(9)どうしてこうなった。
支援要請の会談を行った翌日、ロンメル辺境伯より自分の娘にリバーシを教えてやってほしいと、次女のフローラ様を紹介された。
フローラ様はアルフレッドと同い年だと聞いたが、その容姿はあまりにも綺麗で落ち着きがあり、その所作ひとつひとつが大人びていてとても同じ歳には思えなかった。
フローラ様の姿を見た時、アルフレッドはあまりの綺麗さに息を呑み、言葉を失った。
腰まであるプラチナブロンドの髪、艷やかで透明感のある白い肌。
青く煌めく大きな瞳にスッと長いまつ毛。
鼻筋の通った綺麗に整った顔立ちに、こぼれるような笑顔。
鈴の鳴るような透き通った声はどこまでも耳心地が良く、ずっと聞いていたいと思わせられる。
ドレスから覗く胸元は大きく盛り上がっており、そこに収まりきらないたわわな双丘が、スレンダーな身体とのアンバランスな部分を際立たせ、より彼女の魅力を引き出しているようにさえ思えてしまう。
そして、その洗練された佇まいは、もはや綺麗という言葉だけでは言い表せないくらいものすごい美少女なのだ。
気がついたらアルフレッドは、フローラ様から目が離せなくなっていた。
実際にフローラ様を見たブルーノ子爵はすぐに魅了され、よだれを垂らさんばかりの食い付きを見せた。
だが、当のフローラ様に邪険にされ、ロンメル辺境伯からは白い目で見られ、その挙句屋敷の人達が何だかんだと理由を付けながら間に入って、段々と近づく事すら出来なくなり、終いには不貞腐れて部屋に閉じ込もってしまうほどだった。
……この時ばかりはブルーノ子爵がちょっとだけ憐れに思えたが、フローラ様の事を思えば、まあ当然と言えば当然か……
フローラ様はリバーシもすぐに覚え、途中からはアドバンテージがあるはずのアルフレッドに圧勝するほどの頭の良さを見せた。
機転が利いて頭の回転が早く、頭脳明晰、容姿端麗とはこういう人の為にある言葉だと本能で納得させられてしまった。
そうして今、リンドロット領へ向かう馬車の中で、アルフレッドはそのフローラ様と並んで座っていた。
「うふふっ、アルフレッド様のお宅にお邪魔するの、今からとても楽しみですわ。妹さんのミーシアちゃんにも早く会ってみたいです」
フローラ様は、ずっと鼻歌交じりでご機嫌な様子だった。
……どうしてこうなった?
「……その、フローラ様?本当にリンドロット領まで行かれるおつもりですか?自分で言うのもなんですが、リンドロット領には面白いものなど何もないですし、何より強力な魔物がいっぱいいて本当に危険ですよ……」
何度目になるか分からないアルフレッドの問いに、フローラは眉を寄せて口を尖らせ、めいいっぱい不機嫌そうな顔を作ってみせた。
「良いんです!私が行きたいと言ったら行くんですっ!アルフレッド様の生まれ育ったお家も見てみたいですし、アルフレッド様のご家族にお会いできるのも、今からとても楽しみですわ。それに、魔物ならお父様達が退治してくれるから心配ないですし、もしもの時にはアルフレッド様が私を助けてくれるのでしょう?」
胸の前で手を組み、キラキラとした瞳で見つめられるともう何も言えなかった。
実際、アルフレッドとフローラが乗っている馬車の周りには、先頭を行くロンメル辺境伯を筆頭に屈強な騎士団と魔法師団を含む150名の部隊が展開し守りを固めていて、その迫力には魔物も思わず逃げ出すほどだった。
また、たまに襲ってくる魔物も一刀のもとに斬り伏せられ、魔法の一撃で仕留められ、部隊は1度も足を止める事すらなく、統率が取れたまま、ただひたすらに前へ前へと進んでいた。
因みに、ロンメル辺境伯の後ろにはブルーノ子爵の部隊約50名が続いている。
リーゲル領都グランリゲルに立ち寄った際、ブルーノ子爵の部隊は、騎士5名を含むわずか15名しか準備されていなかったらしいが、ロンメル辺境伯の本気度を見て、慌てて追加招集をかけて集めたらしい。
その為練度も低く、辺境伯の部隊からどんどん遅れを取ることになって、やっとの思いで後から付いてきている状況になっていた。
「ふぅ~、分かりました。何かあれば必ずお守り致します。けど、無茶はせず危険な場所へは行かないと約束して下さいね、フローラ様」
フローラ様は言い出したら聞かない性格らしく、今回の視察の話を聞いたフローラ様が、私も行くと言い出した時も、ロンメル辺境伯は早々に同行を許可していたほどだった。
……その際に、ロンメル辺境伯がニヤリと笑っていたのは何だったのだろう……
「フローラ様、ここから先は少し馬車の揺れが激しくなってきますので、お気をつけ下さい」
「フローラ様、体調の方はいかがですか?この先の山を越えたらもうすぐ着きますので、あと少しだけ辛抱して下さい」
