(7)支援要請をしよう。
恐れながら申し上げます。私はこのリバーシの権利を、ロンメル閣下に献上する気はございません」
……シーン……
その場が、一瞬水を打ったように静まり返った。
「……なっ!?な、な、なっ!?あ、アルフレッドッ!!き、貴様ッ、何を言っているかッ!!」
我に返ったブルーノ子爵は、顔を真っ赤にして青筋を立て、フーフーと鼻息を荒げて激怒していた。
(……あれ、そのまんまオークだよな。森で会ったら間違えて討伐されちゃうんじゃないの?)
アルフレッドは、怒り狂っているブルーノ子爵を見て、呑気にもそんな事を考えていた。
「……ほぅ、そうか。それは残念よのう」
ロンメル辺境伯の渋い声で、アルフレッドもハッと現実に引き戻された。
「はい。恐れながら再度申し上げます。そもそも、リバーシは既に商業ギルドにて特許申請済みであり、商業ギルドとロイヤルティ契約も結んでおります。きっと今頃は、ギルド主導でリバーシの作製が始められて、販路も拡充している最中かと思います」
「……なに、それは誠か!?そこまで話が進んでいるものを私が権利を主張したりしたら、それこそ世の中の良い笑い者になるではないか!?ブルーノ子爵よ、これはどういう事なのだ?私に恥をかかせるつもりだったのか?」
ロンメル辺境伯の顔が怒りに変わった。
「……ひっ!?こ、これは、そのっ……既に商業ギルドに登録しているとは、つゆ知らず……」
「……ほぅ?ギルドへの登録を知らずに私に勧めたと?」
「ひいっ!?は、はいっ、申し訳ございませんっ」
ブルーノ子爵は、ロンメル辺境伯の圧に、完全に腰を抜かしている。
「それに、このリバーシの権利をロンメル閣下に献上するという話は、たった今、ブルーノ子爵から初めて聞かされたものであります。元々、ロンメル閣下の元へ男爵の任に就いたごあいさつに伺う際、このリバーシもいくつかお渡しするという話をブルーノ子爵にしたところ、子爵の方から、ロンメル閣下とは面識があるから自分に任せるようにと言われ、ここまで同行していただいただけでございます。それ以外の事は何も聞かされておりませんでした」
アルフレッドの説明に、ロンメル辺境伯の顔はみるみる怒りに染まっていった。
その一方で、ブルーノ子爵は真っ青な顔になり、ガタガタと震え始めていた。
「ブルーノ子爵!さてはアルフレッド男爵が考案したものを横取りして、私に取り入ろうと謀ったな!!これはれっきとした違法行為であり犯罪だぞっ!爵位をはく奪されるどころか、犯罪奴隷に落とされかねん行いだぞっ!!卿はそれを分かっていてやったのかっ!!しかもそれを、それをっ、この私に押し付ける様な行為をするとはッ!!貴様ッ!この私に犯罪の片棒を担がせようというのかっ!!私を犯罪奴隷にさせたいのかッ!!ブルーノ子爵よ、どうなんだッ!!」
「ひいっ!?ひっ、ひっひっ……」
イスから転げ落ちたブルーノ子爵は、ロンメル辺境伯の激しい怒りに、もはやまともに答える事すら出来なくなってしまっていた。
……あらら、ブルーノ子爵のズボンの股間辺りが濡れているんだけど、何かこぼしたのかな?
