(55)領都グランリゲルでの攻防。
「 アルフレッド様、報告です。敵の数は、およそ二千五百。そのうちブルーノ子爵の兵が二千、ここまで逃げてきたザルツェリア王国の兵が約五百と思われます」
偵察を終えて戻ってきた雷針黄金魔蜂達からの話をまとめて、セシルが報告をした。
そう。今ここは、ブルーノ子爵のお膝元である領都グランリゲルの西門前。
その西門はしっかりと閉ざされていて、領都をぐるりと囲う防壁の上には、無数の兵達の姿が見える。
「に、二千五百……」
「クソッ!ブルーノのヤロウ、まだそんなに戦力を隠し持っていたのかッ」
リンドロット騎士団の面々に動揺が広がっていく。
「アルフレッド様、どうしますか。また、フルール村の時のように、ガレウスの大戦斧で門を叩き壊して突入しますか?」
横にいたエレノアが、ざわめく団員達を落ち着かせるように、あえて大きな声で西門の攻略法を提案してくる。
「いや、ここは一気に決着をつけよう。大砲を使う。防壁と門を吹き飛ばしたら、敵が体勢を整える前に一斉に突入する。さあ、準備が整い次第攻撃開始だ。各自、速やかに配置につけ!」
「「「「はいッ」」」」
アルフレッドの号令に、各々が持ち場に駆け出していく。
フルール村を出てから、ここ領都グランリゲルまで普通なら3日の距離を半分の行程でたどり着いた。
だが、ここからロンメル辺境伯のラングレー領までは、まだ5日の距離がある。それを考えると、一刻も早くここを突破したいところ。
作戦が、多少強引になっている気がするが仕方がない。
「フローラ……無事でいてくれ……」
「アルフレッド様ッ、総員配置につきました。いつでもいけます!」
エレノアの声が、アルフレッドを現実へと引き戻した。
「よし!では作戦開始!まずは敵の弓矢の射程がギリギリ届かないところまで前進。その後、あの防壁に向かって大砲を撃つ!」
「はッ!」
エレノアはアルフレッドの指示を聞くとくるりと振り返り、団員達に向かって声を上げた。
「これより攻撃を開始する。全体進めッッ!」
「「「「おおッッッ!!!!」」」」
……ザッザッザッザッ……ザッザッザッザッ……
アルフレッド達リンドロットの軍勢が防壁に近付いていくが、グランリゲル側に動く気配はない。
「……おかしいな。何かの罠でもあるのか?」
「そうですね。敵が静かすぎます。」
アルフレッドとエレノアが、そんな話をしているところにセシルがやってきた。
「アルフレッド様、報告です。何か向こうは兵同士が揉めている模様です。」
セシルが、偵察している雷針黄金魔蜂からの最新の情報を伝えてくれる。
「揉めてる?……兵同士で?」
「はい。服の色が違う兵同士で揉めている様ですので、もしかしたらブルーノ子爵の兵達と、ザルツェリア王国の兵士との間で何かトラブルがあったのかも知れません」
「そうか、それならこちらにしてみれば好機だ。相手が落ち着いてしまう前に押し切ろう。エレノア、大砲の準備を。砲撃開始だ!」
「はッ!」
エレノアが大砲へ駆け出した。
「撃てーーーッッ!!」
ドォォーーーーーン!
……ヒュルルルル――……
ドガァァァーーーンッッ!!!!!
……バラバラ……バラ……バラ……
「「「「…………。」」」」
「「「「うぉぉぉぉぉぉ!!!!」」」」
ついにベールを脱いだ新兵器、大砲の威力は想像を遥かに超えるものだった。
着弾の衝撃で防壁は粉砕され、それどころか周囲の一帯も激しく吹き飛んでおり、その奥にあった兵舎のテントごと、大きく抉られている。
その圧倒的な破壊力を前に、味方も呆然と立ち尽くし、あんぐりと口を開けて固まってしまったが、我に返った瞬間、地響きのような大歓声が沸き起こった。
「続いて、目標西門!……撃てーーッッ!!」
ドォォーーーーーン!!!
エレノアの号令に、二発目の砲弾が放たれた。
……ヒュルルルル――……
ドガァァァーーーンッッ!
