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Second-Life  作者: 杜音
第一部 第二の人生

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12/17

十一章 設計者

 翌日の昼過ぎ、滝本は社長室のデスクに積まれた資料を前にしていた。

 《Second Life Connect》の開発記録、過去のシステム更新履歴、《セカンド・ライフ》に関する厚生衛生省との共同研究資料。朝から目を通し続けているが、読み進めるほど分からないことが増えていく。

 会社へ戻った目的は、自分が何者だったのかを知るためだった。戸神尚人が《セカンド・ライフ》を作った中心人物の一人である以上、SAに戻れば何かが見つかると思っていた。自分が残した資料、自分が関わった研究、自分が決めたこと。それらを辿れば、少なくとも戸神尚人という人間が何を考えていたのかは分かるはずだった。

 実際に資料は大量にあったが、そこにあるのは戸神が働いてきた証で、戸神の記憶を探るものではなかった。

 一番期待していたのは、失った記憶を取り戻す方法を見つけることだった。それがあれば、問題はすぐに解決するはずだった。しかし、いくら資料を探してもそれが見つからない。

 滝本はタブレットに表示された文書を閉じ、椅子の背にもたれた。朝から同じ姿勢でいたせいか、肩が重い。窓の外には都心の街並みが広がっている。以前の自分は、この景色を毎日のように見ていたのだろう。だが、何度眺めても懐かしさはなかった。

「記憶を取り戻すのは無理なのか……」

 独り言が漏れた。

 記憶を戻す方法が記載されていないのは、そもそも不可能だからなのか。それとももっと別の場所に保管されている情報なのだろうか。

 机の上には、井川――遥に頼んで集めてもらった資料が並んでいる。もちろん社長として閲覧できる範囲のものだけだ。14階の共同管理区画に関する資料には今も制限がかかっているが、それ以外にも《セカンド・ライフ》に関連する文書はかなり残されていた。

 初期研究の概要。厚衛省との共同研究へ移行した時期の記録。実証試験の報告。施行後の経過観察に関する統計。本人確認や新しい身分情報を各種システムへ反映するための運用資料。対象者の個人情報を保護するための規定。どれも《セカンド・ライフ》という制度を構成する一部には違いない。

 しかし、それだけだった。

 部品はいくらでも見つかる。

 それらをどう組み合わせれば《セカンド・ライフ》になるのか、その全体像を示す資料がない。

 滝本は一つの文書を開いた。作成者の欄には戸神尚人の名前がある。十数年前に作られた技術資料で、記憶と感情反応の関連について記されているらしい。専門的な部分までは理解できなかったが、読み進めていくうちに、文書の途中から別の研究資料を参照するよう指示されていることに気づいた。

 参照先を検索する。

 資料は存在した。

 開いてみると、今度は別の実験記録へつながっている。その記録から、さらに別のシステム設計書へ。そこにも戸神の名前はあった。

 滝本は眉を寄せた。

 何かを隠しているようには見えない。むしろ逆だった。記憶の復帰以外に関して個々の資料は必要以上と思えるほど残されている。

 残されてはいるが、まとまっていない。そこに違和感を感じていた。

 扉がノックされた。

「どうぞ」

 遥が入ってきた。手にしていたファイルをデスクへ置くと、滝本の前に広げられた資料を見回した。

「いかがですか?」

「調べれば調べるほど増えるんだよ」

 遥はデスクの横へ回り、タブレットを覗き込んだ。

「何か分かりました?」

「分からないことが分かった」

「それ、何も分かってないってことじゃないですか?」

 遥が小さく笑った。その笑った顔を見て滝本はふと思う。もし運良く自分の記憶が戻ったとしたら、その時は遥に協力をするのだろうか。どの立場で……。

 滝本は一度頭を振って、デスクの上にある資料のいくつかを指した。

「これが初期の研究。こっちが厚衛省との共同研究。これは本人確認や身分情報の処理。こっちは施行後の経過観察。探せば、まだいくらでも出てくる」

「ずいぶんありますね」

「ああ。ありすぎるくらいだ」

「なら、何が問題なんです?」

 滝本は少し考えた。

「設計図がない」

「設計図?」

「言い方が悪いか。全体を説明するものがないんだよ」

遥が資料へ目を落とす。


挿絵(By みてみん)