先ほどから、少しずつフローラ様の元気がなくなって来ている気がして、色々と話し掛けてみたが良い返事は返って来なかった。
……もしかして馬車酔いをしたのかな?それとも、やっぱりこんな山奥まで来た事を後悔しているのか?まあ、普通の15歳の女の子には、リンドロット領までの道のりは厳しいよなぁ……
これはどうしたものかと思い悩んでいたところ、フローラ様の方から声を掛けられた。
「アルフレッド様、先ほどからずっと思っていたのですが……」
「はい。何でしょうかフローラ様?」
「フローラです」
「……はい?」
「フローラです!フローラと呼んで下さいっ!アルフレッド様と私は同い年なんですから、様はいりません。敬語も止めて下さいっ!」
「い、いや!そう言う訳には……」
「良いんですっ!私が良いと言ったら、良いんですっ!!」
……えぇ〜……
「で、でも、フローラ様も私に敬語を使われているじゃありませんか?」
「私は良いんですっ!」
……えぇぇ〜、なんと言う理不尽……
「と、とにかくっ!私の事はフローラとお呼び下さい!せっかく同い年の友人が出来たのですから、もっと仲良くなりたいのです!」
……ああ、そう言う……
「はははっ、友人ですね。分かりました。いや、分かったよフローラ。これで良いかな?そう言う事ならこっちもアルって呼んでよ。仲の良い人達からはそう呼ばれてるからさ」
そう言うと、やっと笑顔になってくれた。
「はいっ!よろしくお願いします!アル様っ」
「はははっ、様はいらないよ」
「これはクセと言うかなんと言うか……おいおい直していきます」
そこからは2人で和気あいあいと会話が弾み、馬車が大きく揺れた際には、フローラがアルフレッドに抱きついてお互いが顔を赤くさせるといったやり取りなどがありながら、馬車は進んでいった。
それを間近で見ていた向かいに座ったお付きのメイドさんは、2人のやり取りをただただ微笑ましく眺めているだけだった。
「さあ、着きましたよ!フローラお嬢様」
お付きの騎士から声を掛けられ馬車を降りると、目の前にアルフレッドの家族が揃って出迎えてくれているのが目に入った。
大けがで思った様に動けない父親のジェイドまで、大工のガルドさんに付き添われて待っていてくれた姿を見て、アルフレッドは目頭が熱くなるのを感じて慌ててごまかした。
思えばリンドロット領を出てから、もう約ひと月が経とうとしていた。アルフレッドにとってこんなに長い間村の外に出ていたのは今回が初めてで、皆んなの顔を見た途端に緊張の糸が切れてしまったのだった。
「みんな……ただいま!!」
「「「お帰りなさい!!!」」」
皆の声が心に染みた。
「にぃ様、お帰りなさい〜」
妹のミーシアが飛びついてきて、頭をグリグリと擦りつけてきた。
はぁ〜、相変わらず可愛いのかたまりだぁ〜
「おー!ミーシアただいま〜!少し見ない間に大きくなったなぁ〜」
「え〜、そんなすぐに大きくならないよ〜」
ミーシアを抱き上げてクルクルと回ると、キャッキャッとはしゃぐ姿が愛おしくてたまらない。
あ~癒される〜
ミーシアはやっぱり天使だぁ〜
「……ねぇ、にぃ様。後ろにいる人は誰?」
……あ、ヤバっ、忘れてた……
それまで、後ろに控えて成り行きを見守っていたフローラがスッと前に出た。
「皆さま初めまして。私はロンメル・フォン・ブラッドレー辺境伯家の次女、フローラ・フォン・ブラッドレーと申します」
片足を斜め後ろに引き、両手の親指と人差し指でスカートの裾を軽くつまんで広げ、綺麗なカーテシーを見せた。
「……むぅ……にぃ様、あの人とにぃ様はどんな関係なの?」
「ん?ああ、フローラはお世話になってる人の娘さんだよ」
「……むぅ〜っ……フローラ……呼び捨て……」
「あなたがミーシアちゃんね!本当に可愛いっ!」
フローラが側に寄って来た。
「私はフローラ。アル様とは仲の良い友人よ!ミーシアちゃんも仲良くしてね!」
「……アル様?……仲良しの友人……」
ミーシアの目からハイライトが消えた。
その後、アルフレッドが何を話しかけてもミーシアの反応は薄く、ずっと冷たい視線を向けられるようになった。
⋯……どうしてこうなった?
「ミーシアちゃん、こんなのはどうかしら?」
「フローラ姉さますご〜い!私にも教えて〜」
翌朝目が覚めて食堂に行くと、いつも通りに戻っているミーシアとフローラが、仲良くお手製のアクセサリーを作っているところだった。
「これ完成したらミーシアちゃんにあげるね」
「本当!?フローラ姉さまありがとう!とってもうれしい!!」
……ん?フローラ姉さま?
アルフレッドが近寄って行くと、それに気づいたフローラはこぼれるような笑顔で朝のあいさつをしてくれた。
一方で、その姿を見たミーシアの目からは、またハイライトが消えるのだった。
……どうしてこうなったぁ!!!