……バラバラバラ、バラ……バラ……
もうもうと立ち込める砂埃が晴れると、西門は跡形もなく周囲の防壁もろとも吹き飛んでいる。その奥では、敵兵達が完全に肝を潰し、我先にと逃げ惑う様子がはっきりと見て取れた。
「このまま攻め込むぞ!全軍突撃――」
「お待ち下さいッッ」
アルフレッドの突撃の指示を、エレノアが遮った。
「お待ち下さい、アルフレッド様ッ。白旗ですッ!」
見れば、吹き飛ばされた西門の煙の向こうから、馬に乗った一人の騎士が白旗を掲げ、こちらに向かってゆっくりと進んできているところだった。
「「「「「………………」」」」」
全軍が固唾を呑んで見守る中、その騎士は双方の中間点まで進み出ると、そこで馬を止めた。
「私は、リーゲル騎士団の団長、ジルベルトと申す。私の名において、領都グランリゲルの全面降伏をここに宣言する。領民を助けていただけるのであれば、この首いかようにしていただいてもかまわぬ」
よく通る力強い声だった。
馬上にありながら、背筋をしっかりと伸ばし堂々とした佇まいを崩さない。きっと、この男はかなり強い。それなのに、その男が敵と一度も剣を交えることもせずに降伏するとは、屈辱以外の何物でもないはず。……だが、男の顔はどこか晴れ晴れとさえしているように見える。
リンドロット軍の陣幕の中。椅子に腰掛けたジルベルトは、捕虜の身でありながらも、姿勢を正し厳かな雰囲気を崩さない。
「まずは、なぜ戦わずして降伏したのか聞かせてもらえるかな。」
アルフレッドの言葉に、ジルベルトはグッと拳を握り締める。
「奴らは……ザルツェリア王国の奴らは……この領都グランリゲルにアルフレッド卿達を引き入れた後、この町に火を放って領民ごと焼き討ちにすると言い出したのだッ。我らは領民を守るための騎士だ!そんなことは決して許されることではないッ!……しかも、その案に我らが猛反対したら、それなら奴らだけでも強行すると言い放ちおった……そして、信じられんことに、あろうことかブルーノ様が、その案に同意なされた……」
「「「「「なっ!?」」」」」
陣幕の中に、驚愕の声が重なる。
「我々、リーゲル領の騎士団は最後まで反対して、奴らの行動を留めさせていた。そこに、そちらのとんでもない攻撃があって、奴らは一目散に逃げ出した。……ブルーノ様も家族を連れて、奴らと一緒に行ってしまわれたよ。ははは⋯⋯」
「「「「…………」」」」
誰もが絶句し、重苦しい沈黙が広がる。あまりの内容に、言葉が出てこない。
「……罠や時間稼ぎの類ではないようですね、アルフレッド様。彼の言葉に、嘘や迷いは感じられません」
傍らに立つエレノアが、痛ましげにジルベルトを見つめながら静かに告げた。
「分かった。全面降伏は受け入れよう。こちらも領民に手を出すつもりは初めからないしね。こちらの目的は、突然攻め込んできたザルツェリア王国の軍勢を排除すること。ここで補給をさせてもらったら、すぐに出発する予定だ。協力してもらえるかな、ジルベルト殿」
「敵将であったはずの私に、これほど早く信頼を寄せられるとは……なんと寛大な。承知いたした。私に協力できることであれば、何なりと申し付けくだされ」
ジルベルトは深く頭を下げる。
そんな彼に、アルフレッドはさらに言葉を重ねる。
「ありがとう! ……それと、もう一つお願いがあるんだ。ザルツェリアの軍勢を追撃するのを手伝ってくれないかな? ジルベルト殿が味方になってくれたらこれほど心強いことはない」
アルフレッドの提案に、ジルベルトは自嘲気味な笑みを浮かべる。
「そう言っていただけるのは、騎士としてこれ以上ない無上の誉れ。……ですが、私は領主であるブルーノ様の許可も得ずに、騎士団長の名をかざして勝手に降伏を選んだ身。もう、騎士の道に戻ることは叶いますまい。許されるのであれば、今後は剣を置き、どこかで細々と暮らそうかと考えております」
「そうか……。残念だけど、ジルベルト殿がそう決めたのなら、無理に引き留めることはしないでおくよ。それより、どこか行くあてはあるのかな?もしなければ、リンドロット領に来ない?農家も大工も、牛や馬の世話だって、何もかも人手が足りてないんだ。良ければ来てくれるとありがたい」
予想だにしなかった提案に、ジルベルトは驚きのあまり目を見張る。