「《セカンド・ライフ》がどういう制度なのかを説明した資料ならありますよね?」

「制度じゃない。仕組みだ」

 滝本はタブレットを操作し、先ほど見ていた文書を表示した。

「例えば、これは記憶に関する研究資料だ。こっちは施行後の対象者を追跡するための運用資料。別のところには新しい身分を発行するための手続きがある。それぞれが必要なのは分かる。でも、誰が、どういう考えで、それらを一つの《セカンド・ライフ》として組み上げたのかが見えない」

「つまり?」

「つまり、この資料だけでは《セカンド・ライフ》の装置を新しく作り、作用を変えることはできない。そう思えるんだ」

「14階の共同管理区画にあるんじゃ?」

「俺もそう思った。ただ、それにしては妙なんだよ」

 滝本は別の資料を開いた。

「共同管理区画が作られるより前の資料も同じなんだ。個別の設計書や研究記録は残ってる。でも、それらをまとめたものが見つからない。最終的に《セカンド・ライフ》の根幹を再構築するための設計図がない」

 遥はしばらく黙って画面を見ていた。

「九条さんに聞くわけにはいきませんね」

「今のところはな。記憶が戻ったことになってる俺が、『《セカンド・ライフ》ってどうやって作ったんだ?』とは聞けないだろ」

「一発でばれますね」

「だろ?」

 滝本はタブレットを閉じた。

「そして肝心の《セカンド・ライフ》がどういうものなのか、どういう機器を使用して、どう施行するかの資料がない。やはりこの部屋には《Second Life Connect》の情報と、《セカンド・ライフ》の末端の資料しかないのかも知れないな」

 遥が資料の一つを手に取る。

「でも、これだけのものを一人で作ったわけじゃないですよね」

「もちろん。むしろ関わった人間はかなり多い。だから余計に変なんだ」

「何がです?」

 滝本は背もたれから体を離し、資料を手に取る。

「これだけ大きなシステムなら、全体を把握するための資料が必要になる。少なくとも俺なら作る」

 口にしてから、滝本は自分で違和感を覚えた。

 俺なら作る。

 何を根拠にそう思ったのか分からない。

 遥も気づいたのか、わずかに目を細めた。

「……今のは?」

「分からん」

 滝本は苦笑した。

「また戸神の癖かもしれないな」

「それとも、滝本さん自身の考えかもしれません」

「どっちでも同じだろ。今は俺なんだから」

 遥は何か言おうとしたが、結局口を閉じた。

 滝本は再び資料へ目を落とす。

「今日はもういい。これ以上見ても同じだ」

「諦めるんですか?」

「休憩するだけだよ」

 立ち上がると、遥もファイルを抱え直した。

「じゃあ、コーヒーでも飲みに行きます?」

「いいな」

「深煎りのブラック?」

「それ、もういじるなよ」

 遥が笑った。


 店へ入ると、いつものように珈琲の香りが漂っていた。入口脇の真鍮のプレートには、《Memoria》と喫茶店の名前が刻まれている。何度も来ているのに、文字の意味を考えたのは初めてだった。

