(10)リンドロット領の視察。
翌日、アルフレッドは朝からロンメル辺境伯を筆頭に視察団を引き連れ、領内を案内して回った。
因みに、昨夜はロンメル辺境伯とフローラ、そのお付きの者達はアルフレッドの家に泊まった。
ブルーノ子爵は供の者達と村の集会所に手を入れそちらに宿泊し、それ以外の者達は持ち込んだテントでの寝泊まりとなっていた。
「……ふむ。これであらかたは見て回れたようだな。状況が思っていた以上に深刻だと言う事は良く分かった。アルフレッドよ、しっかりと支援する故、安心するが良い!」
「はっ。ありがたきお言葉しかと受け止めました。支援が届くのを心からお待ちしております」
「うむ。任されよ。して、ブルーノ子爵よ。卿の方は支援の算段は付いておるのか?」
「うひっ!?は、はい!それはもう、しっかりとやらせていただきます!はいっ!」
ブルーノ子爵は、このリンドロット村に着いてからずっと、なんで私がこんな所に来なければならないのか、なんでこんな思いをしなければならないのかと、ブツブツと文句が止まらなかった。今も後ろの方で半分不貞腐れながら愚痴っていたところに、ロンメル辺境伯から話を振られ、慌てて返事を返していた。
「…………しっかりとした支援を頼むぞ、ブルーノ子爵」
「も、もちろんでございますとも!!」
ロンメル辺境伯から冷たい視線を向けられ、違う意味での汗で、全身をびっしょりと濡らしながら慌てふためく姿は、もはや滑稽でしかなかった。
「よし! ではこれで視察は終了だな!」
ロンメル辺境伯の言葉に、あからさまにホッとした表情を見せたブルーノ子爵は、さっそく帰る為の準備を始めようと、自らの部隊へいそいそと足を向けた。
だが次の瞬間、信じられない言葉を聞いた。
「では、せっかくだからこのまま魔物の討伐でもしていくか」
「…………へ?」
「ブルーノ子爵の部隊は、子爵領へ向かう道がある東側一帯の討伐を頼む。我らが部隊は残り3方向へ展開して討伐を行おう」
その言葉に、この世の終わりみたいな顔になったブルーノ子爵は、大慌てでロンメル辺境伯を引き止めた。
「お、おお、お待ち下さいロンメル様っ!?この辺りの魔物は凶暴で大変危険ですっ!御身にもしもの事があっては一大事です!どうかご再考をっ!!」
「なぁに、兵達を鍛えられると思えば丁度良いではないか。普段から鍛錬を積んでいればなんて事もないだろう。卿のところでも鍛錬はしっかりとさせているのであろう?」
「そ、それはもちろんでございますが……」
「それなら何の問題もなかろう。アルフレッドよ、討伐の間、村の警備は任せたぞ!」
「はっ、しかと承知致しました」
アルフレッドの返事を聞いたロンメル辺境伯は、満足そうにうなずくと、自らの部隊に指示を飛ばしながら、嬉々として先陣を切って山の中に突っ込んで行ってしまった。
青くなって震えながら、しばらくその後ろ姿を目で追っていたブルーノ子爵も、とうとう覚悟を決めたのか自分の部隊に指示を出すと、半ばヤケになって部隊に囲まれながら山に入って行った。
それからしばらくの間、山並みのアチラコチラから唸声や悲鳴、魔物達の叫び声や何かが倒れる音、魔法がさく裂する音などが派手に響き渡り、かなり騒々しかった。
その後、討伐が終わり戻って来たロンメル辺境伯の部隊は、ひとりの負傷者もなく、ゴブリン78体。コボルト52体。オーク27体。ジャイアントポイズンスパイダー18匹。アイアンギガントマンティス6匹。シルバーウルフ43匹。ブラックブラッドベア13匹。フォレストキングボア25匹。ライトニングタイガー5匹。鬼斬刀黄熊4匹など、そうそうたる成果をあげて凱旋した。
一方でブルーノ子爵の部隊は、ちゃんとした指示も無いまま山に入った為、兵士達の半数以上が負傷したところで這々の体で逃げ帰って来る羽目になっていた。
討伐したのも、ゴブリンとコボルト合わせて8体。一角ウサギ2匹。ポイズンスネーク1匹。スライム4匹のみであった。
正直、このくらいなら村の子供達でも楽々とやってみせる。
これを見たアルフレッドは、兵士達の常日頃からの鍛錬の大切さを、改めて感じるところとなった。
それからしばらくは、村人達が兵士達に水を配って回ったり、治療を手伝ったり、討伐した魔物の処理を行ったりと、全員が忙しく動き回った。
村の女達が夕食の準備にとり掛かり、いくつもの大鍋から良い匂いが立ち込め、誰もが腹を空かせて鼻をひくつかせ、温かい食事に期待を寄せたその時……
突然、ズシン、ズシン、という何かがこちらに近づいてくる音が村中に響き渡った。
村の外れの木々がバキバキとなぎ倒され……
…………そして、叫び声と共にそれは現れた。
グゥオォォォーーーーーッッッッ!!!!!
