20 魔法令嬢、ヒーローが強化されます。
「……それで、そのような弱い私に、どのような用件でしょうか。……例えば、これ以上、ルリエル嬢に付きまとうな、でしょうか」
ステッキの真意を推し量るような声色で、エリオットは言った。
仮にステッキの答えがYESでも、戦いでは足手纏いとなる弱い自分でも、自身の持つ最大の権力を使ってどのような手でもルリエルを守る、それがエリオットが決断していたことだった。
《あ。いえ、違います》
あっさりとステッキは返した。
「はい?」
王国の中でも学園の中でも完全無欠と名高いエリオットの、最も拍子抜けの声が出た。
《そもそも、あの空間に生身の人間が帯同してくださったということ自体が稀有なこと。あの靄が人体にいかに有害であるかということを分析できたことで、仮にこれ以上門が開いた時の人間界への影響を試算することが出来ます。体内に魔族側の魔力が取り込まれた時の分解プロセスが収集できたことも収穫。……お嬢様は既に人間とは異なる身体をしていますから》
少し鼻にかかった、少年とも少女とも分からない声は、一定の速度を保ったまま続けた。
《それから、》と続ける。
《『ああ素晴らしい。その苦悩。本来それこそが魔法少女に相応しい……』と我が主が咽び泣いています》
空気が一瞬止まった。単語の音は理解できるが、文脈は理解できないという状況だった。
「えっと、今、何と?」
《守りたいもののために戦うが、自身の力は未熟。屈強な敵の前に無力な自分……。その葛藤と内心で争うが、気丈に振る舞う様……青い春、美しい青葉…………》
「あの……壊れましたかね」
エリオットの部屋を跳ね回るようにして飛んでいく様を、やや青い顔をしてエリオットが目で追う。
《本来それを魔法少女で見たかったのですが……。しかし、魔法少女モノにいるヒーローの立ち位置として素晴らしい》
「……つまり?」
《我が主は、貴方を全面的に応援すると言っています》
「エルフ殿の協力を得られることは私としては至極光栄ではありますが……」
《お嬢様と同等の力を付与するには、諸々の適正値が異なりますが……しかし、間接的に付与するならば可能です》
「間接的に?」
エリオットは眉を上げた。
《はい。例えば、その剣です》
ステッキの先端に鎮座している鳥が、机の上の細剣へと向けられる。
《人間の肉体そのものにエルフの魔力を馴染ませるのは、現状では危険が大きすぎます。……可能なのは相当のフィジカル強者のみ。しかし、魔力を蓄積できる媒体を介し、限定的に力を行使するのであれば話は別です》
「つまり、この剣にエルフの魔力を?」
《そのようなものです。対魔族用の攻撃術式、それから防護術式。昨日の靄の解析が終われば、魔族側の魔力を遮断する術式も組み込めるかもしれません》
エリオットは机の上に置かれた細剣へ目を落とした。王太子という立場に合わせて拵えこそ上等なものだが、特別な力があるわけではない。そして今は、その刃のあちらこちらが無惨に欠けている。
《まあ、その剣でなくとも、我々の方で適した素材から作製することも――》
「いえ」
エリオットは細剣を手に取った。
「これを使っていただけますか」
《……随分と傷んでいますが》
「ええ。ですから、これが良い」
ルリエルを守りたい、そう思う一方で何もできなかった自分。しかし最後の最後に、この剣でルリエルへ迫った攻撃を逸らしたのはこの剣だ。
《承知しました。では、一度我が主の元へ送って解析を――》
「少し待ってください」
エリオットは剣を握ったまま、ステッキを見た。
「その術式が完成すれば、私は再びルリエル嬢と共に平行世界へ行けますか」
ステッキはすぐには答えなかった。
先ほどまで我が主の感想を嬉々として――いるようには声からは全く分からないが――伝えていた時とは異なり、僅かな間が空いた。
《昨日と同じ状態に陥る危険性は、大幅に下げられると思われます》
