泉 鏡花「楊柳歌」現代語勝手訳 二十四
二十四
魅せられたと言うのだろう。その透き通った瞳で凝視められ、清之助は顔に冷たい薄絹を打ち掛けられた気持ちになって、茫となってしまった。お桐の顔を見守るだけの清之助を促すように、
「ちょっと、倒になって、欄干の外に出て見まほか」
「一人でかい?」
と、今度は清之助はお桐を正的に見た。
「は、私一人でようすせ(*いいのです)……貴下はん、飛べ言やはりや……」
「まあ、待っておくれ、間違っても一人だけ殺す訳にはいかない」
と、冗談を言うつもりが、引き入れられて、妙に真面目に、
「ここの舞台から飛び出すと、立女形(*女形を演じる最高位の歌舞伎役者)が土間(*歌舞伎劇場の舞台正面下の広い観客席)に落っこちたみたいになって、世間の格好の話題になるだろう。第一、お前さんのような華奢な身体は、霞の上にも柳の枝へも、すらりとかかって、下まで落ちないだろうが、……お付き合いをする、骨の硬い野郎ときたら、悲惨なこと! たちどころに粉微塵だ。ちと、まあ考えさせてくれたまえ」
「貴下はんが、何で私と死なはるもンや、児ヶ淵へ連れて行っておくれやしたかて、私がな、氷の下の水が欲しい言うて、身投げしたと、見ていておくれやしたら、それで可いのん、本望え」
「だから、だからその」
と何故か急いて、
「薄情でも卑怯でもないけれど、それだから、児ヶ淵へは一緒に行かれないと言うんです。さあ、手を曳いて飛ぼうとなると、どうも、こう言っては可笑しいけれど、うっかりついひと思いに、この勾欄(*欄干と同じ)を跨ぎそうでならないんだ。
観音様はおいでなさる。こうやって仕切りが付いてるものだから、まだまあこの舞台だけに、しっかり堪えてはいるけれど、……ご覧、それだってこの通り、その気にならないとも限らないから、ちゃんと欄干に掴まっているんだよ」
「そうやはけな、見ていておくれやす……私一人で飛ぶよってに言うのどすせ。……ほんになあ、今あんたはんが言やはった通りや。京もな、誰も居ん所に、こうして居たら、龍宮はんへ行たようにおすな」
と、あどけない可愛い声で、
「海鼠でも大事おへん。海の底へなと入りたおす。……そしたら何時までもこんな心持ちで居られますやろ。児ヶ淵へ入らはった姉はんは、龍宮に居て京を見ていやはるのえ。羨る(*羨ましい)おすせ。私なぞ、これで祇園へ帰ったら、また茣蓙に載った鮒になる。……鰭が苦しい紫色、……鰓に血の出た紅さいて(*紅が差して)、おお、可厭らし」
と、肩をすぼめた。
「お桐さん」
俯向いて聞いていた清之助は面を傾け、差し覗くようにして、
「この御堂へは、ちょいちょいお参詣をするのかい」
「は、月毎にな、十七日には欠かしまへんの。道も近いよって、暮方から一人で来ることも時々おす」
「何てって拝むの?」
「え?」
と、潤んだ目で見て聞き返す。
「何てって拝むんだね」
「ただな、手々合わせてお拝みするのえ。私、何も知りへんけど、有難うおすよってに」
「お護符は持っている?」
「頂いておりますせ」
「何処に」
「背負上げ(*帯揚げ)に包んであるンえ」
「大事におしよ、決してそれを放すんじゃないぜ」
とこれまでは多少ぼんやりとしていたが、清之助は姿勢をただして、
「片時も、寝る時は枕許へ。……忘れずに肌身を放さず持っておいで。え、可いかい。
そしてね、もしまた、どんな発奮に、ひょんな気が出ないとも限らない。その時は、必ず一度しっかりとそのお護符をおさえて、そこでよく考えるんだよ。可いかい、分かったかい」
つづく




