(54)開戦。
「撃てッッ!!!」
エレノア団長の力強い号令と同時に、リンドロット騎士団の銃口が一斉に火を噴いた。
ーーダァーン、ダダァァーーン、ダダダダダァァァーーンーー
ついに、戦の幕が開いた。
「がっ!?」
「ぐわぁっ!」
「ぎゃあああーーッッ」
先陣を駆けていた敵兵達が、糸の切れた人形のように次々と崩れ落ちていく。
周りにいた兵達には、いったい何が起きたのかすら分からなかったはずだ。魔法の詠唱も、矢の風切り音もない。ただ、聞いたことのない轟音が響いた次の瞬間には、重騎士たちの自慢の鉄盾が、厚い鎧が、紙切れのように次々と撃ち抜かれていた。
「ぎゃあぁぁぁっ!?」
「な、なんだこれは!? 何が起きたっ!?」
未知の惨劇を前に、三千の大軍が文字通り一瞬で大パニックに陥り、その動きがピタリと止まる。
「敵の足が止まったぞ! 今がチャンスだ! 撃てッ、撃てーーッッ!!!」
エレノアの怒号が響き渡る。
ーーダダァァァーーン、ダダダダダァァァーーン、ダダーーンーー
「ぎゃっ!」
「がは……ッ」
「ぐふッ」
敵の前衛がみるみるその数を減らしていく。
「……ッッ、このままではマズい。チッ……ッ、えぇぇぃ、何をしておるかッッ! さっさと距離を詰めてあの門をぶち破らんかっ!! 門が開いてしまえば領内になだれ込める。そうしたら暴れ放題だ! お宝も女も眼の前だぞっ! 数で押し込めッッ!!」
「「「「「おおおおッッッッ!!!!」」」」」
敵の指揮官の鼓舞する声に、一度は逃げ腰にまでなっていた兵達の士気が跳ね上がり、砦の門へまるで蟻の大群が押し寄せるかのように突っ込んできた。
ーーダーン、ダダダァァァーーン、ダダァァァーーン
撃たれても撃たれても、後から後から敵が押し寄せて来る。
この砦がなければ今頃は敵兵を抑えきれずに、リンドロット領内は地獄絵図になっていただろう。
「ッッ、敵の勢いが落ちません! このままでは押し切られてしまいます!!」
「団長ッ、指示をッッ!!」
敵の気迫に気圧され、ついにこらえきれなくなった騎士団の団員たちから悲鳴にも似た叫びが上がる。
「慌てるなッ! 目の前の敵から確実に倒していけば良い! そこっ、門に張り付いている奴らを狙い撃てッ! 門を決して開けさせるなッッ」
エレノアも必死になって檄を飛ばす。
ーーダーン、ダダダァァァーーン、ダダァァァーーン
ーーーワアアアアァァァァァァッッッーーー
それからも激しい攻防が続いた。
だが、数に勝る敵兵は、徐々に、しかし確実に距離を詰めてきていた。
――ドッッゴーーン――
ドドドーーーーン!!
ついに、砦の門へ巨大な丸太が激しく打ち付けられ、敵兵の戦斧が猛烈に叩きつけられ始めた。
……ドーーーン……
……ドドーーーーン……
門を叩く重々しい衝撃音が砦全体をビリビリと激しく震わせながら響き渡る。
それだけで兵たちは浮き足立ち、明らかな動揺が広がっていく。
……バキッ……メキメキッッ……
「――、ッッ、も、門が破られるぞッッ!!」
兵達の顔がいっせいに青くなり、銃を持つ手が震えだす。
「――ッッ、こらえろッ、こらえるんだッッ! ここを破られたらリンドロット領は、お前たちの家族は誰が守るんだッ、こらえろッッ、歯を食いしばれッッ!!」
エレノアも自ら銃を手にしながら、大声で檄を飛ばし続ける。
……バキッ、バキバキバキッッ……
門の厚い木肌にメキメキと無数の亀裂が走り、激しく木片が飛び散る。太いかんぬきが悲鳴を上げ、破られた門の隙間から敵のギラついた刃が覗く。
「も、もう持ちませんッ、門が崩れますッッ!!」
誰かの悲鳴混じりの声が聞こえた。
――門扉が崩れていく様が、スローモーションのように流れていく――
「……くそッッ!!」
アルフレッドは拳を壁に叩きつけた。
――バリバリッ! バリバリバリッ!!