「では、」
《ただし》
平坦な声が遮った。
《お嬢様と同じように動けるようになる、という意味ではありません》
「……」
《お嬢様は変身中、その肉体そのものが擬似的に人間とは異なる状態にあります。対してエリオット殿下は、あくまで人間のままです。いかに防具に魔力を付与しても、武器を介して魔力を使用できるようになったとしても、それは変わりません》
「承知しています」
今度はエリオットが即答した。
《それに、付与できる魔力量にも上限があります。お嬢様のように本人の体力が続く限り魔法を展開出来るわけではありません。攻撃に使えばその分だけ減少しますし、防御に使っても同様です》
「つまり、使いどころを選ぶ必要がある」
《はい》
「十分です」
エリオットは僅かに笑った。この身でもルリエルを守れる可能性が広がるのであればそれだけで十分だ。自分でも戦える。それがエリオットにとって最も大事なことであった。
《……なるほど》
「何か?」
《我が主が再び泣いています》
「まだ泣いていたのですか?」
《『力の差を受け入れた上で、それでも彼女の隣に立とうとするヒーロー……最高……』とのことです》
「……」
エリオットは黙って天井を見上げた。
「ひとつ伺っても?」
《はい》
「貴方の主は、本当にこの世界を救おうとしている方なのですよね?」
《その点だけは間違いございません》
「その点だけ」
《その点だけは、です》
エリオットの中で一抹どころではない不安が生まれた。
とはいえ、使えるものを使わない理由もない。エリオットは鞘へと細剣を戻し、そのままステッキへ差し出した。
「お願いします」
《お預かりします》
白銀のステッキが細剣の周囲を一周した。淡い光が剣を包み、次の瞬間には跡形もなく姿を消す。
《靄の解析結果次第でお返しできるでしょう。ただ、それまでエリオット殿下には一つお願いがあります》
「何でしょう」
ステッキの鳥が、真正面からエリオットを見る。
《お嬢様には、この件は内密に》
「……なぜです?」
《我が主曰く、「ヒーローの新装備はピンチの時に初披露するもの」だそうです》
「…………」
長い沈黙が落ちた。
「構いません。こちらとしても、私が此のように苦悩していたことはルリエル嬢には話さないでいただきたいので好都合です。この夜のことは内密に」
《承りました。我々二人の秘密ということに致しましょう。……しかし、大国の王太子殿下という身分でありながらわざわざ此のような危険に身を投じるとは。人間とはかくも複雑な生き物なのですね》
その言葉を受けて、ふっとエリオットは笑った。
「単純ですよ。……自分が求めるものを絶対に手に入れたい、そのような欲望の一つですよ。そのためには、外交法令を違反して、人外に魂を売っても力を求めます」
不敵に笑う様は、普段通りの自信に満ち溢れた様子。大魔王よりも、大魔王している表情であった。
*
一方その頃、ルリエルの自室において。
「ルーモス! 明日からしばらく、夜勤がお休みですって!」
「それはようございました」
「これでしばらく学園生活を満喫できますわ!」
ルリエルは大層ご機嫌だった。
平行世界への再侵入は未定。門の巡回程度は必要になるだろうが、少なくとも昨日のように謎の巨大魔族に追いかけ回される予定は当分ない。
つまり、また普通の伯爵令嬢として生活することが出来る。
「そうだわ。明日はマリーと一緒にランチを食べようかしら。それから放課後はクラブの助っ人のお話もありましたわね」
「お嬢様」
「何かしら?」
「どうぞ、その平穏を大切になさってくださいませ」
「もちろんですわ!」
にこにこと笑う主人を見つめ、ルーモスは静かに頷いた。
何しろルリエルの平穏というものは、いつもあまり長続きしない。そして当のルリエルはまだ知らなかった。
翌日の授業に彼女が魔法による門の封印と同じくらい苦手としている――裁縫が組み込まれていることを。