 店内は夕方には少し早い時間だったせいか、喫茶店に客の姿はなかった。

 滝本と遥がいつもの奥の席に座ると、マスターは注文を聞くこともなく二人分のコーヒーを用意し始めた。

「覚えられたな」

「これだけ来てれば覚えますよ」

 遥がバッグを隣の椅子へ置いた。

 しばらくしてマスターがカップを運んできた。滝本の前にブラックコーヒーを置き、遥の前にもカップを置く。

「どうも」

 滝本が礼を言うと、マスターは軽く頷いた。

 そのまま戻ろうとしたところで、遥が呼び止めた。

「マスター」

「ん?」

「ちょっといいですか?」

 男が足を止める。

「何?」

「パソコンのことで聞きたいことがあるんです」

 滝本は遥を見る。マスターも同じように遥を見た。

「僕、喫茶店の店主なんだけど」

「知ってます」

「だったら普通、パソコンの相談はしないと思うけど」

「でも、分かりますよね?」

 数秒、二人の視線がぶつかった。やがてマスターは小さく息を吐いた。

「客が来たら戻るよ」

 そう言って、空いている椅子を引いた。

 滝本は黙ってその様子を見ていた。

「二人、知り合いだったのか?」

「ええ、私の協力者です」

 滝本は手にしたマグカップを落としそうになった。

「協力者!?」

 マスターは遥を見てから、滝本へ向き直った。

「湯澤浩二」

「え?」

「僕の名前。そういえば名乗ってなかったと思って」

 滝本は一瞬遅れて頷いた。

「協力者、というのは……?」

「湯澤さんには、兄のことを調べていた頃から少し協力してもらっています」

 遥は開いていたPCを一度閉じた。

「主に、ネット上の情報を調べてもらったり」

 湯澤はカップへ視線を落としたまま、否定もしなかった。

「何者なんだ、この人」

「喫茶店のマスター」

「それは見れば分かる」

「昔、コンピューター関係の仕事をしてたらしいです」

「らしい?」

 滝本が聞き返すと、湯澤が口を挟んだ。

「覚えてないんだ」

 その言葉で、滝本は動きを止めた。

 補足するように遥が続ける。

「湯澤さんも《セカンド・ライフ》の施行を受けています」

 店内に流れていた音楽が、急に大きく聞こえた。

「いつから記憶がないんだ?」

「数年前かな」

 大したことでもない、というように湯澤は軽い口調で答えた。

「それで……過去を調べてるのか?」

「いや、別に」

 湯澤は即答した。

「興味がないわけじゃないけど、必死になって知りたいとも思わない。今の生活に困ってないし」

 滝本には、その言葉が少し意外だった。自分は目覚めてからずっと過去に引きずられている。知りたくないと思ったこともある。それでも結局、ここまで来た。

「じゃあ、どうして朝田さんに協力してる?」

「面白そうだったから、かな」

「それだけ?」

「それだけじゃ駄目?」

 湯澤は表情を変えなかった。

「それに、コンピューターを触るのは好きなんだ。昔何をしてたかは知らないけど、そういうのは残ってるみたいでね」

 滝本は湯澤の指先を見た。

 記憶を失っても、残るものがある。

 自分にも同じことが起きている。

「それで、パソコンの相談って?」

 湯澤が遥を見る。

「パソコンというより、システムです」

 遥はPCを再び開き、起動させた。

「昨日、Yumiという《Second Life Connect》のユーザーを見つけました」

「Yumi?」

「最近作られたアカウントです。ほとんど他の利用者と交流しないのに、かなりのお金を使っていて、昨日こんな言葉を残しました」

 遥は保存していた画面を表示した。


《Words fly away, the written remains.》


 湯澤は文字を見つめた。

「『言葉は飛び去るが、書かれた文字は留まる』か」

 湯澤はしばらく何も言わなかった。


挿絵(By みてみん)


「それだけ?」

「それだけです」

「なら、今のところ何とも言えないね」

 滝本は思わず笑った。

「俺と同じこと言ってる」

 遥が不満そうな顔をして続けた。

「ただ、兄が《Second Life Connect》を調べていたこともあって、気になってるんです」

「君は《セカンド・ライフ》と《Second Life Connect》に何かしらの接点があって、このYumiというのは何かしらの情報を提供していると、そう言いたいわけ?」

