泉 鏡花「楊柳歌」現代語勝手訳 二十七
二十七
「私も男だ。なぶるなら、なぶられようし、遊ぶなら遊ばれるにして、仮に私がお前さんに授かった好いた人だとする。
ちょっと、男というものは、たとえ嫌って嫌って嫌い抜いている女でも、何かの拍子で一緒に歩行いて、もし狼が出て後をつけりゃ、一足退って相手を庇う。前から来れば楯になる。左からなり右からなり、その来る方を歩行くんです。いざ、飛びかかりゃ蹴飛ばすか、とても敵わないなら、身代わりに咬まれてやって、その隙に弱いものを遁すんです。それが嫌っている女でもだよ。
お前さんが嫌えるかい。
それが、死にたいの、死のうと言う。活きたい、助かりたいと言えばこそ、火水も一緒、毒も薬も一緒に飲もうというものだが――ただ、冗談にせよ、手に負えない我が儘をすると、情人だったら関係も切れようし、夫婦なら直ぐこの場で暇を出してしまうが、さあ、どうです!」
と、笑うつもりが、声に出ない。
お桐もはっとなり、泣こうとして、音を忍んでいたが、しばらくして、
「堪忍して、堪忍しておくれやす。……訳を言わんよってな、ほんに、仏様やかて、我が儘言うと思わはりますやろ。
我が儘やない、真実え。
姉はんへ義理があって、私死なねばならんのどす。……あのな、三千歳はんと岸勇はんは姉妹や。姉妹やけど、腹は違うのどすせ。三千歳はんの方がもらい子で、岸勇はんが実の児や。……けどな、彼処の母はんが、ほん優しい人でな、実の児より、もらい子の方を大事にしやはる。それも世間の義理やない。真から、実から、三千歳はんを可愛がらはってな……衣服一枚でも、岸勇はんよりあの児に買って上げなはるンえ。
そうするとな、また三千歳はんが、義理の妹をほんに大事にしやはるのだっせ。お客はんに、指環貰やはっても、人形貰やはっても、姉、私におくれやす、岸勇はんが言やはると、あいあい言うて袖から離いて、指から取って上げやはるのどすせ。優しおすやろ。またな……岸勇はんのその我が儘なが可愛いのえ。――揚屋へ行て三千歳はんが、ぐいぐい茶碗で飲みやはることありますやろ。誰が留めても、莞爾していて、止しなはらん時でも、妹はんが来て、姉、毒え、言やはると、あいあい言うて、笑窪圧えて俯向きやはります。
もしな、私がこの風船を」
とお桐の言うのが、細い糸の縁に今も繋がっており、ふわり、海月が浮いているような青い景色をしている。
「先刻、三千歳はんに託けごとしますやろ。預かりものや言うて構やはりせん。姉、おくれやす言やはれば、あいあいと、やっぱり岸勇はんに上げなはるンえ。後でな、泣いて、私にあやまりやはるまでもどすせ。私またそうやかて、あやまらせはしいへんけどな……
そのな、岸勇はんの我が儘なのが、あんた、聞かはって憎うおすか。私、憎ない……実の姉や……違った腹やないと思わんことには、駄々が言わるるものやない。
聞いとくれやす。……私もな、あの岸勇はんと同じやった。――顔までもな、ちょっと、あの子に似てますそうな。……
私をやっぱり三千歳はんが岸勇はんにしやはるように、甘やかいて可愛がってくれやはった、親より大事な、その死なはった姉はんも、同じように実のやおへん。――義理のある姉妹どした。――
けど、あの妓たちとはあちこち(*あべこべ)でな、私のは姉はんの方が母はんの産みの児で、私が貰われて行ったのどすせ。……その母はんは三千歳はんのと同じように、実の子の私の姉はんの方を放って、私ばかり可愛がらはる。姉はんも一層私を可愛がってくれやはった。
やっぱりな、姉はんの持っていやはる簪一つも欲しゅうてな、自分のもの打捨らかいても、おくれやす言うたのだすせ。あいあいと、何でも肯いておくれやした」
と涙ぐむ。……声の途切れた時、木魚が聞こえた。……もくもくと靄に包まれたようでもあるし、地から湧いて出るようでもあるし、天から降って地にも溜らず、樹の間に掛かったようでもあるし、とぼけた石が、話に点頭くようにも響く。……
つづく




