(4)ナタリーさんとの駆け引き。
その日の夜、アルフレッドは領都グランリゲルで1番人気の高級レストランの個室にいた。
「ふふっ、来ていただいて感謝申し上げますわ。アルフレッド様」
「こちらこそ、ご招待いただきましてありがとうございます、ナタリーさん」
そう、今アルフレッドの目の前にいるのは、昼間商業ギルドで対応してくれたナタリーさんだった。
宿に戻った後、ナタリーさんからここの高級レストランへの招待があったのだ。
招待を受けたのは良いがその後が大変だった。
ドレスコードに見合った服や靴を買いに奔走したり、身体を清めて身なりを整えたり、髪の毛をセットして貰いに走ったり、マナーのおさらいをしたりと、待ち合わせ時間ギリギリまでドタバタする羽目になってしまったのだ。
「ふふっ、アルフレッド様、今夜の装いとても素敵ですわ」
あー、これは慌てて準備したのバレてるね。
それもそうか。服を買ったのも、靴を買ったのも、髪をセットしたのも、みんな宿で紹介して貰ったところだったけど、そういう所はきっと全部商業ギルドに入っているんだ。
そこをド田舎の貴族が利用すれば情報はすぐに伝わるか⋯⋯ちょっと考えれば分かる事だよね。
まあそういうふうに行動したから、別に良いんだけどね。
「ナタリーさんも、とてもお綺麗ですね。昼間のカッコ良い感じも良かったですけど、青のドレスが髪の色に合っていて本当に素敵です」
ナタリーさんは、ショートカットのパープルブラック色の髪と合わせた肩を出した青のドレスと、同じ青を基調としたイヤリングとネックレスという装いで、それがもの凄く似合っていた。
改めて見ると、大きな瞳にスッと通った眉に整った顔立ちをしていて、とても綺麗な人だ。
1度そんな事を意識すると、ドキドキが止まらなくなってしまった。
「あら、アルフレッド様はお若いのに女性を褒めるのがお上手ですね。どこでそんな手練を覚えたのかしら?」
前世の記憶ですとはさすがに言えない。
「思った事をそのままお伝えしただけですよ。来たこともないこんな高級なレストランで、さらにこんなに素敵な美女と2人きりで食事なんて、緊張し過ぎてさっきから震えが止まらない程なんですから、手練なんてとんでもないですよ」
「ふふふっ、本当にお上手ですね。私みたいな者にそんなに気を使わなくても良いですよ。それに先ほどからマナーは完璧ですよ。本当に緊張なさっているのですか?」
「はははっ、それは良かった。マナーでお見苦しいところをお見せしなくて本当に良かったです。それと、私みたいな者ってナタリーさんは本当に綺麗ですよ。それに貴族ですからこういう事は言われ慣れているのではないですか?」
「……貴族なんて言われてもね。子爵家に生まれたとは言え私は愛妾の娘、しかも三女なの。うちには正妻と側室の子供達だけで7人もいるし、私は政略結婚の道具にすらならない邪魔者扱いなのよ。だから25歳にもなって今だに独り身だし、縁談の話すら来ないわ」
この世界では、早い者は成人になった15歳で結婚する事も普通で、20歳を過ぎれば世間では行き遅れ扱いなってしまうのが常識になっていた。
「……そんな。ナタリーさんほど綺麗な人で、仕事もあれだけ出来るんだから引く手数多だと思うんですけど……」
「ふふふ、本当にお上手ね。アルフレッド様は本当に15歳なの?すごく落ち着いていて、私より年上と話しているみたいよ」
「あはは、緊張し過ぎてカチコチに固まってますからね。それが逆にそう見えるだけなのではないですか?」
「うふふ、そういう事にしておきましょうか」
前世で、飲み屋のお姉さん相手に磨いた技がこんなところで役に立つとは思わなかったよ。
その後は、お互い取り留めのない会話をしながら食事を楽しんだ。
冗談を言って笑い合ったりして、最初の頃の堅苦しさはなくなり、大分リラックスしていられたと思う。
