(49)豊かになっていくリンドロット領。
「こんにちは〜。ガルドさんいる〜?」
ミスリルと浮遊石が見つかってから少しして、ようやく浮き足立ったのが収まりかけてきた頃、アルフレッドはガルドさんのいる工房へと足を運んだ。
「おう!アルじゃねぇか。どうした?⋯⋯って、アルがここへ顔を出すってことは⋯⋯⋯って、まさかまた、面倒なことを持ち込んで来たとかじゃねぇよなッッ!?」
ガルドさんは途中で悟ったのか、最後の方はもうすでに、半分ヤケ気味になって叫んでいた。
「あははは。やだなぁ~、そんなことあるわけないじゃない⋯⋯ちょっとしか」てへっ
「てへっじゃねぇッ!!ちょっと!?今、ちょっとって言ったな?今までアルが持ち込んできたもので、ちょっとだったことなんてただの一度もねえぞッ!!」
ガルドさんは、顔を真っ赤にして叫び声をあげた。
「まあまあ、落ち着いてよ。そんなに興奮すると身体に悪いよ?」
「誰のせいだと思っとるんじゃいッッ!?」
「あはははッ⋯⋯。で、そろそろまじめな話を良いかな?」
アルフレッドが真剣な顔になったのを見て、ガルドさんの顔つきもいっきに変わり、その眼光が鋭さを増した。
「それじゃあ、話を聞こう。」
2人は、ガルドさんの工房の奥にある部屋で膝を突き合わせていた。
「まずは、ミスリルと浮遊石を国王陛下に報告する前に、それを聞きつけて悪さを仕掛けてくる奴らから、この領を守れる体制を作り上げたい。そのためにガルドさんには、ミスリルを使って銃の性能を高めてもらいたいんだ。それから、弾丸の方にも先端の部分にミスリルを使用して、貫通力を高めて欲しい。今のままでは、隊列の前面に重騎士を並べて来られたら、きっと弾はすべて弾かれてしまうと思うから。」
「⋯⋯ぬぅ。確かに⋯⋯」
ガルドさんは、腕を組み険しい表情で唸り声をあげた。
「それから、大砲の完成を急がせて欲しい。おそらく、発射時の負荷に砲身が耐えられないのが問題になっているんだと思うんだけど、こちらもミスリルを贅沢に使ってかまわないから、砲身の耐久性を上げて。費用云々より皆の身の安全が最優先だからね。
それと、砲弾の先端にもミスリルを使って貫通力を高めて欲しい。それとそのミスリルの後ろに、白魔石の粉や炎の魔石とかを詰めて、着弾してから爆発するような構造にして欲しい。」
「⋯⋯確かに、出来ねぇことはねぇか。」
「それと、砲弾はもう一種類作って欲しいのがあって。もうすぐ秋になると、時告聖渡鳥の群れがやって来るよね。あの超高級羽毛と、食通も唸る美味しさって言う貴重な渡り鳥の魔物。
あれ、毎年、リンドロット領の上をかなりの数が群れをなして飛んでいくけど、知っての通り今までいくらも狩れた事がないんだよね。
だから、大砲から撃ち出した弾がその後時間差で爆発して、その中から小さい弾がたくさん散らばって散弾になるような砲弾を作ってほしいんだ。上手くいけば一度にたくさんの時告聖渡鳥を狩れるかなと思って。」
話しているうちに、ガルドさんはその場面を想像したのか、ちょっと顔がニヤけてきた。
「⋯⋯ってことは、今年は時告聖渡鳥を腹いっぱい食える可能性があるってことか。」
アルフレッドは、コクリと頷いて見せた。
「それに、その時期は蝙蝠系の魔物も増えてくるからね。どちらにしても空から襲って来る魔物の対策も必要だし、お願いできるかな。」
「そういう事なら任せな。時告聖渡鳥のためにもやってやらぁ!そうなると、アレに合う酒もたんまり買い込んでおかねぇとだなぁ~、ガハハハハ!」
ガルドさんは豪快に笑ってみせた。
「それから、もうひとつ研究して欲しいことがあるんだ。」
アルフレッドの言葉に、ガルドさんの眉がピクリと跳ねた。
「あははは。そう警戒しないでよ。ちょっと考えたんだけどさ、あの浮遊石を使って馬のいらない乗り物が作れないかと思ってさ。」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯ほう。詳しく聞こうか。」
ガルドさんは、たっぷりと考え込んでから、そう答えた。
「まずは、これを見てほしいんだ。」
アルフレッドは、自作の設計図を取り出した。
「まずは、横2メートル、縦30センチ位の浮遊石の板を客車の底面に並べていく。普段は浮力面を上に向けて客車を地面に接地させておいて、発進時は板を上下反転させて、浮力を得て車体を浮かせる。
同じような板を前後左右にも備え付けて、前進時は後方の板で前へ押し出す推力を発生させ、旋回時は左右の板の向きを横に傾けて曲がるようにする。