「それを調べてもらいたいんです」

 しばらく湯澤は遥の目を見る。

「そんな小説でもあるまいし」

 遥は不満そうに眉を寄せたが、反論はしなかった。代わりに、手元のコーヒーを一口飲んだ。

 湯澤はPCの画面から目を離し、滝本を見る。

「それで?」

「それとは別に、SAで《セカンド・ライフ》の資料を調べてる」

「社長として?」

「ああ、だが肝心なところには入れない」

 湯澤の眉がわずかに動いた。

「入れない?」

「14階に厚衛省との共同管理区画がある。俺のカードじゃ開かなかった」

「社長なのに?」

 滝本は頷いた。

「それに、閲覧できる資料を調べても妙なんだ」

 滝本は遥のPCを借り、会社から持ち出して問題のない資料だけを表示した。機密情報そのものではなく、文書の一覧と関連を自分なりにまとめたものだった。

「《セカンド・ライフ》に関する資料は山ほどある。研究記録も、システムごとの設計資料もある。でも、全体がない」

「全体?」

「どう説明すればいいかな……」

 滝本はテーブルの上に置かれたものを見回した。

「例えば、この店を作るとして、椅子の設計図もある。テーブルの設計図もある。厨房設備の資料もある。電気配線も水道も、それぞれ残ってる」

「でも、店全体の図面がない?」

「そういう感じだ」

 湯澤が画面へ視線を戻した。

「それぞれの資料は誰が作ってる?」

「ばらばらだ。研究者、技術者、厚衛省の担当者。SA側の開発者。戸神の名前があるものも多い」

「あなたの?」

「ああ」

 湯澤は少し笑った。

「自分で作ったものを、自分で探してるわけだ」

「笑うところか?」

「ちょっとだけ」

 滝本はコーヒーを飲んだ。

「ただ、これだけ大きな仕組みなら、誰かが全体を設計してるはずなんだよ。個々の担当者が好き勝手に作ったものを寄せ集めても、一つのシステムにはならない」

「そうだね」

 湯澤の返事は早かった。

「少なくとも、全体を把握している人間は必要になる」

「やっぱりそう思うか?」

「普通はね。全体の仕様を1冊にまとめるかどうかは別としても、各システムの関係を管理する資料は必要になる。そうじゃなきゃ、変更するたびにどこへ影響が出るのか分からない」

 滝本は遥を見た。

「ほら」

「私、否定してませんけど」

 湯澤は二人のやり取りを無視し、画面をスクロールしていた。

「これ、もう少し見せてもらっていい?」

「もちろん」

 遥がPCを湯澤の方へ向ける。

 しばらくの間、湯澤は何も言わなかった。画面を切り替える速度が速い。文書の題名を読み、作成年月日を確認し、作成者と参照先を見て次へ進む。滝本が朝から何時間もかけて眺めていたものを、別の角度から分類しているようだった。

 湯澤がPCを見ている間、遥に聞いた情報だとSAコーポレーションの情報を仕入れたり、秘書である井川沙織になりすますためにデータを弄ったのも湯澤らしい。

「本当に喫茶店のマスターか?」

「失礼だな」

「いや、褒めてるんだ」

「そうは聞こえなかったけど」

 湯澤は画面から目を離さない。

「これだけ?」

「会社から持ち出せるのはな。実際にはもっとある」

「じゃあ断定はできない」

「ああ」

「でも、変ではある」

 湯澤は一つの資料を開いた。

「ここに認証系の仕様がある。こっちには施行後の管理情報。別の資料には対象者の新しい身分情報を扱う仕組みがある。個別にはちゃんと作られてる。でも、これらがどのタイミングでどう連動するのかが書かれてない」

「俺が言ってるのはそれだ」

「ただし、資料がないとは限らない。あなたが見られない場所にある可能性もある」

「14階か」

「その可能性はあるね」

 湯澤はPCから手を離した。

「もう一つ考えられるけど」

「何だ?」

「最初から、全部を1か所に残してない」

 滝本は眉を寄せた。

「わざと?」

「分からない。ただ、こういう重要なシステムなら、全体の情報を一つにまとめること自体が危険になる場合もある。一つ盗まれれば全部分かるからね。担当ごとに情報を分けて、それぞれ必要な部分しか持たせないという考え方はある」