ナタリーさんはワインを飲んで顔がほんのりと赤く染まっていて、それがまた妖艶さを漂わせる事になって、アルフレッドは終始ドキドキさせられっぱなしであった。
「わ、私、歩いて帰れるから大丈夫ですよ」
食事が終わり店の外に出た時、そこに停まっている馬車を見てナタリーさんが戸惑っていたが、笑顔で押し込んで見送った。
ナタリーさんが1度席を離れた隙に(トイレか化粧直しか)お店に頼んで送迎の馬車を用意して貰っていた。
前世で接待の時に、最後はタクシーを手配していた事を思い出して頼んでみたが間違ってはなさそうで良かった。
「ふぅ~、何だか疲れたな。食事をするだけで金貨100枚も使ってしまった。それだけあれば、うちの村だったら何年も遊んで暮らせるのになぁ⋯⋯まあ、ナタリーさんの狙いはこれだったんだろうし、服や靴は明日もこのまま使えそうだし、今回はこれで良しとするかな」
アルフレッドはひとりゴチて、宿に歩いて帰って行った。
「……あの子、なんなのよ。終始とても15歳とは思えない落ち着きだっただけでも驚きなのに、最後はこんな馬車まで用意してくるなんて……こんな事、初めてよ……」
ナタリーは、はぁ〜っと何度目かのため息をついた。
最初は、田舎から出て来た、貴族とは名ばかりのお坊っちゃんが急に手にした大金で舞い上がってるうちに、私の馴染みの店にお金を落とさせるだけの計画だった。
今までにもこういう事は何度もあった。
貴族のお坊っちゃんや商会のボンボンなど、急に大金を使えるようになったプチ成金みたいな者達が商業ギルドに来た時は、今日の様に食事に誘ったり知り合いの店を連れ回したりして、お金を落とさせていた。
中には調子に乗って身体の関係を迫る者も少なからずいたけど、私はそんなに軽い女じゃない。
連れ回すお店も知り合いのところばかりだから、危ない目に遭う事もなく、そこは上手く躱せていた。
今回も、成人したばかりの15歳の田舎から出て来たお坊っちゃんに、ちょっとだけ良い夢を見せながら、世間の厳しさを教えるくらいのつもりでいた。
実際、思惑通りに進んでいたはずだった。
あの子が宿で紹介された店は、服屋も靴屋も髪をセットするのも、全部私の顔馴染みの店だった。
レストランで顔を見るまでは、いつも通りの、なんてこと無い世間知らずな田舎者のお坊っちゃんを軽くあしらって、手玉に取るくらいにしか思っていなかった。
……けど、あの服装に靴、それに食事の途中で勧められたあのワイン……全部私の想定外の高級品を揃えてきた。
しかも、その辺の成金がやる様なただお金をかけてチャラチャラするのではなく、所謂本物をさり気なく選んで来た……。
その上、帰りにはこの馬車の手配まで……。
多分、あの子は私の狙いに気が付いていた。
分かっていてそれに乗ってきた上に、さらにその上をやって来た……本当に、なんなのよあの子は……。
しかも、会った時から私が馬車に乗り込むまで、あの子はただの1度も私を下品な目で見てくることはなかった。
十五歳にして、あの落ち着き様にスマートで真摯な振る舞い……。
あの子はきっと大物になる。
私の勘が、あの子を離してはいけないと言っている。
うかうかしていると、すぐに誰かに取られてしまう。
そうなったらきっと後悔する。
私の人生で、1番後悔する事になると私の本能が警告している。
何ならさっき私が馬車に乗り込む時、あの子がほんの少しでも私に下心を見せていたら、正直、今夜あのまま抱かれても良いとさえ思ってしまっていた。
……まだ、そういう経験はないけど、あの子だったら……
まあ、ちょっとだけかっこ良かったし……。
ナタリーは、馬車の中でひとり顔を赤くしていた。
とにかく、何としてもあの子を捕まえておかないとだわ。きっとまたギルドに来た時に会えるはず。その時には必ず……
はぁ……
私がもう少し若かったら……
ナタリーは、もう何度目になるか分からないため息をついて、自宅へ戻って行った。




