(5)ブルーノ子爵はほくそ笑む。
翌日、アルフレッドはさっそく、ブルーノ・リーゲル子爵の屋敷を訪問した。
「うーん、このお茶美味しいな。やっぱり茶葉が違うんだろうけど、淹れ方もあるんだろうな。あんな高そうな茶器見たことないや。それにこのクッキー、サクサクとしていてバターの芳醇な香りが口の中いっぱいに広がって、本当に美味しい。妹のミーシアにお土産として持って行ってあげたいなぁ、言えばくれるかな?」
部屋の隅に控えているメイドの方をチラッと見た。
まだ10代中頃と思えるそのメイドは、お茶がなくなると音もなくスッと寄ってきてはお代わりを注いで、また後ろに音もなくさがっていった。
無駄な動きが一切なく、まさに洗練されたメイドという感じだった。
うちのリナには悪いけど、メイドとしての格が全然違う。さすがとしか言いようがない。
それにしても、アルフレッドが部屋に通されてから、かれこれ3時間が過ぎようとしている。
貴族は主人の権威を誇示するため、待たせることで相手に心理的優位性を印象付け、格の違いを見せつける為にわざとこういう事をするらしい。
分かっていたが、それにしても長すぎる。腹でも痛めているんじゃないかと心配してしまうくらいだ。
……あのメイドさんも、3時間ずっと立ちっぱなしで大変だろうなぁ……
はぁ、無駄な事するよね……
やれやれだよと思っていたところで、ようやく部屋のドアが開き、ブルーノ子爵が入って来た。
アルフレッドは立ち上がって右手を左胸に当て頭を下げた。
「ブルーノ・リーゲル子爵閣下、本日は面会を許可して下さいましてありがとうございます。私はこの度、隣領であるリンドロット領の領主として新たに叙任されましたアルフレッドと申します。本日まずは顔見せといたしまして、ごあいさつに伺わせていただきました。何分若輩者ですので、どうか今後ともご教示賜りますようよろしくお願い申し上げます」
丁寧にあいさつの言葉を述べ顔を上げると、つまらなそうな顔を隠しもせず、ソファーにドカッと腰を下ろしたオーク?……いや、豚?……
じゃなくブルーノ子爵がそこにいた。
でっぷりとした締まりのない身体に、脂ぎった顔。3重あごの下に三毛猫3匹くらいは隠せそうだぞ。
そんな身体に、ネックレスや指輪など装飾品がこれでもかと、ゴテゴテと付いている姿は滑稽にしか映らなかった。
ブルーノ子爵はゆっくりと葉巻きを咥え、1度大きく吸ってから盛大に吐き出した。
……何だか、大きなガマガエルがタバコを吸ってるみたいだ……
思わず吹き出しそうになるのを必死に堪えているアルフレッドに、面倒くさそうな声が飛んできた。
「……それで?私はこれでも忙しい身でな。まさか貴様は本当にあいさつだけしに来た訳でもあるまい?」
アルフレッドの足元に置いてある箱に目をやりながら、貰えるものがあるなら早く寄越せと言わんばかりの態度を見せた。
……ブルーノ子爵の噂は色々聞いていたけど、ここまでとはなぁ。まあ、今日のところは大人しくしておくか……
「はい、男爵に叙任されたごあいさつと共に、ブルーノ子爵閣下にはこちらをお納めさせていただこうと思いまして」
アルフレッドは、箱の中からリバーシを取り出した。
これは盤も石も、リンドロット領でしか採れない白魔石を使った高級品に仕上げたモノであった。
「こちらはリバーシと申しまして、私が考案した(前世の知識だけどね)ゲーム、嗜好品で御座います」
「……ほう?貴様が考案しただと?」
「まずは使い方をご説明いたします」
そう言うとアルフレッドは、子爵の後ろに控えていた執事と思わしき若い男性を子爵の相手にさせて、実際に対戦しながら説明をしていった。
「……こ、これは面白い!!アルフレッドと言ったな!これは面白いぞ!!」
「ありがとうございます。それとこのリバーシにはちょっとした仕掛けがございまして、盤に魔力を注いで見ていただけますか?」
ブルーノ子爵に命じられ、執事と思わしき男性がリバーシに魔力を注ぐと、盤全体が淡い青色に光り出した。
また、石の方もそれぞれの白と黒に淡く光り出して、盤上がとても煌びやかに輝いていた。
「おおっ!こ、これは……」
「これなら、暗い夜にでもお楽しみいただけるかと思い、趣向を凝らしてみました」
そう、白魔石には魔力を注ぐと淡く光る性質があるのだ。採れる場所によって光る色も違うのだが、何せ淡くしか光らない為灯りとしては役に立たず、今まで使い道がなかったのだ。
……しばらく、ブルーノ子爵と執事の男性はポカンと口を開けたままだったが、我に返ったブルーノ子爵は急に立ち上がると、アルフレッドの肩を掴みブンブンと揺すりながら叫んだ。
「素晴らしい!素晴らしいぞ、アルフレッドよ!これは素晴らしい!!本当に、何と素晴らしいモノか!!」
ブルーノ子爵は鼻の穴を大きく膨らませ、鼻息も荒く興奮を隠せずにいた。
しばらく興奮していたブルーノ子爵は、ハッと何かに気づいた様にアルフレッドを見た。
「そ、そうだ!アルフレッドよ、貴様これをロンメル辺境伯様には、もうお見せしたのか?」
「いえ、これから辺境伯様のところへ向かい、男爵に叙任されたごあいさつをしながら、お渡ししようと思っておりますが……」
それを聞いたブルーノ子爵は、ニチャアっといやらしい笑みを浮かべた。
「そうか、それならそのあいさつに、私も同行してやろう。なに、ロンメル辺境伯様はお忙しい方だ、本来であればお会いするのも中々難しいところではあるが、私がいればお会いするのも難しくなかろう。あいさつも、全て私に任せておけば良い。私が一切を取り持ってやろうではないか。グフフフ……」
ブルーノ子爵の有無を言わせぬ物言いに、言葉も出ずにその真意を探っていると、話はどんどんと進んでいってしまった。
「おい、さっそくロンメル辺境伯様に使者を立てろ!もちろん早馬でだぞ!めいいっぱい飛ばせよ!!」
「アルフレッドよ、出発の準備が整うまで我が屋敷に留まるが良い。準備が出来たら声を掛けるから、それまではゆっくりとしていて良いぞ。マリベルよ後の事は頼んだぞ」
「はい。かしこまりました」
この部屋に入って来た時からいた若いメイドにアルフレッドの世話を任せると、ブルーノ子爵はさっさと部屋を出て行ってしまった。
グフっ、グフフフっと、気持ち悪い笑い声をあげながら……




