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ある日、辺境の貧乏男爵家の当主になった。前世の記憶で楽園を築きたい。  作者: ありんこの王様


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(57)ブルーローズと双甘桃。



「正面の敵、左右に散開! そのまま後退していきます。次! その後ろから、すぐにきますッッ!」


「散開する敵は追わないで! 正面中央に集中攻撃! 撃てーーッッ!!」


――ダァーーン!、ダダダァァァーーン!、ダダダダダーーン!!!――



「……フローラ様ッ、大変ですッ! 弾がもうほとんどありませんッッ!!」


「――えっ!? 今朝の報告だと、まだ十分に余裕があるはずよ!? い、一体何があったの!?」


一瞬、耳を疑った。我に返ったフローラは、慌てて団員に問い返す。見開かれたその瞳は、隠しようのない動揺に大きく揺れていた。


「……そ、それが……」


「何ですって? はっきり言いなさいっ!!」


「……それがっ、弾薬だと思っていた箱の中身が、すべて干した双甘桃だったんです……っ!」



「――は!?」


フローラの思考が、完全に停止した。


団員は涙目で、必死に言葉を続ける。


「何でも、リンドロット領で物資を積み込む際に、向こうで気を利かせて甘い物をたくさん持たせてくれたようなのですが……っ、こちらの確認不足で、弾薬の入った箱だと勘違いしてしまっていたようですっ……!」


「嘘でしょ……」


フローラはその場にへたり込んでしまった。



「……ふっ、ふふ……ふふふっ……あはははッ!!」


「フ、フローラ様……っ!?」


突然狂ったように笑い出した指揮官の姿に、団員は顔を引きつらせ、じりりと後退りする。


「あはははッ! 箱の中身は干した双甘桃っ、あははは……ッ、……そう、ないものはしょうがないわね」


フローラは、笑いすぎて目じりに浮かんだ涙を指先で拭うと、毅然と立ち上がった。その瞳からは先ほどの動揺が消え失せ、不敵な光が宿っている。



「みんなッッ! 我が陣地に干した双甘桃が大量にあるそうよ! 甘いものは正義よ! 手の空いた者からどんどん食べて体力を回復してっ!!」


緊迫した戦場に響く突然の双甘桃の報に、前線が一瞬どよめく。だが、フローラは間髪入れずに鋭い命令を飛ばした。


「それと、今の三列体勢のまま、一列ずつ交代で後方に下げて! 干した双甘桃を食べながら休憩を取って、次の攻撃に備えて!」


「「「「「「はいッッ!!!!」」」」」」


絶望的な弾薬不足の報告を、フローラは一瞬で休憩を取り入れた回転戦術へと変更させてみせた。これで、少しは弾薬の消費が抑えられるだろう。……ただ、敵の勢いが増さなければ、の話だが。



「弾薬の補充には、どのくらい掛かりそう?」


「すでにリンドロット領へ早馬を飛ばしています! ですが、届くのは良くて半日……。どれだけ早くても、あと数時間はかかるかと……!」


「半日も……。で、肝心の弾薬の残りは?」


「……このペースで撃ち続ければ、もってあとニ時間ですッ!」


予想以上に、弾薬の残りがなさすぎる。だが、心許ないからと言って撃ち控えれば、一瞬で敵の接近を許してしまう。撃ち続ければ弾が尽き、撃たなければ押し潰される――。



「……っ」


ギリッ、と音が出るほどキツく、フローラは奥歯を噛み締めた。爪が手のひらに食い込むほど握りしめた拳が、怒りと悔しさで激しく震える。



「――ッ、敵、散開します! 広がって全体から攻め込んでくるようです!」


密集していれば銃の格好の的になる。それを理解した敵が、標的を絞らせないために横に広がり始めたのだ。――これこそが、もっとも避けたい最悪の展開だった。



「左翼、ラングレー領の軍勢が手薄になっています。このままでは、あそこから突破されますッッ」


「――ッッ、後方に下げた者たちをすぐに向かわせて!一斉射撃で押し返してッ!!」


「はっ!!」


伝令が駆け出していく。



――ダァーーン、ダダーーン……ダダダァァァーーン――


次第に間隔が引き延ばされていく銃声が、残弾の限界を虚しく告げていた。



「このままだと、銃弾があと三十分も持ちませんッッ!!」


「――報告ッッ! 敵、左翼より再突撃ッ! ……ダメです、右翼も押されてきました! ッッ、いや、正面からも――三方向から一斉に来ますッッ!!」


全方位からの同時急襲。まるでこちらの防衛線が限界を迎えたことを見透かしたかのような、敵の総攻撃だった。弾薬も、兵の数も、体力も……すべてが足りない。



「くっ……アル……」


思わずアルフレッドの名前が、フローラの口をついて出た。

神頼みではない。けれど脳裏をよぎったのは、ここまで自分を支えてくれたアルフレッドの姿だった。



ドゴォォォォォォォーーーーンッッ!!!