「貴方は本当に不思議なお方だ。突然やってきた騎士団長の降伏をすんなりと受け入れ、そればかりか味方に引き入れようとする。それが叶わぬと見れば今度は自領へと誘うとは……もし、私が腹に一物持っていたらどうするつもりなのだと言いたくなる」
「でも、ジルベルト殿は、そんなつもりはないでしょ」
「ははは。そういうことではないのだがな」
降伏した敗将としてではなく、一人の人間として向き合ってくれた。その事実に、ジルベルトの強張っていた表情が、今度こそ心からの笑みへと変わっていく。
「ありがたく、検討させていただこう」
ジルベルトの晴れやかな顔が、いつまでも印象に残った。
「それなら、あそこの商会に頼むと良いかと」
ジルベルトに先導され、無事に領都グランリゲルへと足を踏み入れたアルフレッド。領民に対して略奪等を行わないことを宣言し、普段通りの生活を続けるように伝えたことで、街には早くも平穏が戻りつつある。リーゲル騎士団も領内の平定にあたっているようで、混乱が起きていないのはありがたい。
今は、さっそく物資の補給をするため、ジルベルトに案内され町へと繰り出している。
「あれ、ジルベルト様。こんなところで何をされているのですか?」
いくつかの商会と、物資補給の交渉が終わり帰路につこうとしたその時、不意に背後から声をかけられた。
振り向いた先には、肩まで届く金髪を後ろへサラリと流した美しい女性が立っていた。ジルベルトへ向けられた笑顔から、特別な親しみを持っているのが感じられる。
「おお、ルナリアじゃないか。こんなところで会うとは奇遇だな。こっちは、アルフレッド子爵様の手伝いをしていたところだ。ルナリアはどうしたんだ?」
ジルベルトのサラリとした答えに、ルナリアは顔が青くなっていく。
「……へっ?えっ、……アルフレッド子爵……様? ええッッ!? ど、どうしましょう!?」
アルフレッドの正体を知ったルナリアは、人の往来の激しい道の真ん中でパニックを起こして大騒ぎになった。
「あはは、そんなに驚かなくても大丈夫だよ。怪しい者じゃないから、まずは落ち着こうか」
アルフレッドが苦笑いしながら手を振ると、ルナリアはますます恐縮して、今度は直立不動で固まってしまった。
「は、ハッ!? し、失礼いたしましたっ! お初にお目にかかります、アルフレッド子爵様! ……って、いやいやいや、なんでジルベルト様がお貴族様の案内をしてるんですかっ!?」
これには、アルフレッドとジルベルトは互いに目を合わせ、肩をすくめるしかなかった。
「それで、ルナリアはなんでこんな所にいるんだ?普段なら、この時間は孤児院の方にいるんじゃないのか?」
ジルベルトの問いに、ルナリアは顔を曇らせる。
「実は、ブルーノ様がこの街からいなくなってしまったという噂を聞いて……ブルーノ様には、うちの孤児院にずっと支援をしていただいていたんです。それがなくなってしまうと、この先孤児院は立ち行かなくなってしまうので、どこかの商会にでも支援をお願いしようかと思いまして……」
最後の方はほとんど聞きとれない声になってしまったところを見ると、どうやらうまくいってはいないのだろう。
それよりも、ブルーノが孤児院の支援をしていた事が驚きだった。何か裏でもあるのだろうか?例えばルナリアさん狙いだったりとか……
「ブルーノ様は、将来子供達が大きくなって、このリーゲル領のために働いてくれれば良いと仰られて、ブルーノ様が領主になられた時からずっと、支援を続けてくださっていたんです。」
アルフレッドの言いたいことが分かったのか、ルナリアはそう説明してくれる。
「へー。あのブルーノにそんな一面があるとは思わなかった。意外すぎて驚いたよ。……それで、今後の孤児院の運営はどうなの?何か支援の心当たりとかはあるのかな?」
アルフレッドが尋ねると、ルナリアは視線を落とし、力なく首を横に振った。
「いえ……。いくつかの商会を回ってみたのですが、新しい領主様がどう動くか分からない現状では、おいそれと決められないと断られてしまって……」
彼女はギュッと両手を強く握りしめ、悔しそうに俯いた。
「それなら、みんなを連れてうちの領地へ来ない?今の孤児院にいる人たちを丸々全部受け入れるよ。リンドロット領では、子供たちに学校へ通ってもらっているんだ。孤児院の子供たちにも学校へ通ってもらいたいし、もちろん孤児院にも全面的に支援をするよ」
「……え?」
ルナリアは、握りしめていた両手の力を失い、ぽかんと口を開けた。