これらをすべて御者席から連動して操作できるようにするんだ。⋯⋯多分、問題なのは安定性になると思うので、そこは小さな翼を付けて⋯⋯それで、⋯⋯それと⋯⋯」
それからしばらく、ガルドさんはアルフレッドの説明を聞きながら設計図をにらみ続けた。
ただ、その目はいつになく真剣で、完全にドワーフの血が騒ぎ出しているのは間違いなかった。
「フィル、どこに連れて行こうとしてるのッッ〜〜⋯⋯」
ある日、魔天馬のフィルがアルフレッドの裾をグイグイと引っ張って、背中に乗れと誘ってきた。
大人しく従ってフィルの背に跨ると、今まで行ったことのない方向へ走り出した。
そして、とある場所でアルフレッドを降ろすと、そこにある植物の葉を噛んで引っ張り、地中に埋まっていた大きなカブのようなものを掘り起こした。
フィルは、ひとつ目をアルフレッドに渡すと、もうひとつ引き抜き、それをバリバリと食べ始めた。
「⋯⋯⋯これって!?」
アルフレッドも土を払い、ひとかじりしてみる。
「〜〜ッッ、!?もしかして、コレって、てん菜じゃないかっ!?⋯⋯これで砂糖が作れるぞっ!やったぁ〜〜ッッ」
アルフレッドが、思わず両手を突き上げて歓喜の声をあげると、フィルはその横で、満足そうに鼻を鳴らしてそれに応えた。
その後、砂糖が作れることを聞いた女性陣の反応はすさまじいものがあった。
即日、蒼い薔薇隊が自発的に集結して、フィルが教えてくれた辺りの大捜索に行ってしまった。
そして、かなりの量のてん菜を成果として持ち帰り、すぐに砂糖作りを始めた。
フィル達魔天馬の好物でもありそうだし、取り尽くしてしまわないか心配していたが、その辺りはちゃんと心得ていたようで、夢中になりながらも取りすぎないように注意は怠らなかったそうだ。
そして、来年以降は種を取って畑で栽培すると、すでにその先の計画まで立て始めていた。
翌日、出来上がった砂糖を舐めながら、幸せそうな顔をしている蒼い薔薇隊の面々を見て、やはり女性は甘い物には目がないのだと、つくづく感じざるを得なかった。
「アルフレッド様。金毛神羊たちから、もう少しして秋が深まる頃になると、草原に大角深森魔鹿の群れがやって来るという話を聞きました。」
「ええッッ!?なんですってっ!それは本当なのっ!?」
セシルが執務室に来て伝えてくれた情報に、フローラが真っ先に飛びついた。
大角深森魔鹿とは、秋になると群れをなして大移動する、体長約5メートル、体高約3メートルにもなる鹿の魔物で、その大きな角には強大な魔力が宿っており、ひとたび暴れ出せば、並の魔物などひとたまりもない、まさに森の絶対的強者だった。
ーーだが、その危険性に反して、その肉の美味さは美食家が揃って絶賛するほどで、時告聖渡鳥と並び貴族の間では、秋の最高峰の味覚として持て囃される極上の食材でもある。
当然、辺境伯家の次女であるフローラも、実家にいた頃は秋の風物詩として毎年楽しみにしていたほどで、それが群れで現れると聞いてはじっとしていられるはずがなかった。
フローラは、エレノアやガルドさん、ルシエラ婆さん達と緊急会議を開いて、草原に大掛かりな罠を仕掛ける計画を練り始めた。
「おいおい、……目が完全にガチだぜ。大丈夫かぁ⋯⋯」
ガルドさんが頬をひきつらせて呟けば、ルシエラ婆さんも深くため息をついた。
「やれやれ、肉の美味さに目がくらむのは分かるがねぇ⋯まずはちょっと落ち着いて、お茶でもお飲みよ。」
当初、大角深森魔鹿と聞いて全員が美味い肉が手に入ると前のめりになっていたが、フローラの血眼になっている姿を見て、さすがに誰もが引き気味になっていた。
「おっ!これ、うなぎだよね?」
ある日の夕食に並んだ料理を見て、アルフレッドは声をあげた。
「はい。近くの川で捕れたものです。この辺りは水が綺麗なので、泥臭さもなくてとても美味しいんですよね。私も大好物です。⋯⋯でも、冬になると冬眠しちゃうので、食べられるのは秋までですね。」
給仕をしてくれているカミラから、そんな話を聞いた。
⋯⋯うーん、そっか。確か前世の記憶では、水温が一桁まで下がると、うなぎは冬眠するんだったっけ⋯⋯⋯よし、それなら、温泉水を使って養殖してみるか。せっかくなら他の魚とかも養殖出来たら最高だな。
思い立ったアルフレッドは、北側の新しく広がった土地に、キースティン達に頼んで養殖用の石造りの水槽をいくつか作ってもらった。
そこに、近くの沢から引いた水と温泉水で水温を調節し、温水を溜めてみた。
人間の体調にも効能のある、あの白魔山の温泉水だから、きっと魚も病気にならずに元気に育つだろう。