その瞬間、戦場の喧騒をすべてかき消すような、すさまじい轟音が鳴り響いた。視界が遮られるほどの暴風がフローラの髪を激しくなびかせる。突如として、迫り来る敵の正面が、文字通り木端微塵に吹き飛んだ。


「…………っ、!?」


理解を超えた突然の大爆発に、敵も味方も、すべての攻撃の手がピタリと止まった。あまりの衝撃に、誰もが唖然として立ち尽くす。



ドガァァァァァァーーン!!!!


追い打ちをかけるように、今度は右翼の敵陣で激しい爆発が起きた。轟音と共に大地が大きく抉れ、周辺の土塊が遥か高くへと吹き飛んでいく。



ドゴォォォォォーーンッ!


ドガァァァァァーーン!!


続いて敵の左翼が、その後また正面の敵陣で大きな爆発が起こり、すさまじい熱風と激しい土埃が、猛烈な勢いで空を舞った。



「……いったい何が起きているの?」


フローラは困惑するしかなかった。さっきまでの絶望的な状況が、嘘のように目の前で弾けていく。今起きていることが、とても信じられなかった。



――ダァーーン、ダダダァァァーーン、ダダダダダァァァーーン――


――うぉぉぉぉぉぉぉォォォーーッッ――



「――ッ!? アルッッ!?」


突如として、敵の後方から激しい銃声と兵士たちの雄叫びが轟いた。


銃という兵器を持っているのは、この世界ではリンドロット騎士団と自分たち『蒼(ブルー)い薔薇隊(ローズ)』だけ。


それなら、聞こえてくる銃声が誰のものかなど、聞くまでもない。


「みんなッッ! リンドロット騎士団が援軍に来たわよッッ!!」


フローラは一歩前に踏み出し、喉が裂けんばかりの声で叫んだ。


「もう弾を惜しむ必要はないわッッ! 全弾撃ち尽くして構わない! 一斉射撃ッッ、撃てぇぇぇーーーッッ!!」


「「「「「おおおおおッッッッ!!!!」」」」」


――ダァーーン、ダダダァァァーーン、ダダダダダァァァ――




その少し前。

アルフレッドたちリンドロットの軍勢は、息も絶え絶えになるほどの強行軍の末、ようやくザルツェリア王国軍の背後へとたどり着いていた。


視線の先では、敵の軍勢が銃撃を警戒して密集を避け、大きく散開しながら三方向から一斉に攻めかかろうとしている。まさに最悪のタイミングだった。


――ダァーーン、ダァーーン……ダダダァァァン――


遠くから銃声が聞こえる。

まだ、『蒼(ブルー)い薔薇隊(ローズ)』は持ちこたえている。あそこに、フローラがいるはずだ。一刻も早く合流しなければ。

だが、風に乗って届くその銃声は、どこか弱々しく、間隔もまばらだった。


(……まさか、既にかなりの負傷者が出ているのか……っ!?)アルフレッドの胸に、冷たい焦燥が走る。



「アルフレッド様、いかがいたしましょうか? このまま、三方いずれかの敵へ奇襲を仕掛けますか?」


エレノアの問いに、アルフレッドは戦況を鋭く見据えたまま首を振る。


「いや。まずは敵を混乱させる。エレノア、砲撃の用意だ。まずは敵中央のさらにど真ん中に砲弾をぶち込む! 二発目は右翼、三発目は左翼へ。最後にもう一発中央に大砲を撃ち込んだら、突撃してそのままフローラたちと合流する」


「はっ!!」



ドゴォォォォォーーンッ!


ドガァァァァァーーン!!


敵陣のあちらこちらで爆煙があがる。

敵が大混乱に陥っているのが見て取れた。


「よし! 総員突撃ッッ! フローラたち、『蒼(ブルー)い薔薇隊(ローズ)』と合流するぞッッ!!」


「「「「おおッッッ!!!!」」」」


アルフレッドたちリンドロット騎士団が、爆煙渦巻く敵陣のど真ん中へと猛然と駆け抜ける。上空からは雷針黄金魔蜂(ライトニングソルビー)の群れが鋭い雷撃魔法を降り注がせ、魔天馬(ヴェンタートス)や誓角黒魔牛(オーズタウロス)達が先陣を切って突っ込んでいく。


――ワアアァァァァァァッッッッ――


背後から凄まじい勢いで突撃され、ザルツェリア王国軍は完全に恐慌状態に陥っていた。

突如として起こった大爆発と、背後から猛然と襲いかかってきたアルフレッドたちの姿に唖然とするばかりで、もはやまともな迎撃体制すら取れない。兵士たちはただ怯え、アルフレッドたちの進行方向から逃げ惑うようにして、自然と左右に割れていった。爆煙と砂塵を突き抜け、フローラの待つ陣地へと、まっすぐに繋がる一本の道すじが切り開かれた。



