(8)交渉の手札を切ろう。
「もちろんタダでとは申しません。こちらをご覧ください」
アルフレッドは、持参した箱の中からあるモノを取り出した。
「ふむ。これは、先ほどのリバーシと同じ様な盤と駒……しかし、駒の形も違うし、盤も先ほどとはちと違うか……」
ロンメル辺境伯が、あごに手を当てて思案顔を見せた。
……どうでも良いけどロンメル卿、この思案顔ポーズ似合うよねー……
本当にどうでも良い。
「はい。こちはも私が考案致しました(違うけど)チェスと言うものでございます」
「……ほう?チェスとな?」
「はい、これも先ほどのリバーシと同じ様に相手と対戦して楽しむモノになっております。では、さっそく遊び方をご説明させていただきます――」
ひと通り遊び方の説明をすると、ロンメル辺境伯は得意の(違うし)あごに手を当てて思案顔になった。
「ふぅむ。これはリバーシよりも奥が深いか……戦略的なところが、より重要になってくるのか……」
「では、さっそく試しにやってみますか」
アルフレッドは、ロンメル辺境伯にあっさり勝つのはマズいか、でも考案者(違うけど)として初心者相手に苦戦するのもどうか……と、悩みながらチェスの駒を並べ始めた。
ふと顔を上げると、ロンメル辺境伯の向かいに、ちゃっかりとブルーノ子爵が座っているのが目に入った。
……い、いつの間に……この人、こういうところは抜け目ないよなぁ。まあ良いけど……
お?、いつの間にかズボンも着替えているし!何気に動きが素軽い。
……身軽なオーク……実は手強かったりして……
……ないな……
「チェックメイト」
「……ふーっ、ロンメル様、参りました」
対戦が終わった2人は、盤から目を離すと満足気な顔を見せた。
「ロンメル閣下、いかがだったでしょうか?」
「……うむ、面白い!実に面白いな!戦略を考えながら駒を動かすのは、戦に通じるところがあって中々に興味深かった!先ほどのリバーシも良いが、私はこちらのチェスの方がより楽しめる気がするぞ」
アルフレッドの問いに、楽しそうな顔を見せた。
良かった。これを作ってもらった時に石工のゼノさんが、「アル坊、ずいぶん面白れぇモンを考えたじゃねえか!俺もすっかりハマっちまったぜ!わはははっ」って豪快に笑ってくれたを見て、コレならイケると思ってはいたけど、実際にそう言って貰えると自信につながる。
「確かに、相手が思い通りに動かなかった時の対応など、戦時に役に立ちそうですな!さすがはロンメル様です。目のつけどころが私どもとは大違いです!!本当に素晴らしいですなぁ!!」
ブルーノ子爵は、揉み手になって必死にロンメル辺境伯を持ち上げ始めた。
……懲りないねこの人も……
「ロンメル閣下、実はこのチェスも商業ギルドに特許申請済みではあります。ですが、こちらの方はロイヤルティー契約を結んではおりません」
「……ほぅ。」
ロンメル辺境伯の目がギラッと鋭く光った。
「そして、先ほどの支援の見返りに、このチェスの製造と販売の権利を全てロンメル閣下にお譲りしたいと思います」
「何ッ!?それはまことかっ!!」
ガタッとイスから立ち上がるロンメル辺境伯の姿は、もはや当初の余裕のあるモノではなくなっていた。
特許権分をアルフレッドに支払ったとしても、製造と販売を一手に引き受けたなら、かなりの儲けになるのは確実なのだ。
しかも、これはこの国だけではきっと収まらない。他国でも絶対に流行る。興奮するなと言う方が無理な話だ。
「ロンメル閣下、これだけではございません。こちらも先ほどのリバーシと同じ様に、盤に魔力を注いで見ていただけますか」
アルフレッドの発言を受けて、ロンメル辺境伯がチェス盤に魔力を注いだ。
「おおっ!?」
「こ、これはっ!?」
チェス盤は、リバーシと同じ様に盤全体が青く光りだした。
その光り輝く盤は、盤目の黒い部分を際立たせ、また駒は淡いピンク色に光っていて、そこにあるだけで圧倒される様な美しさを誇っていた。
「……これは……何と美しい……」
2人は魅入られるようにチェス盤を見つめていた。
それはそうだろう。この世界にこんなに光り輝くモノなんてないだろうからね。電飾でも発明されない限り、こんなキラキラしたモノは他ではお目にかかれないだろうし、その気持ちは良く分かるよ。
……ん?電飾か……もしかしたら、これは儲けのネタになるかも……
「これは、わがリンドロット領でしか採れない白魔石を使用して制作したものでございます。そしてこれを、おふた方に3セットずつお渡ししたいと思います」
「……何っ!?私にもくれるのかっ!?」
ブルーノ子爵は、嬉しさを隠しきれない表情で立ち上がった。
「はい。わがリンドロット領からはブルーノ子爵の領地を通らないとどこへも行けません。今後ともお世話になりますので、その見返りとしてお渡ししたいと思います」
アルフレッドは、暗に通行料を何とかしてくれと投げかけた。