次のリーゲル領主がどんな人物になるか分からず絶望していたところへ、子どもたち全員を温かく迎え入れ、教育まで施すという夢のような救いの提案に、頭の理解が追いついていかない。
「子爵様……それは、本当によろしいのですか?」
驚いたのはルナリアだけではない。横で聞いていたジルベルトもまた、信じられないものを見る目でアルフレッドを見つめていた。リンドロット領への移住を勧められた自分と同じように、この若き領主は、縁もゆかりもない他領の孤児たちにまで、輝かしい人生を送れるようにと、手を差し伸べようとしている。
「もちろん。子どもは領地の宝だからね。……どうかな、ルナリアさん?」
アルフレッドが優しく微笑みかけると、ルナリアの大きな瞳から、ぽろぽろと大粒の涙が溢れ出した。
「は、はいっ。はいっ!ぜひとも、ぜひともよろしくお願いいたします」
ルナリアは、深く深く頭を下げてきた。
「良かったな。ルナ」
「うん。ありがとう、ジル。アルフレッド子爵様は本当に良い方ね」
ルナリアが落ち着いたころを見計らって掛けられたジルベルトの声は、とても優しいものだった。また、返事をするルナリアの方も、柔らかい笑顔になって彼を見つめ返している。
「ほー。ルナ? ジルぅ?」
アルフレッドがニヤリと笑いながら、2人の顔を覗きこんだ。
「あ、う、あ……っ!?」
ルナリアは一瞬で顔を真っ赤に染め上げ、金髪を振り乱しながら数歩後ろに飛び退いた。
「ち、違いますっ! 違わないですけど、違います! これは幼馴染としての呼び方でして、決して不埒な関係ではっ!」
「……っ、ル、ルナリア、落ち着いて」
普段は冷静沈着なはずのジルベルトも、耳の裏まで真っ赤にしながら、不自然に咳払いをひとつした。
「子爵様、誤解なきよう。彼女とは家が近所で、昔からの付き合いというだけでして……け、決して公私の混同をしているわけではございません」
「ふーん? 誰もそんなこと聞いてないんだけどな。まあ、仲が良いのは良いことだよ」
アルフレッドがますます笑みを深くすると、二人は完全に縮こまってしまった。
「おほん。ところでルナリアさん。ルナリアさんはリンドロット領に孤児院の人たちと来てくれるってことで良いんだよね?」
「――ッッ!? は、はいっ!どうか、よろしくお願いいたします」
「うんうん。ぜひともよろしくね!……ところで、ルナリアさんの特別な誰かさんは、リンドロット領に誘ったのに来るとは言ってくれないんだよ。このままだと、離れ離れになってしまうけど良いのかな?」
「え……っ!?」
ルナリアは弾かれたように顔を上げ、今度は別の意味で目を丸くした。
そこでアルフレッドは、ジルベルトが騎士団長を辞した経緯からこれまでを順を追って説明した。
「ジ、ジルはリンドロット領へは行かないの」
ルナリアは目に涙を浮かべて、とても悲しそうな表情になった。
「あ……いや、別に……行かないなんてひと言も……」
「でも、行くとも言ってないよね」
アルフレッドがニタリと笑みを見せる。
「――ッッ、ああっ、もうっ! 分かりました! 分かりましたよ!行きます、行きますよ!行けば良いんでしょう!!」
「――!? ジルっっ!」
ジルベルトのヤケ気味の叫びに、ルナリアは喜びを隠せずに抱きついた。
後日談になるが、ジルベルトは約束通りルナリアと孤児院の人たちの護衛をしながら一緒にリンドロット領へ移住してきた。
そして、ジルベルトが選んだ仕事は、果樹園での果物の栽培だった。
少し意外な感じもしたが、この村の子供たちに、甘くて美味しい果物をお腹いっぱい食べさせてやりたいのだと聞かされて納得した。
どうやら大の子供好きなようで、これならもうすぐ生まれるであろう自分たちの子どもに対しても、良い父親になれるだろう。
もちろん、奥さんはルナリアだ。ジルベルトがリンドロット領へ移住してくる際、彼の部下だった人たちのうち30人ほどが一緒に付いてきていた。その人たちも果樹園を手伝っているのだが、いつまで経っても埒の明かない二人を見て痺れを切らし、さっさと外堀を埋めてしまったのだ。
周囲の協力を得て、双方の家族や友人を勝手に呼び寄せ、なんと披露宴を始めてしまったのである。
これにはさすがのジルベルトも覚悟を決め、大勢の仲間や両親が見守る前で、堂々とプロポーズをしたのだった。
因みに、この時の披露宴が縁で、さらに何組かの夫婦がリンドロット領に誕生することになるのだが、それはまた、別の話。




