泉 鏡花「楊柳歌」現代語勝手訳 十九
十九
「三枚橋から黒門の石段は、まだ間がある。……第一もっと賑やかです。……ここは誰もいない、寂しいね」
と思わず言う。
段に向かっている黒い影は、実際ここに二人の他にはなかったのである。その影の後を映すように、鎖した両側の小店が続いて――その所々に沈んでいる陰気な灯が、これも鴨川の水に映ったもののように思え、渡ってきた松原橋を思い出すが、もうそれは遥かな夢路のようでもあった。
「ほんにな、三千歳はんたちは可恐しおしたやろ……一人では来られへん」
摺り寄ったのも可懐かしく、肩を組むようにして上り掛けようとするが……と、お桐の姿がふらっとして、どんよりとした白い磴に黒く動いた。
「ああ、待っておくれやす」
カタリと駒下駄の軽い音。
「どうした」と同時に止まる。この人の足は、こんな風にして石を渡るにはなよやか過ぎるようである。今日は随分歩行かせた。……」
清之助は片足を一段戻し、斜めに肩で肩を支える体勢で、
「さあ、もう一息、姫君、お草臥れではあろうけれど……石の桟橋、それ石橋を舞う勢いで(*能の曲目『石橋』を暗示)」
と励ましながら打ち笑う。……褄捌きをする裳裾のあとは、冷たい牡丹が開くようだ。見上げる空に礎は消えて、雲の左右に躍れる獅子がある。(*注1)
お桐の気は衰えず、
「あんたの方が幾度も躓きやはって、私些とも弱りへん。けどな、思出いた。……ちょうどこの辺どしたえ。……一人でお参りに来た時にな、急にお腹が痛うなって、立つこともならんのどすせ。段の角へつかまってな、師走の寒い暮れ方どす。……氷ついていたればな、――あの、お見やしたろ、三千歳はんやら送って行かはった、念仏堂のお爺はんが出て来やはって、私をおぶっておくれやした」
「おぶった? あんな爺様が、どうしてね」
「ええええ、ええええ、と声掛けて、あないに見えはるけど達者どす。私、肩にしがみついて、切のうおすけ、目を瞑っていた。……産寧坂の下に、あの琴責の阿古屋はん(*注2)が居やはった言う茶屋があって、今貸席(*花街の「お茶屋」)どすせ。そこへやっと行て倒れた晩方、嬰児はんが出来やはったんえ」
「や、腹が痛いって、産気だったの」
清之助は今も頼りなさそうに目を見張って、
「まあ、飛んだことだぜ」
と驚いて言ったけれど、軽々しく言ってはいけない奇蹟をさえ感じたのであった。
「じゃ、嬰児はんは観音様の告子のようなものだ。大事にしなくちゃいけないね」と、少ししんみりする。
「嘘や! 観音様は鳥刺やないのえ。――そして私のは爺様の」
と、きまり悪そうに顔を背けて、
「私、願掛けしたよってな、苦しいお腹がすっとなって、切ない胸がすっきり下がったと思うのどす。――何の、観音様が、――小児授けはしやはりやへん」
と拗ねたように頭を掉った。
また清之助は言葉を逸らせて、
「ああ、何て名だい、嬰児はんは」
「みさを」
と少し考えるようにして答える。
「女の操?」
「そうどすやろ」
「よく、つけたね、母さんが極道だから」
「え」
「巧く言っただろう。極道さ」
「知らん」
と、衝と褄を刎ねて、肩を撓らせながらすらすらと急いで登る。……初めて聞いた花やかな笑い声。
清之助も引き続く。
立ち向かった門の柱は、鏡とも瑪瑙とも思えるような光を放って、浮き出るように堆い。ここにおわす仁王尊は、鎌倉の住人運慶、一代の作と聞く。そうであれば、網戸を抜け出て、夜を破り、肩の辺りのがっちりとした肉体は、雲の中にもはっきりお見受けできるはず。
注1:清水寺を前にして、階段を数段登ったところ、左右両側に狛犬があるが、ここでは同じく『石橋』における赤頭白頭の獅子として描いているのだろう。
注2:琴責の阿古屋……浄瑠璃『壇浦兜軍記』三段目において、平景清の行方を捜す畠山重忠が,景清の恋人である遊女阿古屋に琴・三味線・胡弓をひかせ、その音色が乱れていないことから、嘘をついていないことを知る。
つづく




