表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
泉 鏡花「楊柳歌」現代語勝手訳   作者: 秋月しろう
19/29

泉 鏡花「楊柳歌」現代語勝手訳 十九

 十九


「三枚橋から黒門(くろもん)の石段は、まだ(あいだ)がある。……第一もっと賑やかです。……ここは誰もいない、寂しいね」

 と思わず言う。

 段に向かっている黒い影は、実際ここに二人の他にはなかったのである。その影の後を()すように、(とざ)した両側の小店が続いて――その所々に沈んでいる陰気な(ともしび)が、これも鴨川の水に映ったもののように思え、渡ってきた松原橋を思い出すが、もうそれは遥かな夢路のようでもあった。

「ほんにな、三千歳はんたちは可恐(おそろ)しおしたやろ……一人では来られへん」

 ()り寄ったのも可懐(なつ)かしく、肩を組むようにして(のぼ)り掛けようとするが……と、お桐の姿がふらっとして、どんよりとした白い(いしだん)に黒く動いた。

「ああ、待っておくれやす」

 カタリと駒下駄の軽い音。

「どうした」と同時に止まる。この人の足は、こんな風にして石を渡るにはなよやか過ぎるようである。今日は随分歩行(ある)かせた。……」

 清之助は片足を一段戻し、斜めに肩で肩を支える体勢で、

「さあ、もう一息、姫君、お草臥(くたび)れではあろうけれど……石の桟橋(かけはし)、それ石橋(しゃっきょう)を舞う勢いで(*能の曲目『石橋(しゃっきょう)』を暗示)」

 と励ましながら打ち笑う。……褄捌きをする()(すそ)のあとは、冷たい牡丹が開くようだ。見上げる空に(いしずえ)は消えて、雲の左右に(おど)れる獅子がある。(*注1)

 お桐の気は衰えず、

「あんたの方が幾度(いくたび)(つまづ)きやはって、(あて)(ちっ)とも弱りへん。けどな、(おもい)()いた。……ちょうどこの辺どしたえ。……一人でお参りに来た時にな、急にお(なか)が痛うなって、立つこともならんのどすせ。(だん)(かど)へつかまってな、師走の寒い暮れ方どす。……氷ついていたればな、――あの、お見やしたろ、三千歳はんやら送って行かはった、念仏堂のお爺はんが出て来やはって、(あて)をおぶっておくれやした」

「おぶった? あんな爺様が、どうしてね」

「ええええ、ええええ、と声掛けて、あないに見えはるけど達者どす。(あて)、肩にしがみついて、(せつ)のうおすけ、目を(つぶ)っていた。……産寧坂の下に、あの(こと)(ぜめ)阿古屋(あこや)はん(*注2)が()やはった言う茶屋があって、今貸席(*花街の「お茶屋」)どすせ。そこへやっと()て倒れた晩方、嬰児(やや)はんが出来やはったんえ」

「や、(はら)が痛いって、産気だったの」

 清之助は今も頼りなさそうに目を見張って、

「まあ、飛んだことだぜ」

 と驚いて言ったけれど、軽々しく言ってはいけない奇蹟をさえ感じたのであった。

「じゃ、嬰児(やや)はんは観音様の告子(もうしご)のようなものだ。大事にしなくちゃいけないね」と、少ししんみりする。

「嘘や! 観音様は鳥刺(とりさし)やないのえ。――そして(あて)のは爺様の」

 と、きまり悪そうに顔を(そむ)けて、

(あて)、願掛けしたよってな、苦しいお(なか)がすっとなって、切ない胸がすっきり下がったと思うのどす。――何の、観音様が、――小児(こども)授けはしやはりやへん」

 と()ねたように(かぶり)()った。

 また清之助は言葉を()らせて、

「ああ、何て名だい、嬰児(やや)はんは」

「みさを」

 と少し考えるようにして答える。

「女の操?」

「そうどすやろ」

「よく、つけたね、母さんが極道(ごくどう)だから」

「え」

(うま)く言っただろう。極道さ」

「知らん」

 と、()と褄を()ねて、肩を(しな)らせながらすらすらと急いで登る。……初めて聞いた花やかな笑い声。

 清之助も引き続く。

 立ち向かった門の柱は、鏡とも瑪瑙(めのう)とも思えるような光を放って、浮き出るように(うずたか)い。ここにおわす仁王尊は、鎌倉の住人運慶、一代の作と聞く。そうであれば、網戸を抜け出て、()を破り、肩の辺りのがっちりとした肉体は、雲の中にもはっきりお見受けできるはず。



 注1:清水寺を前にして、階段を数段登ったところ、左右両側に狛犬があるが、ここでは同じく『石橋(しゃっきょう)』における赤頭白頭の獅子として描いているのだろう。


 注2:(こと)(ぜめ)阿古屋(あこや)……浄瑠璃『(だんの)(うら)(かぶと)軍記(ぐんき)』三段目において、平景清の行方を捜す畠山重忠が,景清の恋人である遊女阿古屋に琴・三味線・胡弓をひかせ、その音色が乱れていないことから、嘘をついていないことを知る。


つづく

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