表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
泉 鏡花「楊柳歌」現代語勝手訳   作者: 秋月しろう
24/29

泉 鏡花「楊柳歌」現代語勝手訳 二十四

 二十四


 魅せられたと言うのだろう。その透き通った瞳で凝視(みつ)められ、清之助は顔に冷たい薄絹を打ち掛けられた気持ちになって、(ぼう)となってしまった。お桐の顔を見守るだけの清之助を促すように、

「ちょっと、(さかさま)になって、欄干の外に出て見まほか」

「一人でかい?」

 と、今度は清之助はお桐を正的(まとも)に見た。

「は、(あて)一人でようすせ(*いいのです)……貴下(あんた)はん、飛べ()やはりや……」

「まあ、待っておくれ、間違っても一人だけ殺す訳にはいかない」

 と、冗談を言うつもりが、引き入れられて、妙に真面目に、

「ここの舞台から飛び出すと、立女形(たておやま)(*女形を演じる最高位の歌舞伎役者)が土間(*歌舞伎劇場の舞台正面下の広い観客席)に落っこちたみたいになって、世間の格好の話題になるだろう。第一、お前さんのような華奢な身体は、霞の上にも柳の枝へも、すらりとかかって、下まで落ちないだろうが、……お付き合いをする、骨の硬い野郎ときたら、悲惨(みじめ)なこと! たちどころに粉微塵(こなみじん)だ。ちと、まあ考えさせてくれたまえ」

貴下(あんた)はんが、何で(あて)と死なはるもンや、(ちご)ヶ淵へ連れて行っておくれやしたかて、(あて)がな、氷の下の水が欲しい言うて、身投げしたと、見ていておくれやしたら、それで()いのん、本望え」

「だから、だからその」

 と何故か()いて、

「薄情でも卑怯でもないけれど、それだから、(ちご)ヶ淵へは一緒に行かれないと言うんです。さあ、手を曳いて飛ぼうとなると、どうも、こう言っては可笑(おか)しいけれど、うっかりついひと思いに、この勾欄(こうらん)(*欄干と同じ)を跨ぎそうでならないんだ。

 観音様はおいでなさる。こうやって仕切りが付いてるものだから、まだまあこの舞台だけに、しっかり(こら)えてはいるけれど、……ご覧、それだってこの通り、その気にならないとも限らないから、ちゃんと欄干に掴まっているんだよ」

「そうやはけな、見ていておくれやす……(あて)一人で飛ぶよってに言うのどすせ。……ほんになあ、今あんたはんが言やはった通りや。京もな、誰も()ん所に、こうして居たら、龍宮はんへ行たようにおすな」

 と、あどけない可愛い声で、

海鼠(なまこ)でも大事おへん。海の底へなと(はい)りたおす。……そしたら何時までもこんな心持ちで居られますやろ。(ちご)ヶ淵へ入らはった(ねえ)はんは、龍宮に居て京を見ていやはるのえ。(けな)る(*羨ましい)おすせ。(あて)なぞ、これで祇園へ帰ったら、また茣蓙(ござ)に載った鮒になる。……(ひれ)が苦しい紫色、……(えら)に血の出た(べに)さいて(*紅が差して)、おお、可厭(いや)らし」

 と、肩をすぼめた。

「お桐さん」

 俯向(うつむ)いて聞いていた清之助は(おもて)を傾け、差し覗くようにして、

「この御堂(みどう)へは、ちょいちょいお参詣(まいり)をするのかい」

「は、月毎(つきごと)にな、十七日には欠かしまへんの。道も近いよって、暮方(くれがた)から一人で来ることも時々おす」

「何てって拝むの?」

「え?」

 と、潤んだ目で見て聞き返す。

「何てって拝むんだね」

「ただな、手々(てて)合わせてお拝みするのえ。(あて)、何も知りへんけど、有難うおすよってに」

「お護符(まもり)は持っている?」

「頂いておりますせ」

「何処に」

背負上(しょいあ)げ(*帯揚げ)に包んであるンえ」

「大事におしよ、決してそれを放すんじゃないぜ」

 とこれまでは多少ぼんやりとしていたが、清之助は姿勢をただして、

「片時も、寝る時は枕許(まくらもと)へ。……忘れずに肌身を放さず持っておいで。え、()いかい。

 そしてね、もしまた、どんな発奮(はずみ)に、ひょんな気が出ないとも限らない。その時は、必ず一度しっかりとそのお護符(まもり)をおさえて、そこでよく考えるんだよ。()いかい、分かったかい」


つづく



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