(6)ロンメル・フォン・ブラッドレー辺境伯。
結局、ブルーノ子爵の屋敷を出たのは、あれから3日後の事だった。
その間、アルフレッドは屋敷の中で本当に退屈な思いをしていた。
ただ、ブルーノ子爵とは1度も顔を合わせる事がなかったのが、唯一の救いだったかもしれない。
また、初日にメイドのマリベルさんが夜伽にやって来たが丁重にお断りした。
とても綺麗な娘だったので勿体なかったけど、ブルーノ子爵の屋敷の中でなんか迂闊な事は出来ないからね。
万が一にでも、あんなヤツに弱味を握られるような事になるのだけは、絶対に避けておかないといけない。
それに、マリベルさんも断わった後あからさまにホッとしていた。
それはそうだろう。マリベルさんも多分どこかの貴族の娘のはずだ。子爵家でメイドとして奉公し、いつかは名のある家に嫁ぐのが本来の目的であるのは間違いない。
それが、命令とはいえ良く分からないド田舎の男爵なんかに抱かれてしまったら、その時点でマリベルさんの将来は終わってしまう。
婚姻前に別の男と同衾するなんて、貴族としてはあり得ない事とされているのだから。
望まない形で、女性の将来を壊すなんて気分が悪いからね。あーやだやだ⋯⋯
そんなこんなで、退屈な3日間を過ごした後、ようやくブラッドレー辺境伯領へ向けて出発。
さすがは領都グランリゲルからブラッドレー辺境伯領へ続く道だけの事はあって、どこまでも整備された道は馬車の揺れも少なく、快適な道のりだった。
そして5日後、いくつかの町や村を経てブラッドレー辺境伯領に入ると、さらにそこから2日をかけて、ようやく領都セントフォレスタにたどり着いた。
それから数時間後、さっそくロンメル辺境伯より夕食会の招待を受けた。
いくら事前に使者を送っていたとはいえ、着いたその日に面会出来るとはロンメル辺境伯のフットワークの軽さには驚かされる。
ブターノ……じゃない、ブルーノ子爵とはえらい違いだ……。
「おお!おふた方とも良くぞ来られた。別室に食事を用意させてあるので、今宵はゆっくりしていかれよ」
まさか、辺境伯の屋敷に招かれてから、僅か10分でロンメル辺境伯本人に会えるとは……
本当にフットワークが軽い。どっかのオーク……ゴホン、どっかの誰かとは本当にえらい違いだよ。こういうところを見習おうとか思わないのかね……。
3時間も無駄に待たせるとかありえないわ……はぁ……
ロンメル辺境伯は、見た目40代後半くらいだろうか?
精悍な顔立ちに鋼の様に鍛え抜かれた身体は、2メートル近い身長と相まってものすごい威圧感があった。
「お初にお目にかかります、ロンメル閣下。本日はお招きいただきまして、ありがとうございます。私はこの度、父に代わりリンドロット男爵領の領主に叙任されました、アルフレッドと申します。まずはごあいさつをと――」
「そうそう!ロンメル様。実は本日、珍しいモノをお持ちしたのです!ぜひとも見ていただきたいと存じます。ほらアルフレッド、さっさとアレを出さないか!!」
横からブルーノ子爵が口を挟んでくる。
……こいつ、ひとのあいさつの邪魔をしただけでなく、何を勝手な事を言い出してるんだ?しかもずいぶんと偉そうに……
イラッとしたが、ここはグッと堪えた。
「ほう、珍しいモノとな?アルフレッド男爵よ、良ければぜひ私にも見せてはくれぬだろうか?」
それに引き換え、ロンメル辺境伯は見た目に反してすごく物腰の柔らかい人だ。
覇者の余裕みたいなものまで感じられる。この人は本物だ……
「はい、承知致しました。本日お持ちしたのはリバーシと申しまして私が(前世の記憶だけど)考案いたしました嗜好品になります。遊び方は――」
「ロンメル様、論より証拠!私がロンメル様と対戦しながら説明させていただきます!ささっ、まずはこれをこうして――」
……こいつ、また邪魔をして来た……いったい何がしたいんだ……
「ほぅ!これは面白いな。一見すると単純な様でも、実に良く出来ている」
対戦が終わると、ロンメル閣下は感心の目をアルフレッドに向けた。
「ろ、ロンメル様!このリバーシ実はこれだけではございません。この盤に魔力を注ぐと、ほらこの様に光るのです!」
ブルーノ子爵は自ら盤に魔力を注ぎ、光り輝いた盤を、さも自分の手柄の様にふんぞり返ってロンメル辺境伯に見せびらかした。
「おおっ!?これは素晴らしい!!まさかこの様な仕掛けがあるとは……」
「おお!ロンメル様に喜んでいただけて、このブルーノ感激でございます。つきましてはこのリバーシの全ての権利を、ロンメル様に献上させていただきとうございます」
………………は?
何言ってるんだこのオークは……
「ほぅ?このリバーシの権利を私に献上するとな?私としては嬉しい提案ではあるが⋯⋯アルフレッド男爵よ、私が受け取っても良いのか?」
ロンメル辺境伯の目が、真意を図る様にアルフレッドに向けられる。
「もちろんでございます!普段から、私ども西部の貴族達を纏めていただいているロンメル様には、感謝の念が絶えないところでございます。そのロンメル様に喜んでいただける栄誉を賜われるなど、これほど幸せな事はございません」
暑くもないのに大粒の汗を流しながらブルーノ子爵は揉み手をし、ニチャアっといやらしい笑みを浮かべてさらに続けた。
「ロンメル様、このリバーシが世に出たら、きっと誰もが我先にと飛びつくでしょう。そうなればどれだけこのリバーシを制作しても、販売が追いつかなくなるのは明白です。ロンメル様の領地だけではもしかしたら、いやきっと制作が間に合わなくなる事が想定されます。そうなった際には、我がリーゲル子爵領へぜひとも制作の依頼を出していただきとう存じます。その暁には、不肖ブルーノが全力をもって応えさせていただきましょうぞ!!」
……そうか、こいつの狙いはそこにあったのか。リバーシをロンメル辺境伯に献上する事で恩を売り、自分の領地でリバーシを製造する事を認めさせて利益を得ようとの企みだった訳か……。
自領が儲かり、ロンメル辺境伯にも覚えが良くなる。まさに一石二鳥ってわけか。
……だけど……
「ふむ。アルフレッド男爵よ、もう一度尋ねるが、本当に私が権利を貰っても良いのか?」
ロンメル辺境伯の目が、探るようにこちらを見てくる。
「もちろんでございます!何度も申し上げますが――」
「ブルーノ子爵よ、私はアルフレッド男爵に聞いているのだ。そなたは少し黙っていてはくれまいか」
「……ぐっ……し、承知致しました……」
ブルーノ子爵は、ロンメル辺境伯の眼力に押され、すごすごと引き下がっていった。
「して、アルフレッド男爵よ、どうなのだ?」
ロンメル辺境伯は厳しい顔をしたまま、アルフレッドに鋭い視線を投げつけた。
「恐れながら申し上げます。私はこのリバーシの権利を、ロンメル閣下に献上する気はございません」




