(50)新発明品のお披露目。
ついに、南側の草原に海まで続く道が完成した。塩田と製塩窯の建設も急ピッチで進み、リンドロット領産の塩がお目見えする日も、もう目前に迫っている。
東側の土地では、春に植えた麦穂が風に吹かれて黄金色の波のように揺れており、明日にでも収穫ができるところまでこぎ着けた。
しかもその実りは大豊作の気配を漂わせていて、リンドロット領の食糧事情が一気に明るくなるのは間違いない。
領内は、着々と発展を遂げていた。
これならば、去年までのように冬の飢えに怯えることもないだろう。ようやく訪れる豊かな季節を前に、深い安堵の息が自然と口元から漏れ、目の前に広がる確かな実りを見つめる。
「アルフレッド様、ちょっと相談がありまして」
セシルが複雑な顔をしてやって来た。
「⋯⋯え、夏バテ?」
「そうなんです。金毛神羊達が、夏の暑さに耐えきれなくて夏バテになってしまいました。特に今年生まれた子羊達が衰弱してきてまして、ちょっと心配なんです。
もうすぐ秋なので、なんとかそこまで我慢できればと思っていたのですが、もう限界のようです。彼らと仲良くなったのが最近だったので、今の時期に毛を刈ると、冬までに毛が伸びきらずに風邪を引いてしまうかもしれないと思い、避けていたのですが⋯⋯」
「⋯⋯⋯そっか、ちょっと考えてみるよ。」
その日、夜遅くまでアルフレッドの部屋からは灯りがもれていた。
「ルシエラ婆さんいる〜?お願いがあるんだけど。」
次の日、アルフレッドは設計図を持ってルシエラ婆さんの工房を訪ねていた。
「ちょっと、これを作ってみて欲しいんだ」
アルフレッドが机の上に設計図を広げると、好奇心旺盛なエルフ達がこぞって覗き込んでくる。
アルフレッドが広げた設計図に描かれていたのは、冷風と暖風を切り替えて送り出す魔道具。言わば、前世の記憶で言うところのエアコンのようなものだった。
箱の前面に設けた吹き出し口の奥には、風を起こす羽根を設置した。その後ろに魔力の伝導率が高いミスリルを格子状に組み込み、そこへ氷の魔石を使って冷気が伝わるようする。
その箱に魔力を込めると、羽根が回って空気が格子を通り、冷たい風が箱から吹き出すという仕組みの魔道具だった。
さらに、設計図を見たルシエラ婆さんから、画期的な助言を受けた。この箱に水の魔石をもう一つ嵌め込み、周囲の湿気を吸い取らせようというものだ。エルフの知恵いわく、魔石に魔力を貯め込むのと同じ要領で、水の魔石に空間の水分を吸い込ませたり、逆に放出させたりすることができるらしい。
しかも、この魔道具の真価はそれだけにとどまらなかった。寒くなったら氷の魔石を火の魔石へと入れ替え、今度は水の魔石から湿気を放出させる。
そうすることで、冬場には乾燥を防ぎながら暖かい風を吹き出せる仕様になっていたのだ。
細かい回路の導線に白魔石の粉を使っていることや、水の魔石に湿気を吸放出させるエルフの秘技。これらが詰め込まれたこの冷暖風の魔道具は、他では決して真似できない、新たなリンドロット領の強力な専売特許になるのは、間違いなかった。
ルシエラ婆さんを始めとしたエルフの人達のおかげで、この冷暖風の魔道具は瞬く間に完成した。試しに執務室で起動してみると、室内は思っていた以上に涼しく、とても快適だった。これで、残暑の厳しい日々も嘘のように心地よく過ごせるようになる。
効果を確信したアルフレッドは、さっそく金毛神羊たちの厩舎にこの魔道具を設置した。
涼しい風が厩舎を満たすと、あんなにぐったりしていた子羊たちが目に見えて元気を取り戻し、嬉しそうに鳴きながら跳ね回り始めた。その姿に、アルフレッドとセシルは揃ってホッと胸をなで下ろした。
この冷暖風の魔道具を商業ギルドへ特許登録した時、ナタリーがすごい発明だと驚き過ぎて、バッタリと倒れて気絶してしまった。それを目撃した人達が騒ぎ出し、ギルド内が一時騒然となった。
