに混ぜたマスタードもいいアクセントで、フレディも満足そうに食べている。
だが、シリルは一口囓っただけで固まってしまっていた。
「侯爵様、もしかしてお口に合いませんでした?」
「え? あ……いや」
不安になって声をかけると、シリルははっとした様子で手元のサンドイッチから顔を上げる。
さっき、ローラに詰め寄っていたときとは違う、戸惑いが浮かぶ表情にフレディも違和感を持ったようだ。
「シリル、トマトもチーズも苦手じゃないだろ? 美味いよ、これ」
「味に文句があるとかじゃない。そうではなくて……」
話したくないというよりは、自分でも自信がないというような歯切れの悪さで呟く声に耳を傾ける。
「書いてあった字を見たときに、もしかしたらと思ったんだが」
(字?)
シリルはレシピブックを食い入るように眺めていた。
面白い書き込みがあったのかと思ったのだが、気になったのは内容ではなく文字のほうだったらしい。
首を傾げるローラとフレディを見て、シリルはまたサンドイッチに視線を落とす。
「……これは多分、母のレシピだ」
「奥様の?」
(侯爵様のお母様?)
その発言にフレディも驚いた顔をした。
シリルの母は、魔女の呪いを受けた祖父とともに命を落としたと聞いている。その後に父も亡くなり、シリルはたった十八歳で家督を継ぎ、今に至る。
母についてシリルが口にしたのは、フールを作ったときに使った器を「気に入っていた」と教えてくれたときくらい。
あの日よりも訥々と話すシリルを、ローラは食事の手を止めて見つめる。
「母は時々、父の夜食を作ることがあった」
コックに頼まず、夫人自らキッチンに立ったそうだ。大概はシリルは眠っている時間だったのだが、ごくたまに起きていると、自分にも分けてくれたという。
それがこの、ホットサンドだ。
使用人に見つからないよう、親子三人でこっそり食べたのだとシリルが言う。家族仲の良さが窺えるエピソードに胸が痛い。
(それなのに、呪いのせいで……)
祖父と両親の死は呪いが原因だとシリルは言った。
もしシリルの祖父が魔女に呪われなければ、きっと今も存命で、シリルは当主ではなく子息として外の世界で活躍していたに違いない。
人の、しかも複数の人生を狂わせた魔女に、ローラは改めて憤りを感じる。
(しかもその呪いは、子どもにまで引き継がれるなんて)
なにも悪くないシリルが、どうして苦しまなくてはならないのだろうか。
やはり呪いを解く手がかりを見つけたいと、ますます強く思う。
「奥様がたまに料理をするのは知っていたけど、その話は初めて聞いたな」
「そう何度もあったわけじゃない。だからこそ忘れていたし……きっと、思い出さないようにもしていた」
シリルは机の端に置いてあるレシピブックに目を向ける。
「本を見たときに、母の字と似ている気がしたんだ。でも、レシピに残しているなんて考えもしなかったから、気のせいかと思ったんだが」
「そっか」
フレディもシリルの母を思い浮かべているのか、言葉少なに頷いた。弟を見るような眼差しで「食べろ」と促され、シリルはサンドイッチをまた口に運ぶ。
「……母のは、もっと適当で。マスタードが固まっていたり、パンが焦げていたり……でも、この味だ」
味が似ているのは、シリルの両親が生きていたときと同じ商人から同じパンやチーズを買っているからだろう。懐かしそうに噛みしめるシリルに、ローラが口を開く。
「……侯爵様、本にはほかにもお母様のレシピは書いてありましたか?」
ローラの質問に、あのページのほかはまだ見ていないとシリルは首を振る。
「じゃあ、もし別のレシピがあったらそれも作りますね。なくても、このサンドイッチをまた作ります。今度はもっとしっかり焦げ目をつけますし、マスタードも増やしますから」
「……ああ」
溢れた返事を押しとどめるように、シリルはサンドイッチを頬張った。