突然、激しい紫電が虚空を裂いた。
「ぎゃあ!」
「うぎぃッッ!」
「あばばばッッ!!」
頭上から降り注ぐ雷撃に、突入しかけていた敵兵が次々と悶絶する。見上げれば、空を埋め尽くすほどの雷針黄金魔蜂達が飛来し、敵兵に向かって容赦なく雷の魔法を放ち始めていた。
ヒヒヒヒーーーーンッッ!!!!
鼓膜を破らんばかりのいななきが響き渡る。崩れ落ちた門扉を豪快に蹴飛ばし、魔天馬の群れが敵兵の真ん中に向かって突っ込んだ。その群れの先頭を駆けているのは、他でもないフィルだ。
モオオオォォォォォォーーッッ!!!!
さらに地響きと共に腹の底から震えるような咆哮が轟いた。魔天馬に続いて、漆黒の巨体を誇る誓角黒魔牛達が飛び出し、その凶悪な角を突き立てて敵兵を容赦なく薙ぎ払っていった。
「……な、何だこれは……」
その圧倒的な光景を、アルフレッドは砦の上から呆然と眺めていた。
「アルフレッド様ッッ!!」
振り返ると、息を切らせたセシルがこちらへ走って来るところだった。
「アルフレッド様ッッ、皆がっ! 雷針黄金魔蜂も、魔天馬も、誓角黒魔牛達も、みんなが手伝ってくれるって言ってくれましたッッ!!」
セシルの言葉に導かれるように、もう一度門の外へと視線を戻す。そこには、さっきまでの勢いを完全に失い、散々に追い回されて大混乱に陥っている、敵兵達の無様な姿があった。
「セシル、ありがとうッ! 本当に助かったッッ!」
アルフレッドは感極まったようにそう言うと、セシルの小さな身体を思いっきり抱きしめた。
「――、よし! 反撃開始だッッ!!」
すぐに身体を離したアルフレッドは、砦の胸壁から身を乗り出し、張り裂けんばかりの声で叫んだ。
「このチャンスを逃すなッッ! 全軍、討って出るぞッ! フィルたちに後れを取るなッッ!!」
一瞬、砦内がシンと静まり返った。信じられない逆転劇に呆けていた兵たちだったが、アルフレッドの力強い言葉にハッと我に返り、そして次の瞬間彼らの目に爆発的な闘志が宿った。
「「「「「ウオオオォォォォォーーーーッッッ!!!!」」」」」
地響きのような怒声をあげ、リンドロット騎士団の兵たちが崩れた門から一斉に外へと飛び出していく。
「がぁッ」
「ぎゃぁぁぁッッ」
「ヒィッ、に、逃げろッ!」
敵兵はついにこらえきれなくなり、雪崩を打ったように総崩れとなって退却を始めた。
「追えっ! 逃がすなッッ! せん滅するぞッッッ!」
アルフレッドの容赦のない怒号が戦場に響き渡る。
その後も追撃戦の手を緩めず、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う敵兵を討ち倒しながら、猛烈な勢いで突き進んだ。そして気がつけばフルール村まで来ていた。
敵の生き残りは村へ逃げ込み、門を固く閉じて守りに徹する様子を見せている。
「アルフレッド様、どうしますか?」
エレノアとセシルが近くに寄って来る。
「あの門をぶっ壊す! ガレウスを呼んで!」
すぐに主要な面々が集まり作戦会議が行われた。
「こんなところでモタモタしている暇はない。一気にいくぞ! ガレウス、門に張り付いてその自慢の大戦斧で叩き壊してくれ!」
「オウッッ!!」
「セシル、雷針黄金魔蜂に頼んで防壁の上空から雷の魔法を敵兵に撃ち込んでくれ! 敵の目を上に釘付けにするんだ!」
「はいッッ!」
「エレノアと騎士団の皆は、ガレウスの援護だ! ガレウスに敵の攻撃が集中しないよう、壁の上へ弾幕を張り続けてくれ!」
「はっ! 承知しました!」
「よし、作戦開始だ! 門が開いた瞬間になだれ込む。各自、突入の準備を怠るな!」
「「「「「「はっッッ」」」」」」
アルフレッドの言葉に、各人は鋭い返事と共にすぐさま散らばり、それぞれの持ち場へと着いた。
「うぉぉぉぉぉぉーーっっ!」
ガレウスは一目散に防壁の門に向かって走り出す。
――バリバリッ! バリバリバリッ! バリバリッ!――
ダァーーン、ダダダダダッッ、ダダダダダァァァーーン
頭上から降り注ぐ激しい雷魔法と、正面から浴びせられる鋭い銃弾の雨。その圧倒的な弾幕の前に、敵兵たちは反撃の顔を出すことすらできずに防壁の裏へと引っ込んだままだ。その隙を突き、ガレウスは一切の妨害を受けることなく、門に取り付くことができた。
ドゴーーン! ドゴーーン! ドッッゴーーン!……
剛力ガレウスの大戦斧が唸りをあげるたび、凄まじい衝撃音が響き渡る。
……バキッ……バキバキッ……
ドカァーーーーン!!