そんなふうに、あまり深くは考えずに計画を進めていった。
「ア、アルフレッド様ッ!大変です、大変ですッッ! す、す、水槽が⋯⋯水槽の魚たちが、大変なことになっていますッッ!」
それは、石造りの水槽に魚を入れてから二週間ほどが経った頃だった。
見回りをしていたロイが、(最近出番がなかったので、お忘れの方は第22話をご参照下さい。)息を荒くして大慌てでアルフレッドを呼びに来た。
「え、何これ⋯⋯」
アルフレッドも急いで水槽へ駆けつけると、そこには、目を疑うようなとんでもない光景が広がっていた。
うなぎを入れた水槽には、体長2メートルになろうかという大うなぎがウヨウヨと蠢いていて、
魚を入れた水槽には、体長1メートル超えの巨大魚が悠々と泳ぎーー
エビを入れた水槽には、戦士の太ももほどもある大きさのエビ達が、ガサゴソと這い回っている。
泳ぎ回っている個体はどれも、まるまると太って生き生きとした状態で、狭そうに水槽の中を動き回っていた。
そんな光景が眼前に広がっていたのだ。
「⋯⋯え? だって、二週間前にここに入れた時って、うなぎは十五センチくらいだったよね? 魚は十センチ以下だったし、エビなんて小指の先くらいしかなかったはずじゃ⋯⋯。いくら白魔山の温泉水に効能があるって言っても、これは⋯⋯ちょっとヤバすぎない?」
アルフレッドは、そのあまりの光景にしばし唖然としてその場に佇んだ。
「⋯⋯よし、とりあえず食べてみよう。」
現実逃避気味にそう決めたアルフレッドは、カミラ達にお願いして、巨大化したうなぎ、魚、エビをそれぞれ調理してもらうことにした。
一般的に、魚は巨大化しすぎると身が大味になって美味しくなかったり、ボソボソしたりすることがあると聞くが、おそるおそる食べてみると、どれも身がふっくらと柔らかく、脂が乗っていて最高の味わいだった。
炭火で焼かれた大うなぎは、驚くほど身が厚くふんわりとしていて、口の中でとろけるような脂の旨味が広がっていく。
巨大魚はぶつ切りにしてソテーに。
バターとレモンの風味がよく絡み、脂の乗った深い味わいがたまらない。
そして戦士の太ももサイズのエビは、信じられないほどプリップリの歯ごたえで、噛むほどに強い甘みが溢れ出てきた。
「アルフレッド様、これは天の恵みです! 毎日でも食べたいです!」
一緒に試食したロイやカミラ達からは大絶賛だった。そればかりか、どこからか匂いを嗅ぎつけ、騒ぎを聞きつけた村の人達まで次々と集まってきてしまい、水槽の周りはちょっとしたお祭り騒ぎになってしまった。
さっそく、養殖の規模を拡大して、本格的に稼働していくことになった。
「ロイ、養殖部門の責任者を任せた!」
「ええッッ!俺っすか!」
「アルフレッド様、雷針黄金魔蜂が蜂蜜を分けてくれたので、双甘桃と龍蜜糖のはちみつ漬けを作ってみました。良ければ食べてみていただけますか?」
そう言って、メイドコンビのリナとルーチェ(こちらも久々登場。第12話をご参照下さい。)が、午後のティータイムに紅茶と一緒に運んで来てくれた。
「「〜〜〜〜〜〜ッッ!?」」
同時に口に運んだアルフレッドとフローラは、揃って声にならない悲鳴をあげた。
ひとくち口の中に入れただけで、芳醇な香りと甘さが弾けて爆発する。
果物の瑞々しさと、気品ある香り高い蜂蜜のとろっとした甘さとの対比も堪らなく最高で、こういうものが至高の逸品と言うのだろうと本能に刻み込まれてしまった。
その日、たまたま遊びに来ていた妹のミーシアと親友のシェリル、そしてメイドコンビのリナとルーチェは、そのご相伴に預かることが出来た。
だが、誰もがひとくち食べた途端、口の中で爆発するあまりの美味しさに、しばらくそのまま硬直してしまうほどだった。
「「「「すっご〜〜〜いっ、美〜〜味し〜〜いいぃぃぃっっ〜〜」」」」
硬直から解け、我に返った4人は口をそろえて大絶叫した。
こうして、リンドロット領はまた豊かになっていく。
気がつけば、人口はいつの間にか1500人を上回り、領地の広さは元の10倍を超えている。
誰もが忙しそうに動き回りながらも、その表情には笑顔が溢れ、とても楽しそうだ。
もう、以前の陽の当たらないジメジメとした、何もなかったリンドロット領の姿はどこにもない。ようやく、誰もが笑って暮らせる領地になってきたのだ。
これからは、皆のこの笑顔を、この幸せを、何があっても守っていかなければならない。窓の外に広がる活気ある景色を眺めながら、アルフレッドは胸の中で、また決意を新たにするのだった。