ん?何かプーンと臭ってきたぞ。早く着替えた方が良いんじゃないかなぁ。
あれ、着替えを手伝わされる人って、大変だよなぁ……
またもアルフレッドは、呑気にそんな事を思っていた。
「あっ、そうだ!実はロンメル閣下にお願いがあるのですが……」
「……ん?何?願いとな?私に出来る事なら相談に乗らせて貰うが……」
(……ひっ、ひいっ……こ、殺されるかと思った……ひっ、ひっ……)
アルフレッドの提案にロンメル辺境伯の意識がアルフレッドに移った事で、ブルーノ子爵はようやく息を継ぐ事が出来る様になり、心の底からホッとしていた。
「はいっ。実は、私が就任したリンドロット領は四方を山に囲まれて陽射しすらもまともに当たらない、人口も僅か100人に届かない小さな領地なのでございます」
アルフレッドはリンドロット領の現状を伝えた。作物が育たない事、何の産業も特産もない上に魔物だけはたくさんいる事、このままでは近い将来に領地が滅びてしまう危険性が非常に高い事を訴えた。
「……ですのでロンメル閣下には、ぜひとも我が領に支援をお願いしたいのでございます」
アルフレッドの必死の訴えに、また部屋の中はしんと静まり返った。
「ふむ。支援の話は分かった。して、どのくらいの支援を求めておるのだ?」
ロンメル辺境伯は、思案顔のままでアルフレッドに聞いてきた。
きっと、既に頭の中では色々と考え始めているに違いない。
「はい。支援のお願いとして、まずは先立つところで200人分の食料を5年間に渡り供給していただきたく」
「なっ!?200人分の食料を5年間だとっ!!」
アルフレッドの提案に、ブルーノ子爵が驚きの声をあげた。
それだけの食料を、あの山道を越えてリンドロット領まで持って行く事がどれだけ大変な事か、それだけでも相当な支援の金額になる事が容易に分かったのだろう。
「ほぅ?先ほどのアルフレッド男爵の話では、人口は100人に満たないと言っていたと思ったが、何故200人分の食料を望む?」
またロンメル辺境伯の目が厳しさを増した。
あ、またブルーノ子爵がビビりだした……。
「はい、この先、領地の発展を全力で進めていくつもりでおります。リバーシを思いついたのも(前世の記憶だけど)この領地を発展させるための資金を調達するのに、何か出来る事はないかと必死になって頭を捻って出て来たモノでございます。なのでこの先領地が発展していけば、必ず人口は増えてまいりますので、その分の食料も上乗せしてお願いした次第でございます」
「なるほど。で、その食料支援は5年間だけで良いのかな?」
「はい。5年後までには領地の発展も一定の結果を出せるかと見ております」
アルフレッドの説明に、ロンメル辺境伯は怪訝そうな顔を見せた。
「僅か5年で領地の発展に一定の結果を出せるのか?たとえば開拓なら、普通なら十年、二十年と時間を掛けていくモノだぞ?」
「はい。普通の事をやっていては、きっと我が領では百年経っても何も変わる事はないでしょう。なので色々今までとは違った事をして行こうと思っております」
「ふむ。アルフレッド男爵には考えがあるのだな……」
ロンメル辺境伯はまたあごに手を当てて、しばらくの間、思案顔になった。
「して、アルフレッド男爵よ、食料の件は分かった。だが、先ほどの話しぶりからすると、他にも支援を求めるモノがあるのだろう?」
さすがだ。こちらの狙いを良く分かっている。
「はい、もちろんでございます。我が領では現状、何もかもが足りない状態になっております。食料も、服も、物資も、魔物を退治する武器も、畑を耕す農具も、堀や柵を作る道具も、それらを行う人材も、本当に何もかもが足りていない状況なのです」
改めて口に出すと、領地の惨状に目を覆いたくなってしまった。
「ですので、叶うことなら、ロンメル閣下にはぜひ一度リンドロット領を視察していただき、支援の内容を決めていただければと思っております」
「……ほう。私に領地へ来いと?」
「はい。もちろん領地がこの様な状況ですので、ロンメル閣下を満足に接待させていただく事すら出来ません。危険な魔物もたくさん出ます。実際に私の父は、変異種の赤毛斬牙熊に遭遇して重傷を負い、領主を引退に追い込まれました。ですが、それでも現状を見ていただきたいのです」
「なっ!?あ、赤毛斬牙熊だとっ!!そんな危険な魔物が出るのかッ!!」
ブルーノ子爵が目に見えて狼狽え出した。
アルフレッドは、ここが正念場だとグッと腹に力を込めて背筋を伸ばし、踏ん張った。
「もちろんタダでとは申しません。こちらをご覧ください」
アルフレッドは、箱の中からあるものを取り出した。