……パラ、パラ……パラ……
元々それほど頑丈ではなかったフルール村の防壁門では、その破壊的な威力を受け止めることなど到底できず、大量の木屑を撒き散らしながら豪快に打ち砕かれた。
ドドドッ……ドドドッ、ドドドッッ……ドドドッ、ドドドッ⋯……ドドドドドッッ……
門が破壊されたと見るやいなや、魔天馬と誓角黒魔牛が地鳴りのような蹄音を響かせ、我先にと門の内側へ突っ込んでいく。
「――遅れを取るな! 突撃だッッ!!」
エレノアがその猛烈な勢いに負けじと、鋭く声を張り上げた。
「「「「「おおおおッッッッ!!!!」」」」」
リンドロット騎士団も必死になって門の中へと突撃した。すると敵は、門が破られた途端に完全に戦意を喪失し、フルール村を捨て我先にと反対側の門から逃げ出していった。
ここまでの激しい追撃戦において、敵はろくな抵抗すらできぬまま大半が討伐された。残されたわずかな生き残りの兵たちも、命からがら散り散りになって逃げていく。
それに対して、リンドロット騎士団と助っ人の魔物たちは、負傷した者が何名かはいるものの、奇跡的に命を落とした者はひとりもいない。
ここまでは、リンドロット軍の圧倒的な完全勝利である。
激闘が終わり、気づけば陽も暮れかけていた。アルフレッドたちはここで休息をとり、翌朝から追撃を再開することにした。
その夜、ガルドさんが滑空魔導車に弾薬と兵糧を積めるだけ積み込んで、駆け付けてくれた。
「明日の朝までには間に合うと思うが、今こっちに大砲を運ばせている。たったの一門だけだし、まだ試射もしてねぇが問題なく動くはずだ。届くのを待って持って行きな!」
ガルドさんが、最高に嬉しい誤算を一緒に運んできてくれた。
さらに、嬉しい誤算はこれだけでは終わらない。
やはり敵の軍勢はほとんどがザルツェリア王国の兵だったようで、フルール村の人たちは、アルフレッドたちが村を取り戻してくれたと大喜びし、村人総出で出迎えてくれた。
そればかりか、貴重な水や食糧を提供してくれたほか、兵たちのための寝所も快く用意してくれたのだった。
翌朝、各自が出発の準備に追われるなか、ゼノさんが大砲を載せた馬車を引いて現れた。
「弾は十発だ。それも直撃弾だけだ。散弾は間に合わなかった」
ゼノさんは到着するなり申し訳なさそうに話してくれだが、あるのと無いのでは相手に与える重圧がまるで違う。とてもありがたかった。
それから、ロンメル辺境伯の家族をはじめ、避難してきた人達がリンドロット領に到着したという。全員怪我もなく元気だとか。
これで全て問題なく戦いに集中できる。見送りに集まった村の人々へ深く感謝を伝え、アルフレッドたちは追撃へと向かった。
「フランツお兄様ッッ!!」
「なっ!? フ、フローラッッ!? 何故こんなところへ!?」
フローラと『蒼い薔薇隊』の面々は、ラングレー領東側に築かれた簡易砦に到着すると、すぐさま指揮官であるフランツの下へと通された。
そこでフローラの顔を見た兄のフランツは、驚きのあまり大きく目を見開いた。
「お父様から許可はいただいて参りました。こちらには、アルが発明した新兵器があります! お兄様の御力になるためにやって来ました」
「……父上が許可を……そうか」
フランツは顎に手を当て、思案顔になって視線を落とした。
「……アルフレッド子爵の新兵器か……あの複合弓やクロスボウも十分に凄まじい性能だったが、それ以上に凄いということなんだね?」
「はい、フランツお兄様。これまでの武器とは、文字通り比べ物にならない威力を秘めています」
このような状況ではあるものの、アルフレッドの才能を褒められたことが我がことのように嬉しくなり、フローラは誇らしげに笑顔で胸を張った。
「そうか。それならフローラの力を貸してもらえるかい。……正直なところ、可愛い妹を戦場になんか立たせたくはないのだけれどね……」
フランツは寂しげに肩をすくめ、笑ってみせた。
「大丈夫ですわ! 私と共に来ている『蒼い薔薇隊』の皆もしっかり訓練されていて、かなりの実力をつけております。さあ、現在の戦況を教えていただけますか?」