「じゃあ、全体を知ってるのは?」

「少なくとも誰かは知っていたはずだよ」

 湯澤は滝本を見た。

「設計した人間がいるならね」

 その言葉に、滝本は黙った。

 戸神尚人。

 資料の中で何度も見た名前だった。

 先日、下山が扱っていた古いシステムにも戸神の設計が残っていた。現在まで使われている仕組みの中にも、その痕跡がある。そして《セカンド・ライフ》の研究資料にも、何度となく戸神尚人の名前が現れる。

「俺、なんだろうな」

 口から出た。

 遥も湯澤も何も言わなかった。

「《セカンド・ライフ》を設計したのは、戸神尚人なんだろ」

「中心人物の一人だったことは間違いないと思います」

 遥が答えた。

「でも、戸神一人で作ったわけじゃない。なのに、戸神の資料だけを追っても全体が見えない」

 滝本はカップへ視線を落とした。黒い液面に店内の照明が揺れている。

「何を考えてたんだ、俺は」

 誰に聞かせるでもなく呟いた。

 答える者はいなかった。

 その後も三人は、遥が集めていた資料と滝本がSAで確認した内容を照らし合わせた。湯澤が加わったことで、それまで意味の分からなかった技術資料のいくつかは役割が見えてきたが、全体像が見えないという問題は変わらなかった。むしろ、分かれば分かるほど奇妙だった。

 記憶に関する研究。本人確認。身分情報の再構築。施行後の経過観察。対象者の管理。社会復帰支援。複数の仕組みが別々の場所で作られ、それぞれが《セカンド・ライフ》の一部として動いている。

 それらを結ぶ中心だけが見えない。

「パズルみたいですね」

 遥が言った。

「ピースはあるのに、完成した絵が分からない」

「箱の絵がないパズルだな」

 滝本が答えると、湯澤がPCを見ながら口を挟んだ。

「それでも、全部のピースがあれば完成する」

「全部あると思うか?」

「さあ」

 湯澤は肩をすくめた。

「足りないピースがあるのかもしれないし、目の前にあるのに気づいてないだけかもしれない」

 滝本はその言葉を聞きながら、テーブルに広げられた資料へ目を落とした。

 戸神尚人が作ったものは、どこかに残っているはずだった。滝本が忘れてしまったとしても、書類やデータまで一緒に消えるわけではない。

 それなのに、どれだけ探しても見つからない。

 そう考えたところで、ふと疑問が浮かんだ。

「なあ」

「何です?」

 遥が顔を上げる。

「戸神が、自分で残さなかったとしたら?」

「何をです?」

「完成した設計図だよ」

 湯澤も画面から目を離した。

「どういう意味?」

「分からない。ただ……これだけ資料があるのに、全体だけがないのが偶然とは思えなくなってきた」

「わざと残さなかった?」

「あるいは、残せなかったか」

 遥が腕を組んだ。

「でも、それなら戸神自身が困りませんか? システムを変更するときも、問題が起きたときも」

「そうなんだよ」

 滝本は眉間を押さえた。

「だから分からない」

 そこで会話は途切れた。店の入り口のドアが開き、鈴の音が聞こえた。新しく入ってきた客のために、湯澤が席を立つ。

「続きはまた今度」

「ああ。悪かったな、仕事中に」

「ちゃんとコーヒー代を払ってくれればいいよ」

「そこは取るのか」

「当たり前でしょ」

 湯澤はそう言ってカウンターへ戻った。

 滝本はその背中をしばらく見ていた。

「変わった人だな」

「そうですか?」

「君の周り、ああいうのばっかりなのか?」

「滝本さんも含めてですか?」

「俺は普通だろ」

 遥は答えず、コーヒーを飲んだ。

「何だよ、その沈黙」

「別に」

 滝本は苦笑し、もう1度資料へ目を落とした。

 大量の記録が残っている。技術も残っている。システムも動いている。そこに関わった人間たちも、まだ何人もいる。それなのに、《セカンド・ライフ》という巨大な仕組みを完成させた設計だけが見つからない。

 まるで、誰かが意図的に中心だけを抜き取ったようだった。

 滝本は無意識に、自分のこめかみに触れた。

 だが、それが何を意味するのかまでは考えなかった。

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