耳を劈くようなその声は、山をも震わせる恐ろしい響きで村中を一瞬にしてパニックに落とし入れた。
「キャァーーーッッ!!?」
「あ、あれは赤毛斬牙熊ッ!?」
「――ッ!? じ、ジェイド様を襲ったヤツだッ!!」
「うわぁぁぁん!お母さーん、怖いよーっ」
「に、逃げろーッ!!」
村人達は、必死になって赤毛斬牙熊のいる方とは反対方向へ走り出した。
「ひっ、ヒイィィィッ!?だ、誰かっ、誰か助けてっ!?お、おい、そこの兵士達、私を助けろッ!お前達が盾になって、早く私を安全なところへ連れて行けッ!!ヒィッ、ヒィッッッーー!?」
ブルーノ子爵は半狂乱になって取り乱し、もはや貴族としてのメンツは見る影もなく、情けない姿でその場にヘタり込んでしまった。
「フローラ!ミーシアっ!母さんもリナも、父上を連れて急いで家の中に入るんだ!!他の皆も早く中へっ!!」
アルフレッドは率先して避難誘導し、皆が逃げるまでの時間を稼ぐ為、赤毛斬牙熊の前に剣を構えて立ちはだかった。
「あ、アル様ッ!?」
「にぃ様〜ッ!?」
「「「アルフレッド様……」」」
皆の声が背中越しに聞こえる。
皆が安全な場所へ避難するまで、ここを通す訳にはいかなかった。
グゥオォォォーーーーーッッッッ!!!!!
腹の底から響き渡るその声に、ヒザから崩れ落ちそうになるのを必死に堪えた。
立ち上がった赤毛斬牙熊は、その高さが優に10メートルは超えていて、その迫力に全身から汗が吹き出し、震えが止まらなくなった。
「くっ、くそっ!ここを通す訳にはいかないんだッ!!」
口の端から血が出るほど歯を食いしばり、腹に力を込めて剣を構え直した。
……どこかに隙はないか、ヤツの弱点はどこだ……
頭をフル回転させ、赤毛斬牙熊の隅々にまで目線を伝わせ、出来る事を必死に考えながら、ジリジリと足を滑らせた。
……つーっと汗が頬を伝い、その滴が地面にポタリと落ちた……
……スタスタスタ……
その時、アルフレッドの横を誰かが何事もない様に通り過ぎて行った。
「………………へ? 」
突然の事に戸惑ったアルフレッドは、一瞬の後に我に返り、改めてその人物を見やった。
「……ろ、ロンメル閣下ッ!?」
ロンメル辺境伯はアルフレッドにチラリと目線を送り、
「アルフレッド男爵、ここまで良く踏ん張った。お見事なり」
そう言って目線を赤毛斬牙熊に戻した。
「ふむ。」
ロンメル辺境伯は、そうひと言だけ発すると、背中の大剣を引き抜いた。
グゥオォォォーーーーーッッッッ!!!!