それからすぐに砦の主要な将兵が招集され、フローラ側からも数人が顔を揃え、緊迫した空気のなかで緊急会議が始まった。
フランツが机上に大きな地図を広げ、時折声を震わせながら、現在の敵の進軍ルートを指差し厳しい戦況を説明していく。
その声が示す通り、既にいくつかの拠点を奪われており、その後も次々に明かされる戦果はどれも目を覆いたくなるような惨状しか聞こえてこない。普通ならすぐに逃げ出すには十分な内容ばかりで、説明が終わると会議室は重苦しい沈黙に支配された。
「……なるほど。つまり現在敵は、八千の兵を三方向に分け、三箇所同時に攻撃を仕掛けることで、こちらの戦力を削りにきている状況ですね」
フローラは地図をじっと見つめながら、的確に敵の狙いを口にした。
「きっと、このあと敵は頃合いを見計らって、ここへ総攻撃を仕掛けてくるでしょう。三つの部隊が入れ替わり立ち替わり襲いかかる、波状攻撃になるかと推測します。
一番目の部隊が攻撃している間、二番目の部隊が後方で準備を整え、三番目の部隊は休息を取る。一番目の部隊が退けば、次は二番目の部隊が攻撃を仕掛け、三番目の部隊が準備に入り、一番目の部隊が休息に入る。
こちらには一切の休息を与えず消耗させながら、自分たちは常に万全の状態で攻め立てる。そういう戦術に切り替えてくるに違いありません」
「な、なぜ、そこまで言い切れるのだ……?」
砦の古参の将兵が、フローラの言葉に圧倒されながら思わず声を漏らした。
「すべては、そのための伏線だと思われます。敵がわざわざいくつかの拠点を先に落としたのは、そこで兵たちを順次休ませる算段をしているからでしょう」
フローラは地図の上の拠点を白く細い指でトントンと叩き、確信に満ちた声を響かせた。
「敵がその戦法に切り替えてくる前に、まずはこちらも兵たちを休ませなければなりません。先に私達『蒼い薔薇隊』が砦の守りに就きます。その間に、皆さんはしっかりと食事や怪我の治療をして、休息をお取りください。それから、皆さんが休まれている間に、可能な限り砦もこちらで補強させていただきますね」
「「「えっ!?」」」
突然の提案に驚愕する砦の将兵たちを置き去りにして、フローラはどんどん話を進めていく。
「キースティン、今からすぐに砦の周りに外堀と防壁を築けるかしら?」
「はい、問題ありません。堀の深さは五メートルくらいでよろしいでしょうか?」
「できればもっと深いほうが良いわね。けれど、まずは外堀と防壁の形を完成させるのを最優先にして」
「はっ! 仰せのままに」
キースティンは胸に手を当て、深く頭を下げた。
「メルヴィン。この砦にどの程度の防御魔法を掛けられるかしら?」
続いてフローラは、防御魔法使いのメルヴィンに話を振った。
するとメルヴィンはニヤリと不敵に笑い、鞄からひと抱えもある大きな魔石を取り出してみせた。
「アルフレッド様から、地殻躯竜の魔石を預かってきました。これを使えば、砦全体にかなり強力な防御魔法を掛けることが出来ます。そうですね、矢の二、三千本くらいなら、何の問題もなく防ぎきるでしょう」
「「「「「なっ、地殻躯竜の魔石!?!?」」」」」
これには砦の将兵達だけでなく、さすがのフローラも冷静さを失い、目を見開いて思わず腰を浮かせた。
だがすぐに座りなおすと、メルヴィンにここまで黙っていたことへの恨みがましい視線を送りながら、さっそく動き出すようにと指示を出した。
「それでは、全員すぐに取り掛かってちょうだい!!」
「「「「「ハッ!!!!!」」」」」
指揮官であるフランツの号令で、皆が部屋を出ていった。
これで、考えうる全ての手は打った。
最悪の状況は回避出来ただろうか。
「アル……」
誰もいなくなり、ひとり残った静かな部屋で、フローラは不安に震える自らの身体をそっと抱きしめた。
とにかく、アルフレッドたちや王都からの援軍が来るまでは、何が何でもここを守り抜かねばならない。
翌朝。なだらかな丘の向こうに、朝日の光を浴び、無数に輝く敵の槍先が不気味に揺れ動くのが目に入ってきた。
「敵襲ーーッ!!」