そして、その騒ぎを聞きつけた目ざとい貴族たちからは、気絶するほどすごい発明なのかと、さっそくいくつか予約注文が来ているそうだ。
だが、これでひと安心かとホッとしたのも束の間、この冷暖風の魔道具がリンドロット領内で凄まじい大人気になっていった。まだまだ残暑が続く、蒸し暑いこの時期を乗り切れるだけではなく、冬の寒さが厳しいリンドロット領では、そのありがたさを皆が身に沁みて理解しているからこそだった。
さらに、シルクバードや誓角黒魔牛、雷針黄金魔蜂たちまでもがこの魔道具を欲しがったため、一時はルシエラ婆さんやエルフの人達が総動員され、まさに蜂の巣をつついたような収拾のつかない大混乱に陥ってしまった。
「ええ〜ぃっ!こうなりゃ、もっとエルフの仲間達を呼ぶよッ!」
ルシエラ婆さんの魂の叫びがこだましたとか。
同じ頃、ガルドさん達ドワーフのおかげで、新型の銃も無事に完成した。
蒼い薔薇隊の人達が試し撃ちをしたところ、射程距離も威力も扱いやすさも全てが格段に向上しており、誰もが大満足の出来に仕上がっていた。
さっそくガルドさんは、蒼い薔薇隊にお尻を蹴飛ばされて、新型銃の量産を急かされる羽目になっていた。
そのせいもあってか、大砲の完成はもう少し先になると、涙目で言われた。
⋯⋯これは、しかたない。⋯⋯うん。しかたない。
それと、浮遊石を使った乗り物、滑空魔導車がついに完成した。
元々の設計図からいくつか改良もされている。
まず、車輪が重たく、そもそも空中に浮かぶので要らないだろうという理由で、車輪を取り外してソリの滑り木のような物に変更された。
それから、完成した当初の滑空魔導車は、走っている馬に追いつかない程度の速さしか出なかった。そこで、もう少し速度を上げようと試行錯誤を重ねた結果、魔導車の後ろにプロペラを付け、風の魔石と組み合わせることで、速度を大幅に引き上げることに成功した。
その後、いくつか検証して分かったこともある。
まずひとつ目として、この滑空魔導車は、なぜか海や湖、池などの水の上だと浮力を失い、進めなくなってしまうことが判明した。
それから2つ目として、火の上を飛ぶと浮力面が焦げてしまい、墜落してしまうこと。
3つ目は、垂直に近い急角度の斜面は、駆け上ることができない。
※因みに雪の上は、浮いた時の高さ(約1メートル)までなら問題なさそう。氷の上は沈まなければOK。
これは、今までの馬車と走れる場所が変わらないと考えれば、問題のないことだった。
それから、滑空魔導車の走行実験を行っていたときに、こんな出来事もあった。
魔天馬のフィルが不機嫌そうにアルフレッドへ近寄ってくると、その髪の毛をぐいぐいと引っ張り始めた。
「ははは、大丈夫だよフィル。これからもフィルに乗って一緒に走り回るからね。それに、この滑空魔導車より、フィルが走る方が全然速いよ。だから安心して。これは荷物や人を一度にたくさん運ぶためのものなんだ。フィルは、他の人やたくさんの荷物は乗せたくないでしょ?」
アルフレッドが苦笑いしながら説明すると、それなら仕方がないとばかりに、フィルは盛大に鼻息を鳴らした。それを見ていたガルドさんたちは、魔天馬ほど高位の魔馬でも嫉妬することがあるのかと、目を丸くして驚いていた。
それからしばらくして、滑空魔導車の試運転がてら、フローラとお付きのマリアさん、サラさん、ミレーユさんと、ガルドさん、エレノア、カミラにアルフレッドを含めた8人で、ミスリル鉱脈と浮遊石の鉱脈の相談をするため、ロンメル辺境伯に会いに行くことになった。
「⋯⋯⋯嘘でしょ?」
能力を試す意味でも、全速力でずっと飛ばしていた結果、なんとブラッドレー領にあるロンメル辺境伯の屋敷まで、わずか3時間で到着してしまい、誰もが目を剥いて驚いた。
アルフレッドが一番最初にこの屋敷まで来た時は、フルール村から領都グランリゲル経由で、道中での宿泊を含めて片道で半月以上掛かっている。