「……むぅ~……致し方ないか……」
アルフレッドの言いたい事は、しっかりとブルーノ子爵に伝わったようだ。
「それと、この白魔石で制作したチェスは、お渡しする計6セットが全てでございます。ここにある他はいっさいございませんし、今後も制作するつもりもございません」
「……ほう。そういう事か。」
さすがロンメル辺境伯だ。こちらの意図にすぐに気がついたようだ。
「えっと、ど、どういう……」
ブルーノ子爵は気づいていない様なので説明を続けた。
「きっとこのチェスは今後貴族の間で大流行するのは間違いないと思っております。これからしばらくしたら、多くの貴族達がチェス盤を所有する事となるでしょう。そうなればその後、貴族同士でチェスをして、相手に強さを誇りたがる者達が当然出てくるでしょう。もしかしたら、会談の前後や会食をしながらチェスをするといった場面も出てくる事かと思います」
ブルーノ子爵は、まだ分かってないか……
「その時、この光る特別製のチェス盤を見せたら、他の貴族の皆さんはどう思うでしょうか?欲しくても、どんなにお金を積んでも手に入らない、この国の王族ですら所持していないこのチェス盤を――」
ブルーノ子爵は、そこでやっと気がついたようだ。
アルフレッドはこれを政治の手段として使えと言っているのだ。
交渉を有利にする為にこのチェス盤を使っても良いし、誰かを味方に取り込む際に相手に送っても良い。王家に献上して覚えを良くしても良い。
その為に3セットずつ渡したのだと、アルフレッドは言外で伝えたのだ。
「……なるほどな。見事だアルフレッドよ。今回の支援の件しかと受け止めた。リンドロット領への視察も行う事を約束しよう」
おおっ!やった!!
これでやっと一歩前進だ!!
「よし、そうと決まればさっそく準備に取り掛かるか。おいっ、騎士団と魔法師団から選抜してリンドロット領へ行く部隊を組め。リンドロット領の魔物は強いと聞く、精鋭を連れて行くぞ!物資は多目に持て!出発は明後日だ!遅れるなよ!」
ロンメル辺境伯は、配下の者にキビキビと指示を出した。
「さて、ブルーノ子爵よ、そなたも自領に早馬を出して早めに騎士団に準備をする様に促しておいてくれ。5日、いや4日後には合流するぞ!」
「わ、私も同行するのですかっ!?」
驚いて飛び上がったブルーノ子爵をみて、ロンメル辺境伯は呆れたように言った。
「当然だろう。まさか卿は、これだけの物を貰っておいて、支援も何もしないなんて恥知らずな事は言わないよな?それにリンドロット領は卿の領地の隣だろう?いつ魔物達が溢れ出して来て、卿の領地へ向かうやも知れんのだぞ。そうならない為の視察でもあるのだ。行かない訳にもいくまい?」
「…………ぐぅっ、し、承知しました。」
ブルーノ子爵は、この世の終わりみたいな顔になって、供の者に指示を出し始めていた。
「それからアルフレッド男爵よ、そなたの供の者達はまだ街に滞在しているのだよな?男爵は私が責任を持ってリンドロット領まで送り届けるゆえ、供の者達を先に領へ帰らせて我々が領地へ赴く前に色々と準備をしておいてもらったらどうだ?」
「はっ、ありがたいご提案に感謝致します。さっそく指示を出して参ります」
アルフレッドは深々と頭を下げて、席を立った。
ロンメル辺境伯は、アルフレッド達が少しでもお金を使わない様に気を利かせてくれたのだ。
10人以上の人間が宿で寝泊まりしていれば、それだけでも馬鹿にならない金額が掛かるのを見越して手を差し伸べた事を、アルフレッドはしっかりと理解していた。
その夜、ロンメル辺境伯は執務室でひとり、あごに手を当て思考顔のまま、物思いにふけっていた。
……アルフレッド・リンドロット……あの男はいったい何者なのだ。本当に成人したばかりの十五歳なのか?
妙な落ち着き様といい、私やブルーノ子爵を前にしてもいっさい臆することもなく普通に接するあの胆力は十五歳にしては異常だ。
支援を求める為の手段として使ったチェスなどは、もはや大人顔負けの駆け引きだった。
しかもそれを完璧に使いこなして我々を安々と手玉に取ってみせた。
リバーシとチェス、アルフレッドは最初からこういう使い方をする為に考案したに違いない。
チェスをロイヤルティー契約しなかったのは、まさにその表れだろう。
そうだとしたら、何と末恐ろしい事か。
……このまま放置しておいたら、いつか危険な存在になるかもしれない。……それならいっその事、今のうちに……
いや、だが味方につけたのなら、これはかなり心強い存在になるな……
……ふむ。
うちのフローラはアルフレッドと同い年だったか……。
まだ、片田舎のしがない男爵になったばかりの現段階では早いのだろうが、手は打っておいても良いかも知れぬ……
……ふむ。
ロンメル辺境伯は執務室でひとり、変わらずあごに手を当て思考顔のまま、深く深く物思いにふけっていった。
やっぱり得意のやつやん!!