土煙を割って飛び出してきたアルフレッドの姿を、フローラはその目ではっきりと捉えた。


「アルッッ!!」


「フローラッッ!!」


駆け寄ったニ人は、どちらからともなく、その場できつく抱きしめ合った。


「フローラッッ! 良かった! 無事で本当に良かったッッ!!」


アルフレッドは彼女を強く抱きしめ、安堵の声を絞り出す。フローラもアルフレッドの背中に腕を回し、その胸に顔を埋めた。


「アルも無事で良かった! アルっっ、会いたかった……会いたかったッッ!!」


涙が溢れそうになるのを堪え、アルフレッドとの再会を心から喜んだ。




「報告いたします!! たった今、リンドロット領より弾薬が届きましたッッ、これで弾の残りに気を使いながら攻撃しなくて済みますっ!!」


抱き合う二人のもとへ、先ほど報告にきた団員が息を切らせて駆け込んできた。



「えっ? 弾薬がなくなってたの!?」


アルフレッドは、思わず素っ頓狂な驚きの声を上げた。と同時に、遠くから聞こえていた銃声が弱々しく、まばらだった本当の理由に気がついた。負傷者が出たのではなく、弾がなくなっていたのだ。


「ええ。そうなの、困っちゃうわよね。……でも、その代わりに干した双甘桃なら売るほど大量にあるわよ」


フローラは、悪戯っ子のように片目を瞑って笑ってみせた。


その背後では、『蒼(ブルー)い薔薇隊(ローズ)』の団員たちが、口いっぱいに干した双甘桃を頬張りながら力強くサムズアップしている。


「はっ……はは、……あはははッ、あはははははッッ! 最高だッッ!!」


あまりの不条理と逞しさに、アルフレッドは腹を抱えて笑い転げた。

ひとしきり笑い、涙を拭いて振り返ると、リンドロット騎士団に向かって叫んだ!



「ここに、干した双甘桃が売るほどあるらしい! さっさと敵を蹴散らして、貴重な甘味を堪能させてもらおうじゃないかッッ!」



「「「「「おおおおおっっっ!!!!」」」」」



「私達、『蒼(ブルー)い薔薇隊(ローズ)』も負けてられないわよ! 銃弾もたんまりとあるわ!ザルツェリアの兵士達に、その威力をしっかりと味わってもらいなさいッッ!!」



「「「「「おおおおおっっっ!!!!」」」」」



「報告しますッッ! 敵後方に、新たな軍勢を多数確認ッッ!!……ッ、――ッッ!? あ、あの旗の紋章はっ、我が国の近衛騎士団と、第一、第三騎士団のものですッ! 味方です!味方ですッ!! 援軍が来ましたッッ!!!!」



「「「「「ウオオオォォォォォーーーーッッッ!!!!」」」」」


地鳴りのような歓声があがった。



そこからは一方的な展開となった。

逃げ惑うザルツェリアの軍勢は、ただ瓦解していくほかなかった。このままいけば、敵の全滅は免れない。ザルツェリアの軍勢も散発的に抵抗を見せているようだが、それも、もはや時間の問題だろう。


ここでの勝利は揺るぎのない確実なものとなった。




「やあ、アルフレッド子爵、それにフローラ嬢。二人とも久し振りだね」


まだ周囲で散発的な掃討戦が続く中、馬を寄せてこちらの陣営まで駆け付けてくれたのは、エヴァンス近衛騎士団長だった。


「どうも、お久しぶりです。王宮での滑空魔導車(エアスライダー)の一件以来ですね」


アルフレッドは、エヴァンス近衛騎士団長と固く握手を交わした。


「お久しぶりですわ、エヴァンス近衛騎士団長。最近、私が王宮での夜会に出席しなくなってしまったので、なかなかお会いできなくて寂しかったですわ」


フローラも、以前からの深い親交を感じさせる気軽さで挨拶を交わす。



「さっそくだが、君たちはこれからどうするつもりかな?」


エヴァンス近衛騎士団長の問いに、アルフレッドとフローラは互いに視線を合わせると、同時に頷いた。


「私たちは、これからお父様のところへ援軍に向かうつもりです」


「うん、それが良いだろう。実は、私もそれを言いに来たのだよ」


フローラの毅然とした回答に、エヴァンス近衛騎士団長は深く頷いた。


「この周辺の残党処理は、すべて我々に任せて、君たちは一刻も早くロンメル辺境伯の救援に向かってくれたまえ。ここを片付け次第、我らもすぐに後を追う。……それまで、なんとか持ちこたえてほしい」



「「はいッ!!」」


二人は同時に凛とした声を返すと、すぐさま自陣の部隊へ向かって駆け戻っていった。




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