それが、メアリーが山を消し飛ばしてくれたおかげもあって、たったの3時間で来られるようになったのだ。あまりの出来事に理解が追いつかず、しばらく呆然となって立ち尽くした。
先触れもなく、突然現れたアルフレッド達に驚いていたロンメル辺境伯だったが、事情を説明すると、驚かせる大元となった滑空魔導車に大興奮し、さっそく乗せろと大はしゃぎをして大変だった。
「うおっ!?これはすごいなっ、この速さは異常だぞッ。しかも全然揺れないッッ。何という乗り心地の良さだ!?すごい、すごいぞッッ、これはすごい〜〜ッッ、わははははッッ⋯⋯」
ロンメル辺境伯の暴走はしばらく止まらず、ついには屋敷の敷地を飛び出し、領都セントフォレスタ内を縦横無尽に爆走したため、一時領都中を騒然とさせた。
ひとしきり暴れ回って満足した辺境伯は、ようやく落ち着きを取り戻すと、興奮冷めやらぬ様子でアルフレッドの肩を叩いた。
「いや失敬、あまりの傑作に理性が吹き飛んでしまったようだ。楽しかったぞ、わはははは。ーーふぅ、よし。これほどのものを使ってまでここへ来た事情とやらを、詳しく聞かせてもらおうじゃないか。」
ロンメル辺境伯の目は、先ほどまでの子供のような輝きから、一転して辺境伯としての鋭いものへと変わっていた。
真剣な顔に戻ったロンメル辺境伯に、アルフレッドはミスリルと浮遊石の鉱脈の件を説明した。
すると話が進むにつれ、ロンメル辺境伯はだんだんとその表情を曇らせていく。
「⋯⋯それはタイミングが悪いな。いや、最悪と言って良い。今は隣国ザルツェリア王国とのこともある。ミスリル鉱脈や浮遊石のことで国内を騒がせるべきではないし、万が一にでもザルツェリア王国に知られたら、それこそ奴らは死に物狂いになって攻め込んで来るだろう。⋯⋯かと言って、いつまでも秘匿しておくのもよろしくないしな⋯⋯。」
そこでロンメル辺境伯は、顔を上げてアルフレッドの方を向いた。
「⋯⋯あの乗り物はどのくらいの距離を走れるのだ?」
「お父様、あれに乗ってどこかへ行かれるおつもりですか?」
フローラが何かを察したように声を掛けた。
「うむ。ちょっとひとっ走り、ワシを乗せて王城まで行ってくれんかと思ってな。これは直接、国王陛下と話をした方が良さそうだ。」
「そう言う事でしたら問題ありません。風の魔石の魔力が切れる恐れがありますが、交換すれば良いので、どこかが故障でもしない限り、王城まで走れると思います。⋯⋯途中で、門兵や兵士に攻撃されなければ⋯⋯ですが。」
「わははははっ、そのためにもワシが一緒に行く必要があるのだ。確かにあれを見たら、驚いて攻撃されるかも知れんのう。いや、驚き過ぎて腰を抜かすか?わははははっ」
アルフレッドの冗談とも取れる心配に、ロンメル辺境伯は笑いながら上機嫌になって答える。
「フローラは、ワシらが帰ってくるまでこの屋敷にいなさい。キャサリンもフローラの顔を見たがっておったからな。その間、ゆっくりしていると良い。」
「まあ!お母様が!? はい。では、お言葉に甘えてお母様達とゆっくりさせていただきます。」
アルフレッドもそれに賛成して、ゆっくりするようにフローラに伝えた。
ずっと、先頭に立ってリンドロット領を支えてくれているのだ。たまには家族でゆっくりするといいと思う。
それからは、手土産に持ってきた冷暖風の魔道具の話で盛り上がった。
今いるこの部屋が、驚くほど快適になっていることに気づいたロンメル辺境伯は、この屋敷と王都の屋敷の分、それに別荘の分と、それぞれ注文を即決したほど気に入ったようだ。
併せて、滑空魔導車も注文を受けた。こちらは、まだ改良の余地がありそうだったので、とりあえず1台と言うことで話がまとまった。
こうして、その日はロンメル辺境伯の屋敷に泊まり、次の日に王城へ向かうことになった。




