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魔法令嬢、辞めたはずですが?  作者: みつめみみ


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20/22

19 魔法令嬢、平行世界から帰還しました。②

《結論から申し上げます》


 翌日、ルリエルの私室には、ステッキとルーモス、それから昨日より随分と顔色の戻ったエリオットが集まっていた。

 テーブルの上には紅茶と焼き菓子が並んでいる。約束通り王宮専属の菓子職人によるものだ。安静に、と言われている身でありながら手土産だけは忘れない。そのスマートさは流石は王太子殿下、と言うべきなのかもしれない。


《当面の間、平行世界(パラレルワールド)への再侵入は中止します》

「まあ」


 ルリエルはクッキーを摘んだまま、ぱちりと瞬きをした。


「中止とは、どの程度ですの?」

《未定です。今回、こちらの想定との差異が多すぎました。認識阻害術式の持続時間、侵入地点と実際の地形、帰還座標のずれ。それから、人体に影響を及ぼしていると思われるあの靄。少なくとも、これらを再度解析した上で術式を組み直す必要があります》

「なるほど」


 ルリエルはクッキーを一口齧った。さっくりとさくさくしている。細かく砕いたナッツ類が仕込まれているかもしれない。ほどよい甘さで、とても美味しい。

 難しい話を聞く時には甘いものが一番である。


「殿下のお身体についてはどうですの?」

《こちら側に帰還してから体内に残っていた魔族側の魔力は急速に抜けています。数日もすれば問題のない状態まで戻るでしょう》

「そうですか」


 エリオットはほっとした様子を見せるでもなく、静かに紅茶へ口をつけた。


《ただし、次に平行世界(パラレルワールド)へ侵入する場合は、人間用の防御措置も必要になります。認識阻害だけでは不十分であることが分かりましたので》

「まあ。それは次回までに早く解消しないといけない事案ですね。殿下のお身体が心配ですし」


 あまりにも自然な返答に、ステッキが一瞬黙る。


《……次回もエリオット殿下はご同行なさるおつもりですか?》

「あら。そうなのかと思っておりました」


 ルリエルも特に疑問を持たず、6枚目のクッキーへ手を伸ばす。

 ルリエルの中で、エリオット殿下の存在は「なんかやべえやつ」なのには変わりはないが、しかしもう正体を知られてしまったいる上、秘密をバラそうとする気配もない。かつ、「なんか頭良さそうだなあ〜」という動物的尊敬の念を持っているからこそ、次も来てくれるのでしょう、ぐらいの気持ちでいた。何かあれば、自分が守れると。


「エリオット様が来てくださるなら、私もなんやかんや助かりますわ」

「…………光栄です、ルリィ」


 表面上は柔らかな笑みを浮かべて、7枚目のクッキーをルリエルに勧める。エリオットの表情のその翳りを、ステッキはちらりと眺めた。


 *


 その日の夜。自室へと戻ったエリオットは、椅子に腰掛けていた。

 机の上には一本の細剣(レイピア)が置かれている。それは昨日、平行世界へ持っていったものだ。鞘から引き抜くと、灯りを反射して細い刃が白く光った。刃の中程には、いくつもの欠けが出来ている。

 あの黒い鎖を逸らした時についたものだ。エリオットは指先でその傷をなぞった。

 目を閉じれば、昨日の光景は驚くほど鮮明に蘇ってくる。


「ふう……」


 あの真っ黒な空間に入ってから徐々に息が上手く吸えなくなり、身体に力が入らなくなった。頭では動かなければと思っているのに、思考すら少しずつ鈍っていく感覚があった。確実に、人の世とは理が異なる場所であった。

 それなのにルリエルは軽やかに走っていた。自分を抱えたまま、何の躊躇いもなく。真っ白で美しい姿のまま。


「……何が、邪魔にはならない、ですか」


 小さく呟く。それはルリエルと同行をするにあたって懇願するときに自分で口にした言葉だった。

 これまで、大抵のことは人並み以上出来てきた。剣の腕は王族の騎士団から直々に仕込まれたものであるし、体力、筋力ともに十分に備わっていると思っていた。

 魔法についても、それなり以上の知識は持っている。王家の人間として使える情報も、人脈もある。


「私は、何と傲慢だったのでしょう。驕っていたのでしょう」


 少なくとも彼女の荷物になることだけはないと思っていた。けれど、実際はどうだったか。

 自身は早々に弱っていき、対してルリエルは勇敢に魔族から逃げながら、自分の体調まで気に掛けていた。

 もしも彼女一人だったなら、もっと探索を続けることが出来たのではないだろうか。もっと早く逃げられたのではないか。もっと自由に魔法を使えたのではないか。

 あの門へ辿り着くまでの間も、自分のことなど気にせずに済んだのではないか。

 考えれば考えるほど、思い当たることは増えていく。


 その時、エリオットの部屋の窓が鳴った。


《……エリオット殿下。失礼しても宜しいでしょうか》


 ルリエルのステッキが一人……一本でエリオットの部屋を訪れてきた。


「ええ。どうぞ。貴方に何かおもてなしできるものがあれば良いのですが……」

《単刀直入に言います。エリオット殿下、貴方は悩んでいますね》


 一切の抑揚が無い淡々とした声が続いた。はっと、エリオットは動きを止めた。


《自分が望んで同行したはずなのに、自身の力が足りないが故に足手纏いになったにではないだろうか。お嬢様の力になりたい、そんな一心なのに。気持ちだけが先走って力が足りない自分が不甲斐ない。そんなところでしょうか》

「……」


 自身の内情をなぞるような言葉に、どのような真意が込められているのかがエリオットには理解ができない。


「……ええ。認めましょう。私は自分を過信していました。あわよくば、ルリエル嬢を守ることができるとさえ思っていました。しかし、それは誤りでした」

《自分は弱い存在であると?》

「……そう、ですね……」


 どんな状況でもルリエルは怯まなかった。あの悍ましい魔族と彼女は二年間も一人で戦い続けてきた、その絶対的な経験の違いが明らかだった。

 それに対して自分は……。


「ええ。私は何もできなかった。……未熟です」

《……》


 ステッキは黙っていた。いや、よく見るとプルプルと震えているようだった。


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