襲いかかってくる赤毛斬牙熊を冷静に観察していたかと思うと……
「――フンッ!!!!」
そのかけ声とともに、大剣が横一閃に振られた。
…………――――シャキーーーン――――…………
…………サァァァッッ…………
一陣の風が吹き抜けた。
…………そして…………
…………ドサアァァッッッ…………
見るとそこには、首から真っ二つにされた赤毛斬牙熊が横たわっていた。
…………………………
「「「「う、うおおお〜〜ッッ!!!?」」」」
一瞬の静寂の後に、地鳴りのような大歓声が村中からわき起こった。
その日の夜は、討伐された獲物を村中総出で捌いて、盛大なお祭りとなった。村の蔵にあるお酒も全て出し、兵士達も村人も混ざり合ってのドンチャン騒ぎとなった。
「ロンメル辺境伯、本当にありがとうございました。父の仇も討てましたし、何より村の者がこれから安心して暮らせます。本当に感謝申し上げます。このご恩はいつか必ずお返しさせていただきます!」
「ふむ。恩を返す……か。」
アルフレッドの感謝の言葉に、ロンメル辺境伯は得意の(違うって)あごに手を宛てて思考顔になった。
「ふむ。アルフレッド男爵よ。それならひとつ私からそなたに頼み事がある」
「はい?……頼み事……ですか?」
「うむ。そなたにフローラを預けるので、ここで村興しの手伝いをさせてやって欲しい。」
「……………………は?」
「フローラは読み書きも計算も得意だし、帳簿もつけられる。親の私から言うのも何だが、かなり優秀な娘だ。これからのこの村の事を考えれば、優秀な人材はいくらあっても困らんだろう?」
「た、確かに優秀な人材はノドから手が出るほど欲しいですが……い、いやしかし……そんな事を突然言われても……そ、それに、フローラ様だっていきなりこんな山の中に放り込まれるのは……」
「わはははっ、今さらフローラ様なんてかしこまらんでも良いわ。先ほど思いっ切りフローラって叫んでおったではないか。わはははっ」
「あっ!あ、あれは……そのっ……」
「それに、ここに残るのが嫌かどうか、フローラ本人に聞いてみれば良い。おい、誰かフローラを呼んできてくれんか」
「はい!喜んでここに残らせていただきますわ!」
フローラは瞳をキラキラと輝かせ、満面の笑みを浮かべて嬉しそうにそう答えた。
「……で、でも、そのっ……」
「何だアルフレッド男爵、まだ何か心配な事でもあるのか?」
「……あ、いや。村の発展の事を思えばとてもありがたい話だと思いますが⋯⋯その、もしもこのままフローラがここに残って、悪い噂でも立ってしまったら、将来フローラの結婚にも響いてくるのではないかと……」
「わはははっ、アルフレッド男爵は本当に面白いのう。村の今後の事よりも、フローラの身の心配を優先するか。その若さで中々出来る事ではないぞ。そなたは本当に15歳か?わはははっ、フローラの事は心配はせんでも良い。何かあれば、その時はそなたがフローラを娶れば済む話だからのぅ」
「………………はい?」
「お、お父様ったら〜っ、もぅっ!!?」
フローラは、両手を頬に当て顔を真っ赤にさせて、身体をクネクネとさせている。
「まあ、その為にもまずは実績を作って地位を上げてもらわんとな。今のままでは身分が違うと周りがうるさそうだからな。せいぜい期待しておるぞ、将来の息子よ!そうだ、せっかくだからそなたのご両親にもあいさつしておくとしようかの、わはははっ!」
そう言って、本当にわが家の方へ歩いて行ってしまった。
「ちょ、ちょっと待ってください!!」
慌てて後を追うアルフレッドと、その後ろを手を引かれて嬉しそうに付いていくフローラの姿を、そこにいる人達全員が目撃していた事など、この時の2人には知る由もなかった。




